2022年2月 7日 (月)

太地シャチ捕獲から25年

1997年の今日、2月7日に、太地にシャチの家族10頭が追い込まれた。この件については、ブログで何回も書いているので詳細はそれに任せるが、4半世紀前のことであるのに、いまだに強く記憶に残っている。このところ、資料整理を行なっており、昨年10月にも少し詳しい情報を掲載したところだ。

http://ika-net.cocolog-nifty.com/blog/2021/10/index.html

このところ、意見交換ができていないが、関係者の話では1昨年あたりでも、やはり、高額取引できるシャチの捕獲は魅力的らしいことが伺えた。幸いなことに、日本国内での捕獲は止まったままだし、また次の捕獲地になったロシアでも、海外への移動はできなくなったというニュースがあり、また捕獲は科学目的か教育目的に限られ(まだ懸念は残るが)、枠の提示は停止されているというのは喜ばしい。

ただ、それで問題解決というわけではなく、人間活動による海洋の汚染が、世界各地のシャチをはじめとしたクジラ類を苦しめていることは度々ニュースになっている。とくに、海の食物連鎖の頂点にいるというところでは、1990年代からシャチに溜まった高濃度の化学物質汚染が懸念されてきた。アメリカのサザンレジデント個体群の化学物質汚染と餌生物減少による激減は繰り返し問題となっていることは既知の話だろう。

日本の’国際漁業資源の現況’では、とてもたくさんいるかのように書かれているが、現実を見据え、きちんとした科学調査とその上での保全の前向きな施策が望まれる。

2022年1月 7日 (金)

ストランディングレコード(送付感謝)

昨年末に、2020年に収集されたストランディングレコードが、石川創さんから送られてきた。

氏が鯨研に在籍されていた時に開始されており、下関の鯨類資料室に移られてからも継続して記録されてきたものだ。資料室が閉鎖となり、移動されるということで、ストランディングレコードはストップしてしまうのか、と懸念したのだが、今回は、日本セトロジー研究会(山田格博士が会長)の「日本セトロジー研究」に掲載されることになったそうだ。山田博士はこれまでも座礁・混獲された鯨類の標本を管理されてこられた方で、部分的にストランディングレコードを公表されてきたと記憶しているところで、信頼できる移動先があって本当に良かったと感じている。

一方で、立場の異なる私のようなものに、石川さんがきちんとお送りくださったことに感謝、である。

記録の情報源となっているのは、

1。発見者あるいは観察者からのもの

2。新聞記事、書籍、雑誌ウェブサイト等からの収集

3。学術論文、学会報告などの公表された情報

4。他の公表されたデータベース等からの転載

という収集方法は変わっていないようだ。ただし、下関でのデータが西日本が主であったのに比べ、入手された情報は広がっているように見える。

もちろん、このデータベースが全ての座礁・混獲鯨を網羅しているわけではないが、毎年、夥しい数の鯨類が座礁したり、混獲されたり、また漂着したりしており、必ずしもこのデータベースで原因を究明することはできないかもしれない。

水産庁がHPで公開しているヒゲクジラの混獲数と必ずしも一致しないが、100頭を超えて推移してきたミンククジラの混獲は減少しているのは確かなようだ。

気になるのはスナメリの漂着・死亡数の多さだ。2018−2019では277頭、2020年は238頭と他と比べても飛び抜けている。

沿岸に生息するスナメリは(水産庁のレッドリストでは普通種だが、アジアの東スナメリについてIUCNは絶滅危惧種の1つとしている)、明らかに絶滅を危惧される個体群があり、その生息状況をかつて環境省と水産庁の共同で調査したことがあったと思う。このような調査を是非とも継続的にやっていただきたいものだ。

 

2021年11月 5日 (金)

太地シャチ捕獲事件(6)

 1997年2月に捕獲され、3つの水族館に収容されたシャチたちは、解放を願う人々に’TAIJI 5’と呼ばれた。

2008年に名古屋港水族館に’ブリーーディングローン’の名目で貸し出されたメスが死亡して、すでに5頭全てがこの世にいないが、少しその履歴を記してみよう。

この群は、千島列島より北方周辺から子産み・子育てのために南下し、また北に戻るトランジエント(移動型)のシャチに分類されるだろうことが、スポング博士が確認した背中のサドルパッチと呼ばれる灰色の模様と、捕獲当時に吐き戻されたミンククジラの皮でほぼ確認されている。レジデント(定住型)シャチが主に生息海域の魚類を捕食するのと異なり、移動型のシャチは、主にアザラシやイルカ、クジラなど海生哺乳類を捕食すると考えられている。

