2018年6月 1日 (金)

調査捕鯨

海外版の翻訳で、国内ニュースとしてはなかったようだが。

http://www.bbc.com/japanese/44311442

   「日本が行っている新南極海鯨類科学調査計画(NEWREP-A)の「実地調査」で、
    妊娠中のクロミンククジラ122頭を殺していたことが明らかになった。」
   (中略)
   「3度目となる今回のNEWREP-Aで捕獲されたクロミンククジラ333頭のうち、
   オスは152頭、メスは181頭だった。
   新たな計画では捕獲量を従来の3分の1に減らし、毎年330頭前後にとどめている。
   データによると、今回の調査で捕獲されたクロミンククジラのうちメス122頭が
   妊娠していたほか、オス61頭とメス53頭が幼体だった。」
   

 これまでも、南極での調査捕鯨で妊娠しているメスの個体が繰り返し捕獲されていることが指摘されてきた。
実際、日本政府は、ミンククジラの繁殖状況が良いことの証拠として、妊娠メスの捕獲を擁護しているように見える。

例えば、2010年JARPAIIの報告を見ると
http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/enyou/110321.html

    「クロミンククジラは雄62頭、雌108頭の計170頭を採集しました。
     採集した個体のうち雄が66.1%、雌が87.0%の割合で性成熟しており、
     成熟した雌の91.5%が妊娠していました。雌の高い妊娠率は例年と
      同様であり、南極海におけるクロミンククジラの繁殖状況が健全である
     ことを示唆しています。」

とある。
さらには、

   「クロミンククジラの性別や成熟率は、調査海域により大きく異なり、
     ロス海には成熟した雌が集中する一方、ロス海の外側では未成熟
    の雌雄及び成熟雄が多いという結果が得られました。」
とも書かれている。

今回の12週間の捕獲調査で、当然ながらこの棲みわけへの配慮もあったと信じるが、妊娠メスを多く捕獲することによる影響はどうなのだろうか?

かつて、ミンククジラを「海のゴキブリ」といった方がいたような記憶があるが(ちなみに、ミンククジラの妊娠期間は10ヶ月で、1産1仔だったと思う)、成熟したメスの91.5%が妊娠していたということであれば、ミンククジラの生息数は増加するだろうと思うのだが、そこは素人の浅はかさでそういう結果でもなさそうである。

2018年5月30日 (水)

八戸訪問

 5月25、26日と、沿岸調査捕鯨の様子見に、八戸を訪問した。25日は、暗くなるまで船が帰ってこず解体はなし、翌日は、よく晴れた日だったが、船は出なかった。

沿岸における調査捕鯨は、2002年にJARPNIIのもと、日本鯨類研究所の業務委託で沿岸の小型捕鯨業者により開始された。沿岸の調査捕鯨に携わる4社は、2010年に「地域捕鯨推進協議会」を組織し、「沿岸のミンククジラ猟の際会及びその継続に寄与」することを主目的に、当初は5、6月に三陸、9月に釧路でおこなわれた。昨年からは、調査捕鯨新法の下で政府の直轄となり、NEWREP-NP(新北西太平洋鯨類科学調査計画)により、太平洋側で80頭、新たに開始された網走で47頭の捕獲枠が与えられており、サンプルを提供した残りは「生肉」として現地で販売される。
八戸が加わったのは、沿岸の太平洋側のミンククジラの調査の一環で固定的ではないということだ。今回、4月末まで行われた鮎川での調査捕鯨で何頭捕獲されたかはまだ明らかになってはいない。
(5月4日のデーリー東北の記事中に、「鮎川では18頭捕獲」という記事がありましたので訂正します。)

八戸は、かつて漁民たちが捕鯨会社の焼き討ち事件を起こしたところとしても知られる。クジラ解体処理による海の汚染に対して、行政や捕鯨会社が訴えても対処しなかったことから、1000人を超える漁業者が捕鯨会社と関連施設を焼き討ちしたとされる。

