2019年9月 5日 (木)

切り身になるために生まれてきたのか?〜子供たちに何を伝えるか

今朝の毎日新聞の子供版、「毎日小学生新聞」。開いてみて、孫が「あ、クジラと日本人だって」と私に問いかけるように言った。前の日に、電車の中で「クロツチクジラ」発見のニュースを見てきたとかで、少し混乱したようだ。

見せてもらうと、ニュース「知りたいんジャー」の見開き「商業捕鯨再開 クジラと日本人、そして世界の目」というタイトルで「日本政府は7月、肉などを売るためにクジラを捕る『商業捕鯨』を31年ぶりに再開しました。海に囲まれた列島で暮らしてきた日本人は古くからクジラと関わり、鯨食の文化を築いてきましたが、クジラを保護すべき野生動物と考える反捕鯨国からは厳しい目で見られています」という解説が。

解説に書かれている「クジラを食べてきた日本人」対「保護すべき野生動物と考える反捕鯨国」という書き方にイラっとした。最初にこれか。

2項日本の伝統文化大西洋思想という固定的な書き方は、今始まったことではないし、多分、この木村という記者にしっかりと刷り込まれていて、疑問も持たずに書いているのだろうとは思うが、対立した問題があるときに一方の立場の擁護のみするのが、問題解決の近道でないことは確かだ。

’クジラを保護’すべきかどうかの議論の前に、クジラを切り身として見ることが当然であると考える前に、事実としてクジラが野生動物であることを知るのは重要なことではないのだろうか?日本人にはそういう頭がないのだろうか?

残念なことに、これまでの議論でわかっていることは大方の日本人は野生動物と家畜動物の区別がつかないということだ。

捕鯨推進の人たちの中には、知っていてわざとごっちゃにして「命の重みはすべての動物で同じ」なのに「牛や豚を食べるのに、なぜクジラはいけないんだ?」風の議論をする’学者’先生たちがわんさといる。

彼らが言っているのは、「牛も豚も鶏も食べるからクジラの食べていい」ということで、牛も豚も鶏も食べないからクジラも食べない」という発想はない。かくして、食べる、食べないの議論ではなく、価値観の多様化した現代において、どのように考え扱うべきなのか、という議論は発展しない。

日本は海に囲まれた国だから、海にいるものをすべて食料とみなしてきたのはいいとして、人間が作り出して管理している動物と、管理の及ばない自然の中にいる野生動物を利用するにしても同じように扱うわけにはいかないでしょう?という話にはならない。

現在の一般的な家庭における海洋資源の利用は限られる。大きな商品価値のある魚は、調理の手間の少ない切り身が主流で、手間のかかる魚は敬遠されがちだ。さらに日常的に調理する機会がなく、扱いも面倒なクジラを日々のおかずに考える人たちは、現在それほど多くない。

一方で水族館のイルカは人気があるし(世界で一番たくさんのイルカ飼育施設を誇る!)ホェールウォッチングに出かける日本人だって増えているのだし、現在、一部地域を除いてクジラを食材として考える人は少なくなっている。が、それは必ずしも野生動物への視点につながってはいない。

問題は、それがいずれもイルカやクジラを人間の好き勝手に出来るモノ=商品だと考えるところにあるのではないか、と思う。

’保護すべき野生動物だ’ということが一般化しないのは、それだと消費物資の範疇から逸脱するからだろう。手っ取り早く、いつでも見られる水族館と異なり、ウォッチングは、見られる場所に出向くことが前提で、さらには必ずしも見られない場合もある。

それはまた堂々巡りになるが、こうしたメディアにおける刷込みが、一歩離れたところで野生動物について考えるとか、さらには、なんで保護しなければならないと思う人たちがいるのか?という疑問を封じ込めてしまっているのだろう。

そして、囲みで「いつからクジラを捕り始めた?」、「昔の人がどうやって捕っていた?」、「捕ったクジラはどうするの?」

「捕り方、変わった?」そして「商業捕鯨を再開ってどういうこと?」で締めくくられている。

幾つかは、恣意的な要約がされていて(例えば「捕ったクジラはどうするの?」では、日本全国で古くから利用されていたように読み取れるが、地域が限られていることはわからない。また、ヨーロッパやアメリカの捕鯨が、鯨油目的で肉や骨を海に捨てていたという記述に関して言えば、近代においてクジラが最も多く殺されていた時期に、日本も同じように油をとって大きな利益を上げていたことや、その時は不必要な部分を海洋投棄してきたことには触れていない)