 *ちなみに、日本のシャチ研究は、2000年に入って主に民間の研究者によって始められ、現在は道東での個体識別も行われているようだが、  日本における定住型シャチの存在はまだ未解明のようである。水研センターによる北西太平洋の推定個体数は、2007年に飛躍的に激増した。 同年は、北の範囲も明らかでなく、水産庁もその信頼性について「水研センターに聞いて」と投げたくらいだが、令和2年度の’国際漁業資源の現況’でも「1992~1996 年の8~9 月の目視調査データの解析から、北緯 40 度以北で 7,512頭(CV = 0.29)、北緯 20~40 度で 745 頭(CV = 0.44)」と北限こそ示されたものの、1999年から開始された、ロシア、カムチャッカの調査など公開されているデータや、北海道の調査などは反映されていない数字である。


1。アドベンチャーワールド

  オス1 捕獲時の体長・体重 3.75m・700kg (シャチの誕生時の体長は2.1~2.5m体重180kg程度と考えられている)

     追い込みの後、母親にピッタリ寄り添い、捕獲作業時に浜で大きな鳴き声を上げていた個体。

     1997年6月14日死亡

  オス2 捕獲時の体長・体重 4.70m・1400kg

     ’キューちゃん’という名称でショーに出演していた。アイスランドからのメスシャチの’ラン’との間に子供が誕生したが、子育ての経験のない中、子供を攻撃し、子供は頭蓋骨骨折で死亡。

     2006年9月18日死亡

  メス  捕獲時の体長・体重 6.3m・5500kg (オトナ 体長5.5~9.8m 体重2600kg~9000kg )

     1997年6月17日死亡

        * 通常、成獣を水族館用に捕獲することはないが、この時、このメスは妊娠していると考えられていた。当時、内部告発でこのメスが流     産し体力を落としたため、スリングで宙吊りにして餌を流し込んでいたという未確認情報があった。スポング博士は、来日時、特にこの2頭の生存を危惧していた。

私たちは、4tトラックに黒幕を垂らし、水産庁前をスティックライトを灯してデモを行った。また、知り合いのシンガーソングライターにお願いして、シャチたちの哀歌を作ってもらって追悼ライブも行った。

 

2。太地くじらの博物館

  メス 捕獲時の体長・体重 4.55m・1400kg

  2008年9月19日死亡

  ’クー’という名称でのちに名古屋港水族館に貸し出された。

3。伊豆三津シーパラダイス

  メス 捕獲時の体長・体重 5.5m・2600kg

   2007年9月19日死亡

   アイスランドから購入したオスのシャチ’ヤマト’のお嫁さんとして期待されて購入された。

これらのシャチは、公式には’学術研究’が目的だとされている。

この’学術研究’の中身を検証するシンポジウムが、2007年11月23日、東京海洋大学で開催された。3部の構成で、第1部は「シャチの動向と整体」、2部目が「飼育下におけるシャチ研究と繁殖」で、飼育経験の長い鴨川シーワールドが「国内におけるシャチ飼育の歴史」と「飼育下におけるシャチの繁殖」を発表し、その後、まるで杖k足しのように3水族館による発表が行われた。太地は「捕獲と輸送」、アドベンチャーワールドが「飼育環境・餌・成長」、と「疾病と予防対策」、伊豆三津シーパラダイスが「繁殖生理ー性ホルモン変動を中心として」で、間に名古屋港水族館による「血液性状・体温・噴気孔内細菌そうの検討ー日本産シャチの健康管理のために」が挿入された。

 タイトルからも分かるように、動水が捕獲当初に提示した自然への理解や種の保存とは程遠い、すでに海外研究などで終わっているような飼育繁殖研究にとどまり(しかも一夜漬けっぽい内容)、同じ群に所属するシャチ間の交流観察や研究がなかったことを始め、野生シャチの生態研究とは程遠い内容であるばかりか、水族館同士さえ連携した研究をしてこなかったことが明らかになった。(後で企画した水産庁担当者が気落ちしていたという印象が残っている)。この目的の1つは将来的に学術研究目的でのシャチ捕獲の可能性だったと考えられるが、過剰な推定数を挙げてもなお、かなり無理筋だということが明らかになったシンポジウムだった。

ついでだが、終了後の懇親会で、当の推定数を作った担当者にそのことについて質問したのだが、「他で呼ばれていますので」と逃げられてしまった。

 

  ’SALTY Dreams'