また、八戸には、日本昔話にも取り上げられた「八戸太郎」伝説があり、これによると、大きなクジラがイワシの大漁をもたらすとして「八戸太郎」と名付けられて敬われていたところ、不幸なことに熊野灘で漁師のモリに突かれて必死の思いで戻ってきた浜で息絶えて「クジラ石」になったという話である。八戸漁港の南端の恵比寿浜にはクジラ石を祀る社がある。

このところ、結構人気の日曜日の館鼻岸壁の朝一まではいられなかったのでどの程度の需要があるのかわからなかったが、八食センターや陸奥湊の朝市ではホタテ(稚貝が結構多い)やホヤ、カニ、イカ(すごく小さい)などと並んで少量ながら「ミンククジラ生肉」が販売されていた。このところ、水産物水揚げが激減し、名物のサバはノルウェー、ゆるキャラにまでなっているイカに至ってはニュージーランドからの輸入という話で、少しであっても売り場の賑わいとしてはありがたいのだろうか?
ちなみに、魚売り場でよく売れていたのは、私の見た限りではマグロだったが。

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2018年2月26日 (月)

調査捕鯨新法に関しての訂正事項

ご存知の通り、昨年6月に国会を通過した調査捕鯨新法。
どうやら、私の解釈が間違っていたようなのだ。

これまで国が主体で鯨類研究所に業務委託するものだとばかり思っていたが、先日、国際課捕鯨班の諸貫秀樹氏との意見交換の際に、間違いを指摘された。彼が言うのは、法律ができたことで「具体的には何も変わらない」そうで、ただ、調査捕鯨を継続するための支援を国が行うことを義務付けるものだけということだ。
ここが問題の箇所。

「第四条 国は、前条に定める鯨類科学調査についての基本原則(以下「基本原則」という。)にのっとり、鯨類科学調査を安定的かつ継続的に実施するための施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。」

この第4条が曲者で、鯨類科学調査を実施する責務を国が有すると読むのは間違い。「安定的かつ継続的実施するための施策を総合的に策定してそれを(つまり総合的に策定したものを)実施」するだけであり、調査捕鯨そのものの実施ではないということなのだ。実に紛らわしい。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g19302106.htm

従って、実施主体は鯨類研究所と小型捕鯨協会が沿岸調査捕鯨ために作った地域連絡協議会であって、国はそれを実施できるように支援することを法的に裏付けたものが新法だ。

今話題になっている新造船については、「どこか船を貸し出ししたいという会社(現在は共同船舶だが)が(貸し出しという)商売用に作るわけなので、国が金はださない」(前述の諸貫氏)ということらしい。しかし、調査捕鯨を継続的、安定的に実施するためにもし船が老朽化してしまって作る必要があり、かつその船の貸し出し会社が金銭的に行き詰まったら、(東電の例を出すまでもなく)やはりお金をだすのだろう。
こんな法律を超党派で作っちゃう永田町の人たちはやはり信用できない。

2018年1月19日 (金)

調査捕鯨母船の建造

 今朝の読売新聞朝刊に「調査捕鯨 新船導入へ 水産庁事業継続 明確に」という記事が掲載された。

http://www.yomiuri.co.jp/national/20180118-OYT1T50211.html?from=ytop_top
老朽化した日新丸に変わる新船を導入する方針を水産庁が固めた。というものである。
記事の小見出しは「高齢の船」「対シー・シェパード」「反発も」という構成になっており、記事では91年から捕鯨母船になったとある(?)。
老朽化の危険だけでなく、これまで乗組員がレーザー光線の照射をSSから受けたり、体当たりされたことから、SSは今季妨害をしないと言っているが頑強で足の速い船が必要とその理由を説明する。
新造船計画への踏切はやはり調査捕鯨新法だ。とにかく(科学的な疑義や国内外での異論をよそに)未来永劫継続させたいという法律を作ってしまったのだから始末に悪いが、記事からはそのところはうかがえない。

 水産庁は18年度予算に「新船について検討するための費用1億円を盛り込んだ」そうである。いったいどんな検討なのだろう?

