2009年4月 4日 (土)

海洋環境の保全に関するシンポジウムの感想

 シンポジウムがあったのは先週の土曜日だから、すでに1週間たってしまった。
毎日、書かなければと思いつつ、あれこれと頭の中でこねくり回しているうちに、どんどんと日にちが過ぎてしまう。なんとね。

 このシンポジウムは企画の段階から参加していて、海洋環境にとって重要なプレイヤーである水産業についてきちんとした批判が必要との判断の元で勝川俊雄氏を選んだ。彼の書くブログは先鋭で、仲間内でもけっこう評判が高いのだが、それだけに敵も多いようだ。
 これまで接してきた水産関係者や行政のことを考えると、そのことは容易に理解できることだが、一方で、メディアとかNGOの中でも、水産行政への批判を漁業者への非難と受け止めて、彼を受け入れない雰囲気がある。

 そんな中でのシンポジウムだったが、会場(弘済会館)がほぼいっぱいになるくらいの人が入って、50分間の彼の話に集中した。

 漁業が何で衰退してしまったか、ということ水産行政への批判は相変わらず鋭く説得力があったが、国内外における漁業資源の枯渇についての消費者としての責任にも言及したことも非常に良かったと思った。

 「もっとお魚を食べましょう」とこれまでの乱獲に大いに責任のある日本人が言うのがはたしていいのだろうか???将来にわたり、お魚を食べ続けられるようにするためにはなにをすればいいか・・・・・

 彼の主張は、日本が使っているTAC制度(7種の魚種に関して資源量を解明してそれから総捕獲枠を決定している)は、早い者勝ちのオリンピック方式になるから、まだ育ちきらない市場価値の低い魚を多くとる結果となって持続的な利用が難しい、それに対してノルウェーやニュージーランドで採用するITQという個別の捕獲枠の割り当てのほうが、急がずに市場価値が上がってから捕獲できるので漁業者に有利というものだ。

 これに対しては、日本の漁業現場にはそぐわないと水産庁は導入するつもりはないようだ。

 おや!と思ったのは(当たり前かもしれないが)、国内漁獲量の減少により、輸入や養殖で代行しようとしているが、輸入に関する国際責任とともに、養殖が結果的に自然のものに変わりうる可能性はない、問題が多い産業だと言い切ったところだ。
 どうも日本型の資源回復を、農林業と同じ発想で養殖や種苗放流でまとめようという方向に私は大きな疑問を持ってきたので、これはなかなかうれしかった。
 それから、海洋環境についてもきちんと話され、海洋保護区の漁業への貢献だけでなく、ニュージーランドを例にとって、生物多様性の保全をまず考える必要があるとも言われた。
特に、周辺海域の生態系の区分をまず行い、生物多様性の特徴的な海域のどこを重点的に保全するかというマッピングを行っているという話は、以前から環境省に海洋保護区としてまず必要なこととして言い続けてきたことを
裏付ける話だったのでうれしかった。

また、開かれた水産業の将来にとって、多様な関係主体の参加が不可欠であるとし、その中での市民やNGOの役割の重要性も指摘してくれた。

 次に報告した海洋政策本部は案の定、海洋保護区の「あるべき」姿について省庁間で検討中(いつまでやってるんだか)だし、自然公園法改正でも、漁業と本気で切り結ぶつもりはないようだ。
 一応、2010年対応を考えているものの、上手な作文しか出来上がらないな、という感を強くした。

 その後、いろいろな感想を聞いたが、一つは、NGOとしてもっと消費者の啓発に努めたほうがいいというものと
漁業者が海洋環境の悪化に責任があるということへのためらい、感情的な反発といったものもあった。

 消費者の啓発については、アメリカがスーパーなどで実施している(と以前テレビでみた)販売されている魚が希少性が高いかどうかの判断ができるような表示の導入が考えられる。
 しかし、持続性という選択肢は安全性へのこだわりほど即効性が感じられず、それ以前の教育が不可欠だと思う。
一方で、漁業者の責任については、現行漁業制度の下での問題だけでなく、たとえば沿岸開発など、水産以外での議論が必要だろう。
 水辺の乱開発にまで水産学は踏み込めるのか。今後も見て生きたいと思った。

2008年11月25日 (火)