   「 ガラスのような青い海 黒潮の流れに体をまかせ

  ある時は弾丸のように泳ぐ

   呼び合う声 触れ合うヒレ

   迷わないで はぐれないで

  海の青さに負けないように

  空中に身を躍らせる

  

  高い空から降ってくる 太陽の光は

  海の深さに溶け合って 七色の海の変わる

   満月の夜 波間に眠れば

   まだ見ぬ出会いを夢見て

  空の青さに負けないように

  空中に身を躍らせる

 

  嵐の夜は深く潜ろう 水の中は暖かい

  昨日生まれった幼子を ふたつのヒレで抱いて

   流れ藻に小魚は群れ

   遠くから歌が聞こえる

 海の青さに負けないように

 空中に身を躍らせる

 海の青さに負けないように

  空中に身を躍らせる」  

                          97.06.21 tateno koichi

 

2021年10月25日 (月)

太地シャチ捕獲事件(3)

シャチ問題への関心としては、都内の私立大学に拠点を置く’Free Orca'というシャチ問題に特化した勉強会のような組織ができており、IKANもそのメンバーとして、太地での捕獲以前からシャチ捕獲を警戒していたことも、捕獲に対しての素早い動きを作ることができた。

IKANは、シャチの捕獲が伝えられると、捕獲時に行政と当初シャチ購入を検討していた5水族館に対して、行政が10頭のシャチを解放するよう、また水族館はシャチを購入しないよう求める要望書を送った。また、捕獲後には太地町、和歌山県、水産庁とともに、シャチを買い入れたと思われる3水族館に対して申入書を送り、電話で水族館の見解を質した。しかし、水産庁の見解は(1)に書いたとおり、1992年に専門家が認めていた(事実ではないことを後に確認)というもので、太地くじらの博物館の答えとして「芸を覚えさせるのも学術研究の一部であり、ショーは研究成果を披露するためのもの」という捕獲の目的そのままの答えがかえってきたし、伊豆三津シーパラダイスは回答なし、アドベンチャーワールドに至っては、シャチを導入したことさえ認めようとしなかった。

IKANは違反イルカ事件の時に連携したNGOとともに、行政と水族館への抗議ファックス行動を呼びかけた(当時は、まだファックスが主流だった)。シャチの捕獲は許可の過程の不透明さも手伝い、メディアも大々的に報道したこともあり、予想以上の成功を収めることができた。聞いたところでは、ある水族館では1日に1300通ものファックスが届いたというほどの勢いで、いまだに水産庁の幹部によっては会うと、挨拶がわりにこのことで苦情を言うものまであるくらいだ。

抗議行動が大きくなった1つの理由として、海外からの抗議の声が挙げられる。違反イルカ猟事件では、海外の連絡先が不発だったのとは異なり、今回は、水族館に長期間囚われているシャチたちの解放運動をしてきた海外の人たちが積極的に動いてくれた。その中でも、鯨類研究者のポール・スポング博士の貢献が大きい。

スポング博士とは面識があった。1987年にエコロジーの季刊誌「オイコス」を発刊する際に、私は、初めて成田から海外に渡航した。反対闘争に関わる知人もいたため、それまで成田を使うことを拒否して海外渡航経験はなかったのだ。行先はカナダ。オイコスの編集に協力してくれたMさんの知り合いで、70年代からバンクーバー島と本当の間の海峡に浮かぶハンソン島という無人島に移住し、島の前の海峡を行き来するシャチの研究に携わっているスポング博士のインタビューをするためだ。Mさんから彼については事前に聞いており、かつてバンクーバー水族館に所属していた時にシャチと触れ合い、彼らを人工的な施設に閉じ込めることの間違いを知り、鯨類学者としての立場ながら、68年にアメリカ西海岸で捕獲され、シーワールドにいる’コーキー’の解放運動を担ってきた。Mさんの希望で、発刊2号ではクジラ問題を特集する予定で、スポング博士の立ち位置はとても面白いと考えたのだ。

そのご縁があって、Mさんからシャチ捕獲に立ち会った話を聞いたスポング博士が連絡をとってきた。たまたま、友人の寄付でコンピューターを導入し、初めてインターネットを使うようになったところで、シャチ捕獲とその連絡などによって、私は、インターネットの使い方(主にメールでのやりとり)と使い慣れない英語の勉強をせざるを得なくなった。最初はメール1本に半日以上もかかった。しかし、この便利な機械のおかげで、国内だけでなく海外の情報も支援も飛躍的に受けられるようになったのだ。海外におけるシャチ捕獲への怒りは凄まじく、大きな抗議集会なども組織され、毎日その抗議行動は大きくなるばかりだった。