記者は、これらの情報を主に大隅清治氏「クジラと日本人」と小松正之氏「日本の鯨食文化」、中園成生「日本捕鯨史」から撮ってきているようだが、大隅先生は「ミンククジラが増えすぎてシロナガスが増えない」とか、クジラ害獣説を持ち出して国際的に顰蹙を買った人だし、小松史は最近こそまともな水産庁批判をしているが、かつて「(ミンククジラが)ゴキブリのように増えている」などと言って大方を唖然とさせたことは記憶に新しい。

日本がいつから食べていたとか、かつてはどんな方法で捕獲していたかなどは比較的楽に検索できる情報だ。しかし、なんで保護しなければならないのか?ということの根拠を探るとなると、探せば少しは出てくるだろうが、よほどの動物好きでない限り、はなから探そうとは思いつかないのだろう。そういう状況を作り出している原因の一つが最初に書いたように、クジラを「野生動物と考える反捕鯨国」対「食べる対象と考える日本」というくくりではないだろうか?

日本人の捕鯨支持層が「食べたい」という欲求からではなく、「自分は食べないけど、外国から言われたくない」という捕鯨反対に対する強い反対の感情(反・反捕鯨)であることはすでに国際的にも明らかになってきている。

最近の嫌韓報道が受けているようだが、日本人が相手のフィールドに踏み込んで少し考えれば解決に至る道が見えてくるはずなのに、そうしようとはせず、「(自分が正当なのに)相手が自分を理解しようとしない」という駄々っ子の繰り言に終始しているのは残念なことだ。

日本が国際機関から脱退したあり方もまさにそれで、先の大戦から学ぶことができない体質もそこにあると思うのは私だけだろうか?

 

 

 

 

2019年8月28日 (水)

個人的なメモとして(水産資源について)

1994年に国連海洋法協約(UNCLOS)が発効、仕切りのない海洋に関して同条約の元、国際的な保全と管理が行われることになった。

以前の「獲ったもの勝ち」ではなく、利用する者同士がきちんと保全管理を行う義務と権利が生じたわけだ。

日本も同条約を批准しており、海洋保全と利用に関しては権利だけでなく、義務もあるのだが、往々にして日本はそのことを忘れる。

「保全」という言葉は使うための方便で、実際の保全活動はないがしろにされている。

実は、日本には「本音」と「建前」という都合の良い使い分けがあり、政府は国際的なお約束を(どこも本音はわれ先に使いたがって

いるんだろう。綺麗事を言っても始まらないし、辻つまさえあっていればいいんじゃないか)と、自国流を押し通すのが「国益」と勘違い

している向きがある。今回のワシントン条約における日本政府の立場でそれがなおいっそう明らかになった。

捕鯨に関しては、特に水産資源扱いの砦と考えており、諸外国に対してとにかく日本的な筋を通すのが義務だと思っているようだ。

どう考えてもこれでは「先進国」とは言えない(どうでもいいのかもしれないが)。

 

共同船舶がニタリクジラ150頭枠を使い果たすと、早速37頭の追加枠を提示。

「100年捕獲し続けても絶滅しない」というコンピュータ信仰で国民を説得しようとしている。

共同船舶が、ナガスクジラを捕獲するために、ポンコツ日新丸よりも大きな船を持ちたいと、政府におねだりしている。

商業捕鯨を開始するということはそういうことだ。共同船舶がより多くの儲けを求めたら、沿岸捕鯨業者の実入りが多くなるということは

現状から言って難しい。

2019年8月27日 (火)

海の生き物は「資源」だという日本政府の見方は共有されているか?