公海における10の原則

 先月、バルセロナで行われたIUCN世界自然保護会議で、海洋の保全に関する決議がいくつも出た。そのなかで、海洋の保全を前進させる重要な提案として公海における10の原則が提唱されている。

 先週行われた海洋ネットによる海洋保護区の学習会で、このことを取り上げたいと考えたのだが、実際は日本沿岸での海洋保護区設置をどのように実現させるのか、ということ、もっと言えば、海洋保護区をどう定義するのか、と言うようなところで足踏みをしており、なかなか前に進まない。

 その中で、環境省は東アジアのサンゴ礁ネットワークの推進を、海洋保護区のネットワークと位置づけたいようである。もちろん、こうした動きは大いに歓迎すべきだと思う一方で、環境省の言う「漁業と両立する」海洋保護区ではなく「漁業に資する』海洋保護区という位置づけをもっと明確にしてほしいと思う。

 沿岸の漁業の衰退のなかで、少ない資源(漁業としてだけでなく、捕食動物も含め多面的に)をとりあうのではなく、生物多様性保全によって、沿岸漁業が復活するという道筋をこそ、獲得する必要がある資、漁業者に積極的に訴えていく必要もある。

 同時に、前にもいったと思うが魚を食べ続けたいのであれば、沿岸のみならず、遠くまで行ってとにかく引っさらってくるだけでなく、公海におけるガバナンスをきっちりと築き上げるリーダーシップを、COP10に向けて日本がとることが望ましい(夢かもしれないが)。

公海のガバナンスにおける10原則

海洋は、地球の表面70%以上を覆っている私たちの惑星の独特で特別な、そしてなくてはならない要素である。海洋は酸素を生み出し、大気から二酸化炭素を吸収する、そして気候と気温を調節し、世界に暮らす人々のかなりの部分に対して食物と暮らしを支えるものを提供している。医薬、エネルギー、運送路、その他さまざまなサービスそして多様な文化にとっての絆でもある。

資源に関する国家の管轄権は近年200海里まで拡大されたが、海洋の約60%は「公海」そして国家の管轄権を超えた深海底として残されている。魚が多少生息しているという他は生命が存在しないとされてきたが、私たちは今、海洋のこれらの部分が惑星で最も豊かな生態系のある部分を擁していることを発見しつつある。この公海の生態系は、無責任な漁業、船舶による運輸活動、汚染そして気候変動を含む多くの原因によりますます脅威にさらされている。しかし、公海を統治する包括的な方針や管理の枠組みはなく、現存するつぎはぎの法律は、17世紀のオープンアクセス原則を主に基盤としており、長い間、陸地、大気、宇宙にさえ適用されてきた環境保護に関する方針を無視している。

国家の管轄権を超えた海域では、多くの人間による活動が無規制のままであり、エコシステムはほとんど考慮に入れられず科学的情報もしばしば無視されている。

海洋資源管理の経験は多くの教訓を提供してきたが、それらは実行に移すことが必要である。公海のガバナンスを改善するための重大な政策課題に取り組む準備はできており、生物多様性保全を改善するための具体的なステップを踏むことが可能である。過去のモニタリング、海洋のガバナンスの枠組みの遂行に関する制約は、技術的な進歩により克服されたが、この課題(公海のガバナンス)に注力するという政治的な意志は依然として欠如している。良いスタートは切れたが、まだすべきことがある。

私たちは危機的な時に直面している。海洋のガバナンスシステムは進化する必要があり、以下の現代的な原則が公海のガバナンスを改善させ、海洋の持続可能な発展を確実にするために適用されるべきである。

1 公海における条件つきの活動の自由
海洋を「アクセス自由で共有可能な資源のプール」として扱う時代は終った。私たちの海洋資源は極度に枯渇しており、従ってその利用は規制が必要である。国際法、特にUNCLOS (国連海洋法条約)を再確認し遂行すること、また保全義務を果たしているかどうかにより公海利用に条件をつけることなどが必要である。共有する海洋資源へのアクセスはモニタリング、認可、(法律の)遂行を含む包括的で効果的な統治と対をなさなければならない。