海外では、鯨類保護の機運が高まり、シャチの生態研究も進むと、76年には北米西海岸でのシャチ捕獲がストップし、次に捕獲地として使われたアイスランドも1989年に捕獲をやめた。またハリウッド映画の「フリーウィリー」が大ヒットしたこともあって、人々は、シャチの自由な暮らしを求め、飼育施設からの解放へと向かっていたのだ。

2021年10月 8日 (金)

イルカ猟撮影ビデオ事件

水産庁への申し入れの強力な武器になったのは、水族館用捕獲の行われた21日と、捕殺が行われた22日に撮影されたビデオだ。特に、川口さんが撮影してくれた港から坂を上がったところに位置する解体小屋でのオキゴンドウ の激しい抵抗の様子は、見るものの気持ちを直揺さぶった。

これら2本のビデオは、それぞれの撮影者から、IKANに、活動のために委託された。そのビデオを、編集のプロがいるので送ってほしいという、IKAN立ち上げの母体となった団体の責任者から電話があったのは、オキゴンドウ の解放も終わって数日経ってからだったと思う。確かに2本の長いビデオを見せるより、綺麗に編集されている方がいいと考えたメンバーは、その2本を指定された京都の編集者と思しき人に送った。しかし、先方からは2週間ほど経っても何の音沙汰もないので、どうなっているかという問い合わせをメンバーの一人がした。その結果、ビデオがさらに編集のためとして、サンフランシスコに送られたということがわかった。ダビングしたものが少しあったので、実際の活動には支障がないため、その件はそれ以上追求しなかった。

ところが数日経って川口さんから電話が私にかかってきた。活動資金が入るかもしれないというのである。アメリカから、契約書のようなものがファックスされてきて、すぐさまサインが欲しいといわれたという。ただし、内容的に問題があるかもしれないので確認してくれという。

問題はあった。

そのドキュメンタリーの制作会社は、フィルムの使用量を提示するとともに、条件を言ってきていた。それによると、メディアなど商業的な利用には2年間使うなという。それだけではなく、なぜか、活動のためにもフィルムの利用ができないと示されていたのだ。何のために撮影されたのか、これでは全く意味がない。しかも契約書は、それぞれ二人の撮影者との個別契約になっており、代理人として記されていたのは、アメリカの活動家の名前で、フィルムを託されたIKANの名前はどこにもなかった。

さっそく、海外の活動事情を知っている知人に相談すると、幸いその知り合いがドキュメンタリー制作者を個人的に知っていたのがわかった。早速事情を話して、その制作会社の人に問い合わせをしてもらった。

結果、手違いを先方が認め、代理人としてIKANが記されただけでなく、商業利用以外の利用については何の条件もつけられなかった。しかも、フィルム使用料は、最初に提示された金額の2倍になっていたのだ。

間に入ってビデオを送るように指示してきたさる団体の責任者に事情を説明したものの、彼女がいうには、その海外活動家は、IKANのために骨を折ってくれたの一辺倒で、なぜ送ったのかの説明もなく、全く事情を理解してくれようとはしなかった。しかし、こちらとしても納得が行かず、結局それ以来、私とその団体との亀裂ができて残念な結果となった。

 

 

2020年10月 1日 (木)

伊豆、富戸でイルカ猟開始?

9月29日静岡新聞によると、いとう漁協・富戸支部が、今日、10月1日からイルカ猟を開始予定だということだ。

 

「イルカ漁、今季も実施へ 早期の探索で捕獲目指す いとう漁協

(2020/9/29 11:47)

 「伝統漁法『イルカ追い込み漁』を静岡県内で唯一継承するいとう漁協(伊東市)は28日、再開を表明した昨季に引き続き、今季も漁を実施する意向を明らかにした。漁期は10月1日~来年3月31日。水族館などで展示・飼育するための「生体捕獲」に限定した上で2004年以来の捕獲を目指す。」

9月初め頃は、まだ準備もしていない様子ではあったが、一応、今年度の事業としては挙げられているようだ。

水産庁による捕獲枠は、水族館に販売する主目的のバンドウイルカが24頭、カマイルカが26頭、オキゴンドウが7頭だが、このところ、バンドウイルカの移動時期が海流のためか変化しているようなので、昨年と同じように捕獲は難しいのではないかと期待している。