普通に考えられることとしたら、
 船を建造するなら、今後の海洋環境に悪影響をもたらさないような構造(これまでの一重船底の構造を変える)と気候変動対策に対するエネルギーの問題(国際的には、石油燃料ではなく、LPGが主流になりそうな気配だ)が検討課題として思いつくところだが、それにかかる費用をこれから調査捕鯨でまかなえるか?という大疑問が湧いてくる。特に、ICJ判決後の国際世論の動向、ワシントン条約でのイワシクジラ問題(やめなければならなくなる???)、日本沿岸でのミンククジラの捕獲の減少など、(税金を投入し、返さなくてもいいというのなら別だが)懸念は大きい。
もう一つ、「外国の大型漁船を買い付けて捕鯨船に改造」という案もあるそうだ。捕鯨に対する風当たりの強くない国や、多少とも脛に傷を持つような出どころの可能性があるが、こうした船の改造で、今後、長期にわたって海洋環境への国際基準を満たせるかというとかなり怪しい。
(何れにしても、水産庁が止める口実を作るような検討を行ってくれればいいのだが。無理?)

 冷めた目でみれば、今回の計画は役人のかなり場当たり的な解決方法ではないかという疑いもあるものの、そんなアホなことにお金は使わないでほしいという思いは募るばかりである。

2017年11月28日 (火)

イワシクジラーワシントン条約会議

 27日から、スイスのジュネーブで、ワシントン条約の常設委員会が開催された。これまで、私たちの懸案事項であったいわゆるイワシクジラの「海からの持ち込み」がようやく議論されることになった。
これまで、ブログでも取り上げてきたが、
(例えば)
http://ika-net.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/post-e294.html

イワシクジラは、IUCNのレッドリストでは絶滅危惧種で、ワシントン条約の付属所I記載種である。日本は、この種の北太平洋での商業取引禁止を留保していないが、IWCにおける国際捕鯨取締条約の8条によって、調査捕獲を実施してきた。そして、国際取引に関しては、科学当局と管理当局がいずれも水産庁であることも問題があると思われる。
イワシクジラの調査捕鯨については、歴史が古く、1976年IWCでイワシクジラの捕獲が禁止されようというときに、業者の救済策として同種の調査捕獲を計画し、実行している。(これにヒントを得たものが現在継続されている調査捕鯨)
そして、再び2002年、北西太平洋第2期クジラ捕獲調査(JARPNII)でイワシクジラ50頭の捕獲を計画した時は、ノーベル賞受賞者を含む24人の国際的に著名な科学者24人が、ニューヨークタイムズに反対する意見広告を出している。

今回は、昨年開始されたNEWREP-NPでイワシクジラの捕獲枠を増加させ、評価委員会から殺す必要性が十分説明できるまでは実施すべきではないという勧告が出ていたにもかかわらず、捕獲を実施してしまった。国際社会が違法だという認識を共有しながら、規制をすることのできなかったイワシクジラの捕獲へのワシントン条約関与は、とても歓迎すべきものだと思うし、また日本の調査捕鯨の問題性を再び訴える重要なステップとなると考えられる。
オーストラリアやEUのみならず、セネガルやケニアといったアフリカ諸国も日本の立場に反対と。現場でこの模様を見たかった。

今回議論を受けて、イワシクジラの商業利用の可否を問う専門家調査団派遣が決まったようだが、日本はそれにも猛反発している模様である。

https://this.kiji.is/307912424408253537

2017年11月 9日 (木)

日新丸 南へ

 さすが法律で担保された国営事業。
もう出発したようだ。出港式はしなかったらしい。

http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kokusai/171109.html

 7.安全対策

本調査の実施に当たっては、シー・シェパード等の反捕鯨団体による妨害に的確に対応するため、以下の安全対策を講じます。
(1)水産庁監視船を、昨年度に引き続き派遣します。
(注)水産庁監視船の詳細(隻数、船名、トン数、任務の具体的内容等)は、安全対策の実効性の確保や、調査船団の安全に万全を期するため、非公表とします。
(2)シー・シェパード船舶の旗国・寄港国等に対し、海上の安全確保のための実効的な措置を講じるよう、働きかけを引き続き行っていきます。

