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2018年11月 8日 (木)

IWC67 その他のこと

<フロリアノポリス>

今回、IWC本会議が開催されたフロリアノポリスは、ブラジルの西、サンタカタリナ島という島の州都だ。
サンパウロから2時間、ブラジル本土の人たちだけではなく、EUなどからも観光シーズンにはたくさんの観光客が訪れるということだ。
日本からは、一旦カナダかアメリカを経由し、サンパウロまで来て、国内便に乗り換えて2時間ほどでブラジル本土に面したヘルシリコリス空港に着く。私たちは、ニューアークを経由してたどり着いた。待ち時間を入れて30時間以上かかる長旅だった。航空運賃は往復で226040円。
こじんまりした空港で、名前を書いたボードを持って待っていてくれたホテル専属タクシーで、イングレセスビーチにあるホテルに。これも島の西側から東側への1時間余の旅。
通り沿いの店の多くは開けていない。ここのシーズンは12月から2月ごろだよ、その頃は人でいっぱいだと運転手さんが教えてくれる。サンパウロから10年前に引っ越してきたという運転手さんは、ありがたいことに英語をしゃべる。ホテルの受付を含め英語をしゃべる人はめったにいないし、私はスペイン語ほどもポルトガル語はわからない。
英語が話せる運転手さんが頼りで、送り迎えを頼んだ。
最後の日には、空港まで少し島の北側を案内もしてもらった。
ビーチのはしごみたいなものだったが、どこもゴミ一つ落ちていないこと、それから砂の色が白から薄いベージュと少しずつ異なるものの、細かいサラサラの美しい砂浜が続き、海水の透明度も高い。ゴミがないねえ、と運転手さんに話しかけると、そりゃ、観光資源だもの、と当たり前の顔。
ビーチにもランクがいろいろあると見えて、「ここは本土の億万長者の別荘が立ち並ぶところ」とコロニアル風のものやモダンな建物などいかにも高そうな家並みが続くところにも連れて行ってくれた。「私たちは98%の方だから縁がないよ」というと笑って移動した。
同じく金持ちの別荘地の近くだが、自然公園に隣接するところがあり、運転手さんはよく息子をここに連れてくると話してくれた。鉄条網の向こうに小さな流れがあり、そこに浮かんでいるのは、カイマン!見るとうじゃうじゃいる。道路の間近に沢山群れ集っている謎はすぐに解けた。近所のおっさんがバケツにあふれんばかりの魚のアラを入れて持ってきて、それをワニに与えているからなのだ。放り投げられた餌を空中でパクッとくわえ、まるでペット状態のワニなのだった!
公園は在来種だけ植えてあるのだという話で、これまで見たことがない植物が沢山あった。
自然公園は空港の近くまで続き、車内から、トキの仲間とか穴掘りふくろうらしい小さなふくろうも見ることができた。

<会議場で>
会議場は私たちのホテル方15分ほど北の隣のビーチにあるコスタン ド サンティーニョ  リゾートという高級リゾートホテルで、ビーチとその地域をほぼ占有状態、ホテルのダイニングエリアのある浜に降りていく小道沿いに、キャビン風のしゃれた宿泊施設が続き、両側には胡蝶蘭の寄生する(人が植え付けた?)木々が茂る。「サルを見たよ」とクレア。
IWC’友だち’と再会。別に普段からそれほど交流があるわけでもないが、まあ、どちらの陣営も同窓会気分でいるようで。

そういえば、入り口でこれも毎度のことながら、血だらけのクジラ用のものを持った人に「日本人、クジラ殺すな!」と凄まれた。そしてこれも毎度のことながら「いやいや、その人は’仲間’だよ」というこれもIWCで顔なじみのとりなしが。
彼は今は黒シャツにドクロマークを付けたのを着ているが、2002年下関では別のグループで来ていて、私たちがお祭り広場にしたスペースの真ん中にティピーを立てた。資材調達が(竹竿なので)すごく大変だったと聞いた。

今回は、「ともこ」さんという日本人のプロテスターがニューヨークから駆けつけていて、毎日、プラカードを掲げてホテルの正面に陣取っていた。「だって、日本政府のやってること、すごく恥ずかしいじゃない。みんながそうじゃないことを示したくって」とは彼女の弁。ごもっとも。

<ホテルで>
私たちのホテルは結構豪華な朝食付きて1週間二人一部屋で44527円、一人一泊3180円という格安値段!
朝ごはんは、3〜4種類のパン、スクランブルエッグ、ソーセージ(食べないが)とジュースや牛乳、ヨーグルト(なぜかイチゴ入りとココナッツ入り)、各種のちょっと見た目は同じに見えるジャム(食べてみるとオレンジ風味だったり)、それと5種類ぐらいのスイーツ!(これも朝っぱらからは食べられなかった)、パイナップル、メロン、マンゴー、りんご、バナナ、コーヒーと各種ティー。トマトや緑のものはなかったけど、地元スーパーでもしなびてたりして良い状態のものはなかったから、地元ではほとんど作っていないのかもしれない。

同宿していたのは、フランス語圏のアフリカ諸国(一つはセネガルでもう一つは確認できていない)と多分韓国の代表団の一部、そして時事通信の運動部系の記者さん。朝ごはん中の交流はなかったが、最終日にだったか、セネガルの元気いっぱいの代表にエレベーター前で鉢合わせした。ニコニコと、「オハヨゴザイマス!ゲンキデスカ?」とご挨拶。
エレベーターがつくとビッッグスマイルで手を差し出してお先にどうぞポーズ。扉が閉まると同時に、親指を立てて「オンナ、イチバン!」。
「え?」
横で佐久間さんが「レディーファーストって言ってんだよ!」とニヤニヤしている。ああそうか。
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