2 海洋環境の保護と保全
国家の管轄権を超えた海域を含む海洋環境の保護、保全に対する義務は地球および地域規模のレベルで、多くの法的手段に秘められている。しかしこの義務はこれまでほとんど果たされることがなかった。今日、増大する脅威により、海洋環境の保護を確かなものにすることが緊急課題となっている。国家の管轄権を超えた海域を含む海洋の持続可能な開発の確保に向けて持続可能な開発に関する世界サミット目標とコミットメントを実現することが非常に重要である。

3 国際協力
国家の管轄権を超えた海域の生物多様性は、それぞれの国が共に行動しなければ保護することはできない。保全、管理に必要な手段が効果的に遂行されるためにはセクターと国家を超えた調整が不可欠であり、こうした協力を確実にするための制度上のメカニズムが必要である。RFMO(地域漁業管理機関)を基盤とする現在のモデルは、枯渇し、あるいは過剰利用された資源の分配を単純に目的とするのではなく、海洋を真に管理するために洗練させる必要がある。明らかに今、それぞれの国家は、現存する地域の管理機構による委任統治と協定の権限を拡大し、また保全と公海に存在する全ての資源の持続可能で公平な利用を確実にするためにギャップを埋めることが求められる。

4 管理への科学的なアプローチ
管理に関する決定は最良の有効な科学に基づくべきであり、力のあるわずかな人間のロビー活動に拠るべきではない。今後の科学的なリサーチは、生態系における持続可能な資源の利用を強化すること、保全方法に関する順応的な適用方法を周知する、モニタリングに関する基準の開発を進めることなどが要求される。公海と深海底の理解、知見である科学的知識は、既存のさまざまなプロジェクトとイニシアティブを基礎にし、さらにそれらを乗り越えることで緊急に改善されることが必要である。

保全手段は商業価値を持つ資源が存在する地域に適用されることから、国家の管轄権を超えた海域に関する決定は、効率的な法令遵守、経済的な誘因(インセンティブ)の適応を促すために、社会経済についての情報をも検討しなければならない。

5 情報の公的な入手
私たちは、公海と深海底の生物多様性に関してより深く学び始めたばかりである。これらの資源を適切に管理するためには、私たちの海洋と資源利用への影響に対する理解を深め、その理解したところを広く知らせることが重要である。海洋資源利用に関する情報、特にその利用者からのデータ、また科学的な観察およびリサーチ結果は交換され自由に入手できるようにされるべきである。こうした情報は、わずかな人間だけが理解できる専門用語にとどめるべきではなく、全ての人々が理解可能な言葉によって(人々が)入手できるようにするべきである。保全管理の努力が成功し持続可能なものとなるためには、海洋資源に関する支持の広がり、人々への普及啓発、そして海洋資源により利益を得ている人々(の参加)などが必須なのである。

6 意志決定の過程での透明性と公開性
社会は、より効果的な漁業および海洋エコシステムの管理を要求しており、公海の資源管理に関して、より高い透明性とより多くの関係者による参加を確保することが緊急に必要である。さらに、論争の可能性を最小限に抑え国際協力を促進するために、意志決定過程が透明で説明可能な方法でされることが必要である。地域のまた世界規模の組織は、意志決定に全ての関係者が有意義に参加すること、オブザーバーが全ての会議、ドキュメントにアクセスできること、そしてオブザーバーからアドバイスを受けつける必要がある。

7 予防的アプローチ
公海管理に関する知識基盤がエコシステムに関する基盤より弱いことは論証可能である。しかし、このことを行動の欠如の根拠としてはならない。順応的管理にとって、変化や不確定性の程度に対応したことを意思決定が可能である。

公海のガバナンスに関しては、他のどの場所よりも予防原則が実践にあたっての標準にならなければならない。環境アセスメントに必要な要件と予防的なアプローチが、公海における全ての活動に対し実践されなければならない。また公海にすでに存在し、あるいは新たに出現する新しい活動に対する地球規模で適応可能なデフォルトメカニズム(何もせずとも機能するメカニズム)として利用される必要がある。このことは、活動が重大な危害を(公海に)及ぼしていないと主張する人々に、そうである(危害を及ぼしている)ことを示し、環境に対する危害に対し責任ある関係機関が責務を負うことの立証責任を求めるものである。

8 エコシステムアプローチ
35年以上前に国連総会で認められたように、「海洋の問題は密接に相互に関連しており、全体として検討される必要がある」。エコシステム管理に目的を与え、海洋統治システムが長い間苦しんできたセクター別、種を基盤としたアプローチから距離を置くために、より大きな図を検討する必要がある。