世界の潮流は、鯨類飼育反対の動きになって久しい。実際、2015年に伊豆半島のジオパーク認定に際して、イルカの追込みを行わないことが理由の一つにされていた。しかし、日本の水族館はまだイルカによる集客にこだわっており、そのために追込みによる捕獲個体の飼育を禁止する日本動物園水族館協会から脱退するところさえある始末。

今更だが、伊豆地方で乱獲で廃業を余儀なくされた漁協が複数あることからイルカの追込みのやり方はもちろん、狭い人工的な施設(中には海水浴場の一部を仕切るところもあるようだが)での飼育は野生動物の福祉の観点から大きな問題がある。イルカの好きな子供たちが、この事実を知らされないで、水族館などで見て喜ぶことが教育的であるはずがない。

たまたま、昨日、フランスで、イルカを含動物の娯楽目的での飼育を段階的に禁止するという表明がニュースになっており、これからは新たに鯨類を購入できなくなる模様である。

https://www.afpbb.com/articles/-/3307184

また、中国からアイスランドに移動して、サンクチュアリに入れられ、最終的に医療用のプールから広い湾内に放されたた2頭のベルーガのニュースも数日前にあったと記憶する。

https://belugasanctuary.sealifetrust.org/en/

イルカ猟師の人たちも、水族館も、需要があるからイルカを捕まえようとする。辞めさせる一番の力は、イルカのショーも飼育も拒否する市民の行動だと思う。

 

2020年8月31日 (月)

イルカ猟が始まる

まだまだ、残暑の激しい今日この頃だが、毎年9月の声を聞くとイルカ猟開始がまず頭に浮かぶ。

和歌山県太地でここ数日、若者たちのイルカ猟反対デモがあるようだが、一方で海保が(シーシェパードを想定して)海上での抗議行動への対処訓練の報道がある。海外から、この時期にわざわざ船で捕獲阻止に来るとはあまり考えられず、海保の訓練は、問題の解決からすれば税金の使い道を誤っているように感じる。

政府は、これまでも鯨類は水産資源だとして、捕獲、利用を推奨してきた。取る側の言い分として「伝統的な日本の食」を前面にしているが、その実、イルカ猟で潤っているのは追い込みによる生体の捕獲のみのようだから、この口実は実際に捕獲し続けているという既成事実の上に成り立っている説得力に欠けるものではある。

欧米を中心に海外で生体展示に対する風当たりが強まる中、日本での生きたイルカ捕獲はアジアや中東を中心に国際的にも重要な供給源となっており、イルカ猟師としては旨味のある業を早々簡単には捨てないだろうと思われる。水族館におけるイルカの飼育がどれほど酷いか、という情報の提供も今のところ馬の耳になんとやらのようだ。町としても、そうした生業の人がいる限りは支援せざるを得ないと町長は言っていたが、持続性に関していえば、需要の将来的な動向(肉の需要は限定的で、野生個体の展示という需要がどれほど続くのか)と同時に、イルカそのものの生息も問題だ。

それでも一応、反対の声を意識してか、イルカ捕獲についても不十分ながらかつてよりもきめ細やかな情報提供もするようになってきている。

http://kokushi.fra.go.jp/R01/R01_49_whalesS-R.pdf

ただ、延べ50〜100日の主要な種の目視調査+大型鯨類の調査に付随した調査で、それぞれ複雑な社会構造を持つハクジラ類の調査として十分と言えるのか、捕獲個体や座礁・混獲個体の調査で「系群(個体群)構造」の理解がどの程度進むのか疑問であり、そもそも、イルカの生息調査として、推定個体数がメインという方法が最善と言えるのか。

実際に、2007年に「沖合に別の群れがいた」とされて捕獲枠が拡大したオキゴンドウは、沖縄では少しばかり捕獲されてはいるものの、太地での実績は、2018年までの捕獲は、(2011年の17頭を例外として)枠70頭に対してゼロである。

もともと肉として需要の高かったコビレゴンドウ(マゴンドウ)や生体捕獲で一番人気のバンドウイルカも、枠を遙かに下回る状態で、2017年にその代替としてカズハゴンドウとシワハイルカが対象となった。

これらは、猟師たちとしては取りたい種だからこそ、取れない現状は問題だと考えるのだ。

太地での追込みの詳細に関しては海外NGOが情報を公表しているのでそれも参照してほしい。

https://www.cetabase.org/taiji/drive-results/

ちなみに今年度の捕獲枠は以下に公表されている。

https://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/attach/pdf/index-51.pdf