2017年10月30日 (月)

太地もうで(2)道の駅/公衆トイレ/地方都市における福祉

  太地は開放的で明るいところだ。博物館の前の道路は広く、シュロの並木が南国を思わせる風情で並ぶ。町そのものもいわゆる漁師町の風情とは大分異なり、港付近には一昔前の感じの日本家屋が立ち並んでいるものの、小高い丘にあたりでは、ゆったりとした空間に洋風の洒落た建物が多い。清潔で明るく、「貧しい過疎の町」という雰囲気ではない。
 
 前回、太地を訪れた時、話題になったことの一つは三軒町長が力を入れている福祉の問題だった。高齢者福祉のためのノンステップ循環バス、町のあちこちに置かれた木のベンチ、そして公衆トイレ。町長はとりわけ公衆トイレの清潔さを重視し、全てをエコタイプの水洗トイレに変えたことがご自慢だった。

 今回、話に聞いていた道の駅のトイレを使用し、その高級ホテル顔負けの設備にびっくりした。だから当然ながら、会見の最初に私が口にしたのはトイレのことだった。三軒町長は、町の衛生については常に気を配っていると話し、いつでもピカピカの公衆トイレを町全体に行き渡らせている、という。
 環境への配慮ということも町長の気にかけることで、究極の目的は、町全体を博物館とすることだそうだ。花の咲く木を植樹し、家々の窓から桜の花や紅葉を普通に眺められ、清潔で安心して暮らせる町。
 彼の説明によると、「国民年金で、一人暮らしのお年寄りが安心して暮らせるところ」が究極の目的だそうだ。こども園と合体させた老人福祉施設、朝昼300円で賄われる給食が子供の健康と暮らしに貢献する。そして日帰りの施設に洗濯物を持って行けば帰るときに受け取れるようなランドリーサービス等々。

 彼が当選した後で、町長、副町長、教育長の歳費を半減させたと話してくれた。しかしもちろん、それどころで済む話ではない。(生きたイルカの販売の利益から、小中学校の教材を無償化するという方針もあり、それに関しては、議員の一人から「生き物の命で贖うのか」と反対されて一晩眠れなかったともいう。)

 三軒町長の次々と打ち出されるアイデアに関しては、正直舌をまくところが多い。確かに、老後に尊厳を持って自立した生活を送りたいと思うのは正当な欲求ではある。しかし、現状から言えば、(また日本の福祉政策の軽さから言えば)日本全国津々浦々、こうした福祉政策を実現させるには、政治的にかなりの力こぶが必要とされると思う。だから、ダメと言うつもりはない。
 そんな中、こうした町長の政策に対しては、財源を含めて問題を指摘する声は町の中にある。
 
 これまでの事業の経費は、町の財政をはるかに超えるものも多く、毎年、国や県からの補助金、地方債、過疎債といった資金の投入がある。もちろん、国会議員との太いパイプによって可能なことだが、借金として、将来世代に残るものもある。もしも、こうした施策が実現したとして、それをずっと継続させていくには相当の原資が必要だろう。
 ちなみに、8月11日に完成された道の駅の工事費用は:233,280,000円
その内訳は113,000,000円が国庫補助金、107,000,000円が過疎債、後の13,280,000円が一般財源
 
人口3千弱の町としては規模が大きすぎるような道の駅は漁協の経営だそうだが、季節外れであることや、台風が近づいていたせいもあるかもしれないが、滞在中の2度の訪問では、地元の人たちを含む食事客がちらほら、運営にかかる予算をまかなえるほどの客の入りがあるとも思えなかった。