エコシステムアプローチは、より洗練され実効力を持つ必要がある。大規模の海洋プランニングと海洋保護区のネットワーク、生物多様性保全を目的とした他のエリアを基盤とした管理方法などが漁業、海洋管理へのエコシステムアプローチの不可欠な部分とならなければならない。公海は、政治的な限界や関係者が(他の場所に比べて)少ないこと、そして実質的な所有権が発生しないことから、エコシステム管理を実施するのに理想的な場所である。

9 持続可能で公正な利用
国家の管轄権を超えた海域の資源利用には、個々の利用者の権利、利益と国際社会の間でのバランスが必要とされる。資源管理は結果として資源が、現在そして将来の世代が必要とするものを満たす生物多様性を維持する、持続可能な方法で利用されなければならない。有害な活動、誤った誘因、特に国家の管轄権を超えた海域の生物多様性に有害な影響を与える破壊的な活動を差別する必要がある。

また国際協力や、攻勢で相互に受け入れ可能な基盤であることを基礎とした環境配慮型の技術の開発、採用、移転が非常に必要である。開発途上国の利益や関心事に対しては特に注意が払われるべきである。

10 地球規模の海洋環境の管理人としての国家の責任
国家は、政府機関、国籍を明示した船舶、同国人(個人と法人)による公海での活動に関して責任を負う必要がある。国家は、責任を持ってその活動が国際法と上記に述べた原則に沿った形で行われることを保証しなければならない。公海での船舶、同国人による活動は、認可および適切な国家による継続的な指導と監視を必要とする。汚染者、利用者負担原則にのっとり、海洋環境と資源にその船舶、同国人が損害を与えた場合、国家は他の国家、国際社会に対し責任を負わなければならない。

2008年10月28日 (火)

海洋保護区

生物多様性国家戦略に「海洋保護区の設立」が書き込まれてすでに1年。
最初ははやる気持ちでその進行具合を見守っていたが、なんだかその時点から
少しも前進していないように思える。

先ごろ、水産庁の担当者と話して、「まだ定義もないし・・」といわれて、それもそうだ
と思ってしまった。

それでもうれしいことに、「保護」という言葉からいやだという風にいわれていた
水産庁も「もうそんなこと言っている場合じゃないでしょ」と少なくとも「仕方ない、
はじめるか」というようなコンセンサスはできてきているらしい。
それは私には大いなる前進に思える。

大体、日本の水産行政は、周囲が海であるというのに、沿岸はつぶし、遠い公海
に出かけていくことを主眼にしてきた。沿岸での漁獲が減少すればいわゆる
「栽培漁業」というきわめて農耕民族的な解決法で何とかしようとしているけど、
識者によると稚魚や卵の放流なんて餌にしかならない、というし、管理不十分
の養殖やまき網などによる沿岸の小規模漁業との競合に関して、なんら効果的
な解決法は見出せていないようだ。

その挙句に海洋基本法ができて、海底エネルギーや金属採掘などの開発に力を
注ぐことになれば、ますます沿岸漁業は危うい状態になっている。

そのひとつの解決法として、海洋保護区があると私は感じている。

「保護区」というと、ただただ、手付かずの場を想像し、水産業にマイナスな
イメージしか抱かない向きが大きいが、産卵場所や稚魚の育つ場の確保は
乱獲で疲弊した漁業にこそ利益になるはずだ。海外事例でも、乱獲でにっちも
さっちも行かなくなったようなところでやっと海洋保護区を導入し、結果的に
成功しているというはなしだ。
これまで、水産の側でしか出来なかった海洋研究のお仕事も保全を含む多様な研究
が出来るというメリットもある。

たぶん、行政官の調整とか誰がどのように管理するのか、などの面倒な
仕事がなかなか進んでいかないのだろうとは思うが、そこはなんとか
関係者ががんばってもらいたいところだ。

私たちも、海洋法にコミットしてきたNGOのネットワークでもう一度きちんと
行政の背中を押していこうと、来月にやっと海洋保護区勉強会を開催する。

***************
□海洋ネット・第1回会合
「海洋・海岸環境の保全のための取組みを進めるため、海洋・海岸環境の
保全に取組むNGOや研究者等によるネットワークを形成し、各種活動を行
う。」ことを目的とした海洋ネットの第1回会合として、「海洋保護区」につい
て学びます。
どなたでも参加可能ですので、ぜひ多くの方々にご参加いただければと思
います。
なお、準備の関係から、参加希望の方はkobayashi@c-poli.orgまでご返信を
お願いいたします。