イルカ猟に反対するIKANではあるが、双方の埋めがたい溝を考えた時に、問題解決の方向として日本沿岸のイルカの生息実態の解明がまず最初だと思っている。上記の水産・研究教育機構が真摯に現況を公開してはいるが、その現状把握にはさらに第三者的な検証が必要だと思っているので、まず、保全の観点から環境省主導での調査が行われ、その結果に従ってつぎに資源管理を行うというやり方が良いのではないかと思う。

残念ながら、環境省は水産庁の資源として扱われる種に関与するのには積極的ではないのは、2017年に発表された海のレッドデータの歪みで明らかだろう。また、官僚の中には「資源管理に予防原則はなじまない」という発言をするところとの官庁との調整は容易だとは思われない。しかし、今後の日本沿岸の生物多様性の保全はもちろんのこと、利用する側にとっても持続的に管理されることは今後必要だはないだろうか。特に現在のような危機的な海洋環境を考えれば尚更。

少なくとも、2017年時点で行った太地の関係者との意見交換では、その点までは合意できたと考えているのだが。

2020年8月 4日 (火)

イルカの新捕獲枠

今年度のイルカ捕獲枠、8月1日に公表されました。

https://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/attach/pdf/index-51.pdf

コビレゴンドウの追い込みの捕獲数が134頭から101頭、オキゴンドウが70頭から49頭と、微妙に減らしたようです。あとは変わりなしで、突きん棒と追い込み合わせて10907頭。

 

10月8日に更新されていました。和歌山県(太地)のオキゴンドウの枠が21頭増えています。沖合の群れが見つかったという理由でオキゴンドウの捕獲枠が増やされてから、一度も捕獲実績はないのですが。

まあ、「なお、鯨種別捕獲枠は、関係道県の要望や関係道県間の調整の結果により、許容捕獲頭数の範囲内で漁期中に変更することがあります。」

と但し書きにあるので、変更もありなのですが、実際にどこの要望で何を増やしたのか、もっときちんと示すべきではないかと思います。

https://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/attach/pdf/index-55.pdf?fbclid=IwAR1QCOrJHhO_KlZ7Sqn3ppt5Q1CmIZ9H-uO2mM2SbwiB2eTJAHtIWmttAOg

2019年10月 3日 (木)

毎日新聞2日版「 なるほドリ エコ」にため息

 新聞もこっそり値上げするということだが、それなら、記事の内容をもっときちんとして欲しいと思う今日この頃。

今朝も毎日新聞「月刊なるほドリ」では、先週のこども新聞に掲載した「クジラと日本人」を中身変わらず、構成を変えて掲載。こんなのでお金取らないでほしい。

昨日の「なるほドリ」、エコというのが付いていたので、環境等を主に扱うのだろうと推測。しかし「水族館の新団体 役割は」

と言うタイトルのため息が出るような企画だった。(だいたい、いつでも批判なしの水族館礼賛に変わりはないので今更なのだが)

「持続可能な水族館の在り方を考える任意団体『日本鯨類研究協議会(JACRE)』が3年前に発足し、この夏、法人組織移行を決めました。水辺の生き物たちと私たちをつないでくれる新しい水族館の形を模索しています。」と言う前書きが付いている。

副題に「JACREってどんな団体なの

    水生生物の情報交換が目的」

とある。Q&A形式で、どんな団体なのか、

  A 海に囲まれた日本は世界でも水族館が多く「水族館大国」と呼ばれていますが、水族館に特化した組織はありませんでした。

   環境問題に注目が集まる中、水族館の在り方を考え、発信力を高められればと法人組織を目指すことを決めました。

安易に入手できるイルカをショーに使って集客する水族館のあり方は、まともな動物園からも以前から顰蹙を買っていたと思うが、「環境問題に注目が集まる」状況で水族館に特化した組織が一体何を目指すか、紙面からは全く見えてこない。

記者の考えでは「人工繁殖」が答えのようだが、すでにクジラ類の持つ社会性などから、飼育はもちろん、繁殖も禁止している国さえあるくらいでその傾向はますます増えていくはずだ。

最近も、ロシアでいわゆる「監獄」と言われて批判をうけたシャチとベルーガの蓄養施設に関して、ロシア当局はNGOや専門家と協議の上、捕獲海域に全てリリース。シャチに関しては、すでに野生の群れに合流したと伝えられる。もちろん、この後、ロシア当局は、娯楽目的の野生鯨類の捕獲を禁止した。

日本のメディアはこうした問題を語ろうとはしない。だいたい、野生の群れから切り離して捕獲し、自然に逆らって同じ海域かどうかもわからない(別の国の可能性が強い)個体と繁殖させることで子どもたちにどのようなイルカ類に関する知識やそれに関連しての海に関する知識が与えられる?せいぜい考えられるのは、「一番偉い人間はこの地球で何をしてもいいのだから、好奇心があればどんな勝手をしても許されるんだよ!」という歪んだ知識ぐらいのものではないのか?