 最後の日は、台風による激しい雨風が太地を見舞ったが、そんな中、道の駅の駅舎前に、10人ほどの人たちが雨に打たれて整然と並んでいる。どうやら、衆議院選挙のちょうど前日にあたり、自民党の地元候補が立ち寄るということで、出迎えに出ているらしい。
やがて、雨の中、候補者本人が、SPと思われる人達とはいってきて、売り場を回り、人々にあいさつをしていった。
 

20171021


2017年9月27日 (水)

「腑に」は落ちない

 例の映画についての話のつづき。
 映画のパンフレットでドキュメンタリー作家の森達也氏が書いているが、「問題の本質は外国人に’殺すな’と言われるから、自分は食べないけど捕鯨に賛成する」という捕鯨支持の意見で、映画を見た人たちが一番『腑に落ち』たのはそこだったと聞いて少し驚く。映画でコメントした本人は、批判的に言っているのだが。
 以前には、捕鯨を支持する立場にはそれなりの根拠があったと思うが、捕鯨産業が縮小し、鯨肉を食べなくなって捕鯨が一般の関心を引かなくなった今、ネットを中心として「他から言われたくない!」というのが一番大きな根拠(?!)になってしまったのだろうか。
 そして、それにお墨付きを与えたのが今回の映画かもしれない。「The Cove」で何となく後ろめたさを感じ、加害者の感覚を抱えていた人たちが、今回の映画によって「そうだ、(いくら肉を食べなくても産業的に成り立たなくても、海外からいろいろいわれても、)これが彼らにとって大切な’アイデンティティ’だったのだ、と何となく心の底に沈殿した後ろめたさを払拭したのだろうと私は思う。
「ナショナリズム」というほどのはっきりしたスタンスもないこうしたあり方は、現実に触らないで済んだ事に安堵しているわけで、それを利用したい側にとっては大変都合が良い。
こうした結果が製作者の意図したこととは思いたくないが。

 監督は、雑誌のインタビューに答えて「人口3000人の小さな町で起きていることから、今世界で起きている世界の衝突、分断が象徴的に見えてくる」と言い、’ローカル対グローバル’と言う今日的な課題に取り組んだつもりだと言うようなことを発言されている。
 日本の中の一地域として、ひっそりと(国内でさえもあまり知られないまま)漁をしていただけだろうに、という監督自身の共感が、画面に溢れている。そして、町の人々との考え方の違いから、わざわざ遠征してきた活動家たちに町の平穏がかき乱され、その上、世界の悪者に仕立て上げられてしまった・・・
監督としては、「The Cove」において強者が弱者を叩くというあり方に怒りを覚えているわけだが、イルカ猟に関して言えば、日本という国が認めたイルカ殺しの継続を何とかしたいという活動家の(結果的に無力な=行為を止められない)ジレンマから、解決の願いを託した、というのがThe Coveだったと思う(世界的に有名にはなったものの、目的は達せられなかったが)。そういう意味では、社会派ドキュメンタリーが明らかにしてきた、大国が他の小国を脅かすとか、グローバル企業が地域の開発で住民を追い詰める(つまり具体的な破壊行為が前提にある)というようなものとは質が違う。(イルカ猟に関係ない大多数の町の人々の感じる迷惑感とか、恐怖、警察官宿舎用のマンションを町が借り上げたとか、海上保安庁出動に経費がかかるとかが被害がないとはいわないが)

映画では、国や県、町の介在を示すわけでもなく(国家権力による海外活動家締め出しくらいしかわからない)、またThe Coveの活動家たちの主張に反論するような議論を展開するわけではなく、被害者としての太地の人々を(事実の検証もなく)これでもか、これでもかと写す。この前のブログで「対抗ツイート」と書いたのはそのためだ。つまり、客観的な事実で争点を洗い出すのではなく、ローカルな町に国際的な発信力と対抗できるだけの力を与えたい(だからこそ、この映画をつくる意義がある)と言う、これまでの捕鯨イケイケ路線にありがちな話に落ち着いてしまったのではないか。「他人にとやかく言われたくない」というのが映画終了後の多くの人々の感想であることが、結果的には余分な勘ぐりを封じるいい方法だったのかもしれない。