8月17日からジュネーブで開催されているワシントン条約会議。

早々と日本が海から持ち込む行為が条約違反だというところで、日本政府は公海での捕鯨を停止したんだから一件落着とし、「でも国内で相変わらずその違反した結果の鯨肉が流通しているじゃん!」という指摘を多くの国から受けた。現在は座長の仲介で全て没収という意見は通らなかったが、違反には違いなく、さらには共同船舶がこれから捕獲するつもりでいイワシクジラとどのように区別していくかは明らかにされていない。

残念ながら、IKANはNGOとして登録していないため参加できなかったが、野生生物を単なる資源としてみなしている日本政府は、今回、提案された海の生き物の付属書掲載に対してことごとく反対票を投じたようだ。それも、禁止措置ではなく、輸出国の許可がいる付属書II掲載なのだが。こうした日本政府の態度は、国内で事前に妥当かどうかを議論する場を得ないまま、言って見れば’暴走’しているように私には感じられる。

政府のこうした態度はまた、メディアのあまり深く考えていない報道で是認されているようだ。

例えば毎日新聞は「かまぼこ材料ピンチ」という取り上げ方。

https://mainichi.jp/articles/20190826/dde/041/040/033000c

頭が胃袋状態だから仕方ないのか、とこの手の報道の時にいつも思うが、果たしてそれでいいのだろうか?

 

昨日、時事通信が、水産庁の来年度予算概算要求について報じていた。捕鯨業者はまだ独り立ちできないので支援しなければ、ということらしく、調査捕鯨予算は削られたものの、今年度と同じ51億円が求められている。

しかも、鯨肉普及のためなどの予算が6億円も入っており、繁殖率の低い野生の大型哺乳類を、国内での需要が減少したからといって、わざわざ食べさせるために予算を投ずるのはいかがなものだろうか?

まあ、アメリカの残り物の武器やとうもろこしを喜んで買い入れることにも明らかなように、昨今の政府のやり方はどれもこれも呆れてものが言えないほどひどいから、捕鯨問題なんて些細なものなのかもしれない。

しかし、ずっとこの問題に関わってきたものからすれば、物言わぬ市民をいいことに、こうした没義道を通すやり方の’はしり’は捕鯨かもしれない?

 

 

 

2019年8月 5日 (月)

びっくり!

6月26日、水産庁に商業捕鯨を開始するに際して、幾つかの懸念事項についての質問書を手渡した。諸貫参事は、それを一瞥したのち、彼の超多忙スケジュールを説明され、すぐに返事はできませんが、返事が遅くなっても悪く取らないでくださいよ、と答えられた。

7月中待ったが返事がこないので、先週、捕鯨班に電話を入れると、諸貫さんは、その週いっぱいはお休みということだったので、今日また電話をしてみた。

すると、「内容的に私が返事できるものではないので捕鯨室長に渡した、彼と話してください」と電話を高屋室長に回されてしまった。

開口一番、「答える必要があると思えない」というので、諸貫さんはくれると言ったと答えると、「返事をしないというのも返事だ」、と彼らしい理屈が飛び出した。さらに、「我々は、国際法上も、あなたの立場とは違うし、IWCでも商業捕鯨を否定していない。間違った立場を前提として質問をされても、立場が違うというだけだ」「質問は(水産庁に)あなたの意見に同意せよというようなもの」など、驚くような反応が返ってきた。

この暑いさなか、不毛な議論を重ねても無駄と思い、では書き直しますので、と言って、書き直したものを送った。

返事したくない?

ダウンロード - 201920e5b9b48e69c885e697a5.pdf

 

2019年7月11日 (木)