野生のイルカがどこに分布し、どのような生活をし、どのような仲間との社会性を作るのか、飛んだり跳ねたりしたらわかるわけでなし。

イルカとイルカ飼育のことを知るには、これまで撮影された、イルカ捕獲時の様子でもビデオで流したらいくらか問題の把握ができるかもしれないのだが、そんなことはやらないでしょ?

だいたい、海に囲まれた日本が「水族館大国」と言われていること自体が恥ずかしくないのか?

海に囲まれた国だからこそ、その分、海洋環境や海洋生物に関する教育がしっかりしていることが重要だが、鯨類だけでなく、海の生き物すべてにわたって安易な入手が可能であることから、水族館が乱立しているだけで、飼育の不手際や設備などの不備で、いっぺんに何百という生物を殺してしまったというようなニュースも少なくない。

だいたいが、自分たちが食べ続けたい魚がどんどんいなくなっても、食べ続けることを一義的に選択しているような国民に対し、水族館がいったいどんな教育を与えているのだろう?魚消費に関するガイドブックを作って、減少している魚を把握できるようにしているどこかの水族館を見習ったらいい。

 

日本動物園水族館協会(JAZA)の説明があり、なんでJACREを作ったという言い訳も。

   「JAZAが2015年に加盟する施設に対し、追い込み漁による野生イルカの入手を禁止しました。それに伴って、

     イルカに関する情報交換も低調になってしまいました。」と続く。

なんで「追い込み漁による野生イルカの入手を禁止すると情報交換が低調」になるのか、全く何の説明もなく、理屈になっていないい。「学術研究」だったはずのシャチだって2007年の成果発表で情報共有なんかしていないことが明らかになったのに、ほぼ’使い捨て’のイルカで情報交換をしっかりやってきたなんて!?とびっくりである。

追い込み漁に関しては

    「イルカが嫌がる音を使って湾内に追い込み、網で捉える漁法です。鯨食文化のある日本に古くなら伝わる漁法ですが、海外からは

     度々残虐だと批判されてきました。」

追い込みは、確かに古くから行われてきた捕獲方法だ。しかし、今問題になっているのは水族館用の捕獲なのであって、百歩譲って「イルカ漁は伝統」だとしても、イルカ肉需要がなくなっている中で、産業従事者が金を稼ぐために行っているのが生け捕りだということは素人でも分かりそうなものだ。生きたイルカは日本の水族館だけではなく、海外にも高額で売り飛ばされている。それをごちゃにして正当化するような論法を少なくともメディアがやるべきではない。

JACREが本気で環境問題を考えて、水族館の在り方を考えてくれるならそれはそれで結構だが、そこにはいつ到達するのだろうか?イルカ追い込み漁が「海外から残虐だと批判されて」いるのは、事実だからだ。考えてみてほしい。ゴリラやゾウを群れごと捕獲し、一部を殺し、コドモを売り飛ばす商売が、今でも合法的に行われているかどうか。

イルカたちは、生け捕りに際して狭い仕切り網の中でもがき、互いにぶつかり合い、網に絡まって窒息し、命を落す者もいる。海は血で染まる。

大方はメスとコドモの群れだが、その中で、コドモや若いメスが水族館用に捕獲されている。かつては生け捕りされたコドモの傍で母親が殺されるということもあったのだ。

記者も一度その光景を自分の目で確かめてほしい。その事実が、WAZAを動かし、改善要求となった。それに答えられない状態の中で、JAZAはWAZAに残るか脱退するかの選択を迫られ、当たり前の選択をしたのだ。そして、それを是としない、追い込みによる利益にしがみつくところが新たな組織を作ったというふうに私は理解している。

もし本気で「水辺の生き物たちと私たちをつないでくれる水族館」を目指すなら、海洋環境が今日抱える様々な問題、気候変動や酸性化、プラスチックなど人由来のゴミ、有機化学物質などの汚染、開発や騒音、罹網、乱獲による魚、餌生物の減少などによる生息環境の悪化をどのように市民に訴えて、直接的な行動に結びつけていくかがまず課題であるはずだ。すでにこうした取り組みは行われてきたし、新しい組織を作るようなエネルギーと資金があったら、そちらにシフトしたほうが将来的にも良いのではないだろうか?