 イルカ猟を続けている人たちは、威勢のいい応援団の追い風に乗って、多少は安心してイルカを追いかけられるようになるかもしれない。しかし、自分のなりわいの将来的な展望を真剣に考えようとした時、果たしてこれが役に立つのだろうか?なまじ、町民のアイデンティティと持ち上げられた分、引くに引かれなくなってしまったのではないだろうか?と老婆心で思う。


2017年9月 9日 (土)

対抗ツイートだった・・・

 「おクジラさま 二つの正義の物語」のプレミアム上映に行ってみた。
先行上映は3回目ということで、50人弱ほどの人が集まっており、参加者は業界の人たちのほか、クラウドファンディングの大口寄付者や監督の知人、友人などであるらしかった。私は、登場人物の一人として招かれた。
 うたい文句である公平なドキュメンタリーだと最初から期待していたわけではないが、清潔に整った太地の街並みを背景にクジラ祭り、供養などの映像とともに、太地の町長をはじめとした関係者、そしてイルカ漁業者と、イルカ猟推進の立場からの意見がそのまま言いっぱなし状態であふれんばかりに出てきた。
SS活動家ももちろん出てきたが、小さな町の人たちの言い分の中ではどうしても’異物’という感じが拭えない。

 ではこの映画で何をしたかったのか?という問いは、後半で、ストーリーの導き手のアメリカ人、ジェイ・アラバスター氏がイルカ漁業者に問いかけるところで合点がいった。

 アラバスター氏は、コンピュータの画面で、Cove Gardiansが行っているリアルタイムでの追い込みの様子の発信と、それに対する世界中からのツイートを見せ、太地にはこれに対抗できていない、と語りかけるのだ。
つまり、この映画は、太地の側からの対抗ツイート代行であり、公平性とか正義というのは、世界発信されているイルカ漁の映像とそれに対する批判に対してのものだったということだ。
だから私の発言は、こうしたツイートを補強するために用意されたとみるべきで、だからこそ、三軒町長は私のコメントに対して「いいこと言っている」という批評をしたのだ。

 私は、撮影前に佐々木監督が話を聞きに来た時、私自身が望むことは問題の解決であり、映画がさらなる溝を作るものであって欲しくない旨を伝え、彼女も自分としても解決したいと思うからこそだと返事をもらっている。
この映画で何を解決したと彼女が考えているのか、私には未だにわからない。
太地の人たちの多くのコメントが正確さを欠いていることについては、取材時に私や佐久間さんが行った説明でほぼ解決済みで、それを彼女が理解していたと思っていたからだ。漁業者に恨みがあるわけではなく、そうした問題点をきちんと見ていくことが解決にはなくてならないものだと私は考えているからだ。

例えば、伝統については、私も中でコメントしてはいるが、それが太地での勢子船の映像とか、クジラ祭り、博物館の(なんと動く!)クジラ絵巻などの紹介に対して、私のコメントは説明不足であると感じる。

イルカ漁業者が、自分たちは獲物がなくなれば困るから、一番持続的な利用を知っているということに関して言えば、(私は不透明であるとしか言えていないが←残念!)今回の新たなイルカ漁業対象種の追加の理由が、当の太地町の、「マゴンドウとバンドウイルカが捕獲できなくなったので経営的にやっていけない」という要望からであることが水産庁の担当者の発言からわかっているが、これは彼らの主張する持続的な漁業と大いに矛盾している。

 また、監督曰くの「なんちゃって」対話集会では、その中で唯一とも思われる生産的な意見「(問題解決のために)私たちが皆さんたちにしてあげられることは何ですか?」を最後に質問した海外活動家に対して、町長は’きっぱり’と「太地町のことは太地の町民が考えること」だと言い放ったのは乱暴だ。問題があると考える人たちがいるからこそ、太地での事件が起きているわけで、それを部外者は関係ない、としか考えないからこそ、解決できないと思わないのか。(あるいは、町長としては、問題は太地で既に完結しており、他は雑音なのかもしれないのだが)