課題が多い・・・

釧路での沿岸小型捕鯨が、商業捕鯨開始から1週間でミンククジラ12頭を水揚げして一旦終了し、9月にまた再開するということだ。

夏場は、太平洋沿岸でツチクジラ猟がある。

さて、この期に及んでメディアは(進軍ラッパを反省しないまま)商業捕鯨の将来性に疑問を投げかけている。

捕鯨イケイケだった産経でさえ

 一方、本年度までは国からの補助金が出るが、水産庁は捕鯨業者の自立を求めており、来年度以降の補助金は不透明だ。

沿岸操業では調査捕鯨と同様に捕鯨業者の団体が主力のミンククジラの販売を担うが、採算は見通せない。

(7月9日Sankei Biz)と補助金抜きの成立は難しいと伝えている。

まさか、バレンタインチョコレートとか、恵方巻きとか、そもそもなかったところに需要を生み出すような楽天的な

未来を想像していたのでもないと思うが、もし、冷静にここ20年くらいの鯨肉需要を把握していれば、補助金なしで

の実施は難しいことぐらいわかっていただろうに。そういう意味では、2017年に「商業が始まれば間違いなく小型は

つぶれる」と言われた地方行政の方の意見は当事者の肌感覚での意見だったのだと思うし、今更「自立」を求めるの

は無責任ではないのか。

それはそれとして、相変わらずメディアの伝え方は、経済的にどうかという側面だけで、赤い血の滴るような肉の写真を

掲載するが、その肉の元であるクジラの生きた様は出てこない。

捕鯨する側は、100年続けても絶滅しない数を獲ると言っている。本気でそう思っているのだろう。

それでも、例えば、日本海側に主に生息している希少な個体群のJ-stockはオホーツク海からさらに太平洋側に移動している

可能性もある。さらに、IWCではこの二つだけではなく最大で5つの個体群が存在する可能性を指摘する科学者もいて、

IWCの科学委員会では結論が出ていない。

現在科学的にもその存在が明らかだとされている日本海側の希少個体群は、10年近く続いた沿岸での調査捕鯨で一部の

人たちはどれくらい混じっていたかを知ってるはずだが、今のところ、一般には公開されていない。

また、今回も捕獲された12頭がどちらに所属しているかということも発表されていないし、いずれ殺されてからでは遅すぎる。

こう考えると、100年先どころか、商業捕鯨がまだ消滅する前に、いなくなってしまうかもしれない。将来世代に責任を持つ

ならば、まずはこうした希少個体群の有無をしっかりと調べ、どうすれば混獲を回避できるかの答えを用意すべきだった。

他にも、共同船舶の行っている母船式捕鯨では、国際的には希少種であるイワシクジラも対象だし、すでに1頭捕獲した

ニタリクジラの群れには、最近別種であることが判明したカツオクジラが混じっていると言われる。

カツオクジラに関しては、今のところほぼ何もわかっていないと言って良い。

捕鯨推進勢力は、こうした事実に関しては、海外の動物愛護が、とか、クジラを特別視する海外の団体が、と言う巧妙な

はぐらかしを行って、日本の子供達、日本の将来世代にどのような損失を与えうるかという話には持って行こうとしていない。

アメリカでは、気候変動がフェイクニュースだとしてしまうような大統領もいるが、一方で若い人たちは、今や気候変動は

人権問題だとはっきり認識し、示してきている。

気候変動は人権問題、その通り。そして、生物多様性の消失もやはり同じように人権問題だという認識を私たちはしっかり

と持つべきではないだろうか?

 

今回、7月21日に行われる参議院補選で、自然を訴えて立候補している人がいる。初めてのことだと思う。

こうした動きが、もっともっと当たり前になって欲しいと切実に願っている。

 

 

 

 

 

2019年7月 2日 (火)

産業の視点しかない日本メディア

昨日(7月1日)から、クジラの捕獲が始まった。しょっぱなから、8mもある

大きなミンククジラを捕獲したとニュースが流れている。

昨日、今日と、各紙商業捕鯨再開のニュースを結構大きく取り扱っている。31年ぶりでの

再開に、’心の底から’喜んでいる関係者のコメントが掲載されている一方で、鯨肉の

売れ行き不振から、産業の将来性を危ぶむ論調がそれぞれトーンは違うものの垣間見られるが

クジラを殺すことに関しては、「100年捕鯨を続けても資源に影響はない数」である

という水産庁のコメントを全く疑いもしないようだ。他の魚種では管理の不手際が

散々批判されているのに、これほどまでに深く信頼される捕鯨班!