そして、最後に。「漁以外のイルカの入手方法」の答えは違反の教唆みたいに読める。

 「魚を取る際に混じったり、浅瀬に迷い込んだりしたイルカなどを『学術研究用』として漁業関係者から譲りうける方法」

と言う言い方は実は「混獲や座礁したイルカを’学術研究用’として譲り受け、ショーなどでバンバン使ってますよ」ということだ。カマイルカという追い込みでなかなか捕獲しにくいイルカがいるが、たまたま定置網などに入ったのを「原則逃がす」という水産庁のマニュアルをかいくぐって利用している状態があまりにひどかったので、2007年に水産庁が反対の声を押し切って捕獲枠をつけ、混獲ではないイルカの飼育をねらったのだが(やはりあまり上手く捕まえられない状態)。だから、この答えは下手をするとマニュアル違反をそそのかしていることにもつながりそうだ。

記者は、どこからこんなテーマをもらって書いてしまったのか。書くことでお金をもらっている以上、きちんと取材することは最低限、欠かせないと思うのだが、どうなのだろう。

2019年9月30日 (月)

そうだ!ウッォッチング

いよいよ、明日は10月1日だ。

消費税増税。もちろん反対だが、もう一つ、10月1日は富戸でのイルカ猟解禁日なのだ。2004年以来、初めてのイルカ猟が果たして実施されるか、周りがざわざわし出してきた。

実は、ジオパークに名乗りをあげる前は、毎年8月末(この時は9月解禁だった)に水産庁とともに記者会見を行い、イルカ猟開始宣言をしてきたいとう漁協も、ジオパークの本部から「イルカ猟はどうよ?」という質問を伊豆ジオパーク本部が受けてから、なりを鎮めてきていた。それが決まってしまったらいいのだろうか?

一体何を目的としてやったのか、宣言すれば何か変わるかわからないのだが、久々に開始宣言を行うものだから、あれをまた、本当にやるつもりなのか?と不安でいっぱいになるのは確かだ。

だが、捕獲の条件は太地と比べて極めてよろしくない。漁港内の定置網設置。ベテラン漁師たちの引退。イルカ探査船も出せないで、漁に出ている漁船がイルカを見かけたら知らせを受けていざ出動、という話も聞いた。

しかし、太地と比べると捕獲できる種は3種類、カマイルカ26頭、バンドウイルカ24頭とオキゴンドウ7頭で、カマイルカは太地でも’ちゃんちゃん’と呼ばれる鉄パイプの音が聞こえるなり、四方八方に逃げ出し、捕獲に手こずるような捕獲の難しい種だし、バンドウイルカは太地でも回遊が少なくなっており、伊豆方面は春先に1度か2度、南下する様子が見える程度らしい。オキゴンドウはよくバンドウイルカと一緒に泳いでいる姿が見られ、1996年も運悪く一緒に捕獲された種だが、2007年に、沖合にも別の系統がいたとかなんとかで増枠され、富戸にも枠が付いた。しかし、太地においてもずっと捕獲ができていない種でもある。

さらに、富戸はいとう漁協の支所になったので、漁業収入はいとう漁協に吸収される。確か、2004年の時も、イルカ漁師に入ったのは、船の経費と日当1万円のみだったと聞いている。イルカの生け捕りで儲けられるぞ!というわけでもないようなのだ。

ベテランの人たちは「追い込みは無理だ」と言っているようだが、それでも私たちの不安は消えない。

そこで思いついたのがウォッチングだ。

太地と異なるもう一つの点は、富戸にはドルフィンウォッチング船があるということだ。これは大した強みではないだろうか?

もし、頻繁に訪れるウォッチング客に恵まれれば、地域住民も、支所の漁業者もどっちが得だか計算するはずだ。

人数がある程度集まれば、船も複数参加でき、お客に喜ばれれば、乗せる方だってまんざらでもないはずだ。

だから、もし、イルカをこれ以上苦しめたくなければ、せっせとウォッチングに参加する人を集め、捕るのではなく、見る船を増やそう。

そうであれば、地元が応援してくれるはずだと思いませんか?ウォッチングをして、イルカ猟 を永久にやめませんか?Iruka20041111-3 (2004年イルカ捕獲)           Photo_20190930142101(カマイルカ)

 

富戸でのウォッチングは:https://www.honda.co.jp/dog/travel/data/kohkaimaru/

 

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