ここで解決の一番の障壁となるのは、実は町で完結できないものだ。
3千の太地町民のごく一部の人たちの事業が太地全体を潤しているわけではなく、町費に匹敵する(あるいは上回る)ほどの補助金が毎年投入されていることが一番大きく、それは町が捕鯨という名を売ることで得る収入なのだ。
例えば、建設予定の道の駅の建設費は
「233,280,000円の内訳は113,000,000円が国庫補助金、
107,000,000円が過疎債
、後の13,280,000円が一般財源だ」
と太地町議員である漁野尚登氏はブログで述べているが、これが最初でも最後でもないことは彼のブログを遡ることで理解できる。
https://blogs.yahoo.co.jp/nankiboys_v_2522/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=2

トイレの改修工事もあったと思う。
平成27年度太地町一般会計補正予算(第1号)において公衆便所改築工事の予算が計上されていました。
企画費
歳入
国県支出金 2000万円 地方債 2000万円 一般財源 398万円

https://blogs.yahoo.co.jp/nankiboys_v_2522/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=7

 ある研究者によると、こうした補助金による支援は他の漁業村でも盛んに行われているようだが、原発に対するものと同様、その町の健全な発展を助けていると考えるのは難しい。
補助金問題は、監督に何回も「捕鯨推進という盾を掲げる代償として、まるで麻薬漬けのようになっている補助金問題を何とかしないと」ということは伝えてある。
今回、映画は国の捕鯨政策には全く触れなかったが、地方(ローカル)対国際(グローバル)に問題を置き換えるためにも、政策問題は邪魔だったのだろうか。それともあまりにも歪さがわかりやすいので、出すわけにはいかなかったとか。

 最後に二つ、太地の救い(問題解決)のように出てくる水族館でのイルカ飼育問題と、森浦湾の国際的なクジラ研究構想だ。どちらもこれまでこのブログで批判してきたことだが、監督にも問題点は指摘してあったと記憶する。

 まあ、こうした指摘をどうにかするよりも、太地からの対抗ツイートが重要と感じたからこそ、そこで手堅くまとめたんだろうなあ、と思いつつ、やはり釈然としないのだった。
 

2017年9月 8日 (金)

ワシントン条約海からの持ち込み許可証

 日本政府は、モラトリアムの元、調査捕鯨の名の下にクジラを捕殺している。
南極で、ミンククジラ333頭、北西太平洋では2002年から、日本がワシントン条約の取引禁止規定を留保していない、北半球のイワシクジラも捕獲するようになった。
どこかの国に所属しない公海での、ワシントン条約で規制されている種を捕獲する場合は「海からの持ち込み規定」というものがあり、捕獲する国の管理当局が持ち込み前に許可証を発行することになっている。
そこで、イワシクジラに関してはどのような許可証が発行されているのを水産庁に聞いてみた。すると、持ち込むときではなく、調査捕鯨に出航するときに、IWCの捕獲許可証とともに発給するということを教えてくれた。
どんなものか知るには、情報公開請求が必要だと聞き、やってみた。
まず、イワシクジラが捕獲され始めた2002年から今年までの請求をしたが、文書の保存期間を過ぎたものは出せないということで、2010年(平成22年)からのものが、請求してから1ヶ月余を経て手に入った。

実際に見ると、イワシクジラのみではなく、公海で捕獲されるすべてのクジラの捕獲予定頭数と、同時にバイオプシーサンプルを取る予定のクジラ10種に関して、水産庁長官の名前で許可証が発行されていた。
また、2010年には、船の名称なしだったものが、翌年からは、積み込む予定の(?)日新丸、勇新丸、第二勇新丸の3枚が発給されている。
なぜ、わざわざ情報請求の対象となっているのか、よくわからない。Photo


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