○テーマ:海洋保護区の定義と特徴、国内法制度について
○おはなし:加々美 康彦(鳥取環境大学 環境政策学科 准教授)
○日 時:11月17日(月)17:30~19:30
○会 場:WWF-ジャパン 7F会議室
      (MAP http://www.wwf.or.jp/aboutwwf/japan/map.htm )
○参加費:1,000円(資料代含む)
○定 員:30名(先着順)

===========================
○市民がつくる政策調査会
○事務局長 小林幸治
TEL○ 03-5226-8843
E-mail○ kobayashi@c-poli.org
===========================

転送ここまで

***********************

海洋保護区の設立は、第一義的に海洋の生物多様性の保護、
そしてその結果としての持続的な漁業の確立、さらには
国境を越えたグローバルなネットワークによって、国境間の
緊張をほどき、平和的な方向を作り上げることが出来るという
余禄もある。

北方4島と知床との保護区連携に関しては、島がどこに
帰属するかというところですでにもめてしまうらしいが、
保護区を設定する前提で平和的な解決法を見出すという
ことを考えてみてはどうなのだろう。

2008年9月29日 (月)

南極オキアミのこと 生き物のことを知り、まもる意識を・・・2

 25日の夜、文京シビックセンターで『地球温暖化と南極の生物多様性』~生態系を支えるオキアミ保全の視点から~というセミナーがあった。

 講師は、北海道大学の山中康裕さんと南極南大洋連合のリン・ゴールズワージさんで、まず山中氏が気候変動と海洋、特に南極の環境変化について語った。
 温暖化による氷の溶解で塩分が低下、海流の動きが変化すること、また二酸化炭素の増加により海の酸性度が高まり、生物が影響を受けるというあたりをPPTでわかりやすく話してくれた。温暖化は、南極の降雨(降雪)を増やすということも知った。

 リンさんは、元はオーストラリア政府の役人として南極環境調査に携わった方のようだ。
オキアミというものについては、これまでクジラなどの海洋生物の餌となる動物プランクトンというくらいの知識しかなかったが、今回の話で私はすっかりオキアミの魅力にはまった。

 南極オキアミは、エビの仲間だが、エビとは違うオキアミ目に属する。
 オキアミというと、うんと小さいものだと勝手に思ってきたが、実際は6cmにまで成長し、11年も生きるということを聞いて少し驚いた。南極オキアミの生物量は6500万トンから1億5500万トンにも上ると考えられ、ひとつの群れとして時には1㎥で10万匹も密集することもあるそうだ。
 このオキアミを食べるのは、クジラのほかに魚はもちろん海鳥、アザラシ、ペンギンなど南極に住む生物が直接間接にお世話になっている非常に重要な要となる種だ。

 オキアミは、日中に海面近くで植物プランクトンを食べ、夜に海底で糞をする。このときに、CO2を表面で吸収して海底に沈めるという温暖化防止を黙ってせっせとやってきたという。その量たるや、1年間で車3500万台分のCO2ということだから、あだやおろそかに出来ない。

 この南極オキアミが今危機に瀕している。ひとつは気候変動で南極の氷の状態に変化が出来ているから。冬の間、彼らは氷の下にいる藻類を食べてしのぐが、氷が少なくなるとこの藻類がいなくなり、南極オキアミの食べるものがなくなるらしい。(何でも冬の間に餌の量が減るに連れ、体が縮小するという特技を持っているという!)