 

朝日新聞:商業捕鯨、不安乗せた船出 肝心の食卓ニーズは尻すぼみ

     商業捕鯨、なぜ日本だけに批判? 際立つ「まずい」戦略

毎日新聞:日本の商業捕鯨再開 「期待と不安が入り乱れての出港」 販路の開拓も課題

読売新聞(30日)商業捕鯨 明日開催 「クジラのまち 期待と不安 肉の品質向上・消費戻るか」

日経新聞:商業捕鯨再開、多難な船出」海域・頭数限定/読めぬ需要/国際批判リスク

これらの報道の中には、日本沿岸のクジラに関しては関心がないようで、種別と捕獲数

以上の情報はない。

(韓国のメディアは日本海に生息する希少個体群の捕獲を懸念する記事を載せているが)

主要メディアは見た限りでは国内関係者(捕鯨者や家族、レストランなど)の声を取り上げ、

クジラ=切り身という切り口での報道ばかりで、国際法違反という声以外は、批判は

海外から来るものとしてその中身は検証しない。

日新丸船団がニタリクジラを捕獲する大方や小笠原周辺のウォッチングのことさえ取り上げない。

取り上げない陰に、海外は残酷だと言っているとか、クジラは知能が高いと言っているとか

これまで言いふらされてきたことを鵜呑みにしてうるさがっているだけに見える。

 

珍しく、日刊スポーツが茂木健一郎氏のコメントを載せているのが僅かな救い。

『茂木氏、捕鯨を支持する一部意見に私見「間違い」』

「グリーンピースもシーシェパードも関係ない。今の感覚に照らして、

クジラという大型哺乳類を捕獲することが、果たしてほんとうにやり

たいことなのか、やるべきことなのか、1人1人が胸に手を当てて考え

てみればいい。ナショナリズムとの結びつけは、人の感覚を摩耗させ、

目を曇らせる」

 

こういう意見はごく稀で、捕獲上限頭数を来年の捕獲枠とし、その数が本当に

IWCで科学的に容認されるものかどうかには関心がないし、現在懸念されている

ミンククジラの希少個体群に属する個体の混獲や、ニタリクジラに混じっている

カツオクジラの誤獲といった日本沿岸における生物多様性の損失については

なんの懸念も抱いていないようだ。

さらに、今回の水産庁のお知らせには今年の捕獲枠として、6月まで行ってきた

沿岸調査捕鯨の捕獲頭数や定置網に混獲される数を差っ引いたものとしているが、

調査捕鯨の79頭はさておき、混獲については2018年はまだ公開されていないが、2017年

は164頭、2016年は168頭、2015年は154頭と、それを差っ引いたら捕獲数は

マイナスでは?という多さ。

もれ聞いたところでは、この年末までの商業捕鯨の海域が希少個体群の多く

回遊するオホーツク海ではないので、混獲されたクジラを遺伝子解析して

希少個体群だとされた頭数は勘定しないのだそうだ。それってありか?

 

あえて言うが野生の大型哺乳類であるクジラは海洋生態系に欠かせない要だ。

特に、今回は日本の排他的経済水域内での捕鯨になるため、本来は沿岸の生物の保全

は私たちの将来世代への責任だと一人一人が自覚し、水産庁の甘い言葉を疑ってかかり、

安全性を確認していかなければならないなずなのだ。

 

 

 

2019年7月 1日 (月)

商業捕鯨が

昨年のお約束通り、今日、7月1日から商業捕鯨が始まった。

http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kokusai/190701.html

捕獲するのは、ミンククジラ52頭(うち32頭が沿岸、20頭は母船式

で排他的経済水域内))とイワシクジラ25頭、ニタリクジラ150頭

(いずれも母船式)ということだ。

北海道新聞によると、操業期間は、「小型捕鯨船5隻は釧路沖で1週間、日帰り操業」し、

その後、千葉県南房総市や宮城県石巻市などの沿岸でツチクジラ漁を、9月に再び釧路港

に集まり、10月末まで共同でミンククジラを捕獲する計画だそうだ。

一方、「共同船舶による母船式捕鯨は下関を出港後、1カ月程度操業し、仙台で最初の

水揚げをする」のだそうだ。

今年春から6月に行ってきた沿岸調査の79頭分は枠から差し引いてあること、混獲

されたクジラに関して配慮されているというは不幸中の幸いではある。

ただし、枠は12月までなので、2020年にはどのような枠がつくのやら。

小型沿岸捕鯨に関しては、これまでも調査捕鯨でミンククジラを捕獲してきたことから

概ね捕獲の予想はできるかもしれない。

捕鯨船団は、下関から北上し、小笠原海域などでニタリクジラを捕獲すると言われて

いるが、さらに北に向かって、北海道でイワシクジラとミンククジラを探す予定なのだろうか?