 30年間の観測の結果、南極の海氷面積は40%も減った。また、冬に海氷の張り出す時期が遅くなり,その後退時期も早まっているらしい。
 あの南極の道化ものアデリーペンギンも最大65%も減少しているとも言われる。餌のオキアミの減少に加え、降雪量が増え、氷上に作る彼らの巣が雪解け水で流されるということも起きているそうだ。
 南極の生態系が気候変動でどんどん変わっているのは確かなようだ。

 オキアミの話に戻ると、もうひとつの問題がある。

 1960年代にオキアミ漁が始まり多くの国が資源としてのオキアミに関心を持った。南極オキアミは南極海に広く分布するが、南極大陸に沿って、ウェッデル海の辺りとロス海周辺に集中しているらしい。

 オキアミ漁は操業しやすいウェッデル海に集中し、南大洋でももっとも大きな漁業活動となった。これまでは目の細かいトロール網で集中している群れを一網打尽に取ったが、最近はノルウェーが新式のバキュームポンプ付の船を乗り入れ、一気にオキアミを吸い込んで捕獲するという。これまでの船13積分を1隻で捕獲できるというすごい開発(そういえば、近代捕鯨も開発したのはノルウェーだった。実はたいへん怖いところかもしれない)。

 オキアミというと、日本では釣りの餌として使われる。以前、政府は食料として利用しようとした。臭いが結構きつかったりして成功しなかったようだが、安くて冷凍保存できるということで、釣り人には欠かせない餌らしい。

 一方、ノルウェーは、最初から養殖魚の餌として利用、その需要も急速に伸びているようだ。そして、日本もやがて養殖魚の餌として、捕獲量が増えるのではという懸念も表明された。
 ほかにも、サプリメントみたいなものの利用とか、今後利用拡大があっても、縮小はあんまり考えられない。

 オキアミの資源利用に懸念を持ち、生物資源の持続的利用のために『南極の海洋生物資源の保存に関する条約(CCAMLR)』が作られた。この条約は『生態系アプローチ』と『予防原則』を取り入れた画期的な条約である。

 発表者はこの条約の下で年間捕獲量は決められているものの、監視制度などや新たな漁法の制限など資源保護となる管理を行い今後のオキアミの保全をすべきと主張する。

 人事のようで、そうではない。どうなる、どうする?オキアミ?

2007年12月10日 (月)

海は誰のもの?

「母なる海」などと形容され、海から私たちが受け取っている恩恵は計り知れない。海そのものが癒しだという人も少なくないが、安定した気候をはじめ、食料など資源を供給している海についてあんまりにも人間は勝手な態度を取り続けてきた。ほしいものを奪い、いらないものを捨てるために海があるわけではない。そんな状態がいつまでも続くわけがない。

海の生態系の保全は、私たちの生存に強くかかわっている。だから海とそこに住む生き物に対して私たちは大きな責任があると思う。たとえば、この7日に起きた韓国沿岸のタンカー事故。どれだけの生物が命を奪われることか。

この7月に「海洋基本法」が制定され、今、その基本計画が策定されている。日本は世界で6番目という国土と比べて広い排他的経済水域を持つことになった。
日本が経済活動をする権利があるというだけでなく、海域の保護・管理に責任を有するということだ。

これまで、省庁の縦割りでなかなか統合的な管理に踏み出せなかった日本にとって、内閣府のもと、各省庁が合同で政策本部を形成するこの法律は、今後の海洋の管理には重要な法律ということもできる。

しかし、一方で国交省が主体となり、議員立法であっという間に制定された背景には、昨今かまびすしくなっている領土問題と海洋の鉱物資源開発が貢献していることは間違いない。
残念ながら、この人たちは、海が私たちすべてにとって、さまざまな意味で重要だというは思わなかったらしく、基本法策定に市民参加はかなわなかった。
基本計画においても、形ばかりのヒアリングで、本論とは関係のない「つまみ」程度に生物多様性の保全が認識されているにすぎない。もし、いま、深刻な事故が起きても、海の中に関しては十分な生物調査もされていない。
第3次生物多様性国家戦略の閣議決定もなんのその、ある大学の先生などは「日本の持っている権益を生かし、未来に「資源」と「産業」を」とのたまうのに驚くが、残念なことに今の議論の方向はこうした意見に集約されるわけだ。

開発について、あるいは権益について話題にするなといっているのではない。しかし、そのおおもとが損なわれたら元も子もないのではないか。まず、多様性保全を考え、それから与える影響を忖度しながら開発を検討しても遅くないと思うが。

目先の利益ではなく、将来にわたってみんなが海の恩恵を享受できるよう、拙速な開発や隣国との縄張り争いではなく、ともに美しい海を守っていこう、協力して生物多様性を保全していこうという姿勢をせめてこの基本法でほんの少しだけでもいいから見せてもらいたいと思うのは私だけではないはずだ。