これにかかる1ヶ月というのが対象種の捕獲を達成するのに十分なのかどうか

 

は私にはわからないが、これまでの供給分を担保するためにニタリクジラに結構大きな

枠が付いている。ニタリクジラは、四国沖でウォッチングの対象となっているクジラだ。

今後、捕鯨を続けるにあたってウォッチングとの関係はどうなのだろう?

また、ニタリクジラに混じっているカツオクジラと言う、ニタリクジラだと思われて

きたために、まだ未解明の種の混獲はどうやって防ぐのだろうか?

これまで公表されてこなかった、希少な日本海側個体群(北海道や太平洋側にも移動している)

の混獲情報は、公開されるのだろうか?

「100年安心な枠」だと水産庁が言っているとか、「未来永劫、クジラと付き合っていく」

と漁業者が言っている、とか新聞には書かれているが、あまりに都合良い話で、納得の

できるものではない。また、水産庁の監督官による監視も「厳重」と言えるのか?

電子機器でリアルタイムの情報が伝わる方法は取れないものか。

 

先週、水産庁に懸念事項を書いた質問書を持って行ったが、返事はしばらく来そうにない。

 

それにしても、久々に捕鯨班の部屋を覗いて、職員が倍くらいに増えているように見え、

驚いた。

 

 

2019年4月 2日 (火)

安易、不正確、そしてフェイク

3月31日昼過ぎに日新丸船団が南極から帰ってきたということだ。

元号が発表されるという騒ぎに隠れて、4月1日になって、大本営発表もあった。

そして、いつものように安易で不正確な歓迎の記事も。

船に乗っている人たちはお仕事なのだし、悪く言うつもりはない。また

記事の書き手が過酷な環境に耐えた乗組員たちに感情移入しがちなのは仕方ない

かもしれない。しかし、どの報道も、かつては(大小の差はあれ)調査捕鯨に対して

批判、あるいは疑問を呈したことがあると思われるのに、今回はそれがまったく触れられていない。

「例えば、毎日新聞。関係者や船員、船員の家族ら計約200人を集めて開かれた式典で、

<水産庁の長谷成人長官は「30年間の調査で集めた科学的情報は人類の財産と言える」と調査捕鯨の意義を強調>

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190401/k10011868621000.html?fbclidIwAR1Cx0UOIwVgnWlC_mbJxA_M2kmOBZdXa57abRSfNoXjVRNFKK4uRqzZVKM

’人類共有の財産’を反対を振り切っての捕獲は、それほど世間に喜ばれているようには見えないが。

 

まあ、それはそれでいいとして、31日付の読売新聞の書き方はちょっと問題だと感じた。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20190330-OYT1T50239/?fbclid=IwAR3QCau8n8FlSTqUuiVAOmpkMHv_AY

HhMXvlAij5ma27MgD4a6wjUu0mys4

(ログインしなければ読めないが、問題を感じたところは)

「地道な調査捕鯨で生態や生息数を明らかにし、国際的に高い評価を受けてきた」というくだりと、

(その結果として)51万頭という生息数が確認できたというところ。

殺して生息数が明らかになったという話はこれまで聞かない。生息数は目視調査で、船は日本が提供して

IWCのSOWERというプロジェクトで2008年まで行われた。また、個体数の推定は、過去の捕獲数をもとに、

科学委員会でいくつものシミュレーションを検討し、その中の精度の高いと思われる選択肢を本会議に提示し、

本会議で2012年に合意されたのが51万頭で、必ずしも’調査捕鯨が明らかにした’ものではない。

4月1日の記事では、「・・調査捕鯨を続けてきた。調査で得られた科学データは、広大な海域に生息する

鯨の数や生態を明らかにし、世界の研究者から高い評価を得てきた」と微妙に変わっているが。

 

殺す調査は必要ないと再々言われ続け、それでも耳垢をとって年齢を査定するのが重要だとし、

代替の方法が示されても変えようとしなかった。(確か、海洋大学である教授は「だって、年はわかっても

何ヶ月かという細かいことはわからないでしょ」とおっしゃったのを聞いた覚えがある)

また、捕獲調査で明らかにするとしてきた性成熟や妊娠の有無、何を食べているかなどは別に殺さなくても

調べることができる。(何を食べているかなどは、殺した時に何を食べていたかではなく、もっと長いスパンで

の食餌のあり方を調べられるそうだ)

よく、日本だけが科学的とか、科学調査をやっているのは日本だけという主張があるが、何も殺さなくても

調査はできるのだし、実際に多くの科学者が例えば、ミンクが南極でどのように餌をとっていて、他の

クジラたちと競合しないようにしているか、とか、どの海域で繁殖しているかなど公表してきた。

日本のメディアはあまり熱心にこうした報道を行わないようだが。

 

商業捕鯨が再開される7月直前まで北西太平洋の調査捕鯨もやるとかいうニュース(山口新聞)も

あったが、ワシントン条約でお約束したイワシクジラ捕獲の許可を出さないなら、調査捕鯨の許可

を出してもOKということか。

 

報道する人たちは、これまでの様々な批判と自ら調査捕鯨について示した疑義を思い出し、「お帰りなさい」

と言うだけではなく、批判すべきところはきちんと批判すべきだと思う。

 

 

2019年3月28日 (木)

調査捕鯨の船団が南極から帰ってきたらしい

さすが、’国営事業’。年度末にはちゃんとおかえりになるようだ。

最後の調査捕鯨に出かけていたキャッチャーボートが帰ってきたらしい。

まだ大本営発表はないが、明日にも日新丸の帰港を祝う式典があるのではないだろうか。

南極での鯨の捕獲は今の所やらないつもりのようだが、それでも政府発表の31年度

予算には、ちゃんと50億7200万円が概算として計上されている。

詳細はわからないが、1000万円増額!

http://www.jfa.maff.go.jp/j/budget/attach/pdf/index-12.pdf?fbclid=IwAR22Q4L4lYlcs1XLNaNPSYtUO2USCDsmVyn2IqKjdOd1f-h71UQOBnXjq2o

<対策のポイント>
30年振りに商業捕鯨を再開するに当たり、実証や調査に必要な経費を支援します。

併せて、持続的利用を支援する国との連携や国際世論への働き掛けの
強化のための経費や捕鯨の将来の姿を検討するための経費等を支援します。」

ということなので、船は公海にも出すつもりのようだし、またいわゆる’沿岸調査’

への補助金も出る。また、今の所、お友達の国々は脱退していないようなので、今後も

支持国への手厚い支援が考えられる。

商業捕鯨再開に向けての「指定漁業の改正について」のパブコメ結果が出ているの

を見ると、(監視(身内?)は加えられるかもしれないが)内容は変わらないだろう。

「商業捕鯨は儲からない」という意見があるので、どこまで、いつまで国が支援するか

今後も見ていく必要がある。

31日、年度内に帰ってきた。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43157010R30C19A3QM8000/?fbclid=IwAR2lLXUwrvNp1YZKr-cUwKrvOM2E4Bug5QmJ9oy5Ki9yNEJHQQImyx_80ic

2019年3月 6日 (水)

捕鯨の規制措置

 7月から開始される沿岸と沖合域での商業捕鯨だが、これまでどのように規制をかけるのかがわから
なかった。
IWCでは管理制度に関しての議論で、一番肝心なのがきちんとした監視制度だったが、
すでに議論は頓挫しており、具体的な措置は明示されていない。
会議では、ノルウェーやアイスランドが状況説明をしてきたが、ノルウェーは不十分だ
という指摘があるものの、「ブルーボックス」と呼ばれる電子自動監視装置を各船に
義務付けている。
また、そう頻繁ではないようだが、北大西洋海産哺乳動物委員会(NAMMCO)の係官が
監視員として乗船することもあるという。
日本が捕鯨を開始するにあたっては、’国の威信をかけて’でも、きちんとした管理体制を
内外に示すことができなければ格好がつかないと思っていたら、3月3日の北海道新聞が、
捕獲地の港に水産庁の監視員を配置するということを報じていた。
何もないよりはマシだが、性善説を唱えるだけでなく、きちんと管理体制を敷いていると
いうことを示すためには、各船舶に監視装置をつけることが必要ではないかと思う。

より以前の記事一覧