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2026年7月24日 (金)

これも排外主義という?

 1996年4月、イルカ&クジラ・アクション・ネットワークは誕生した。それまで、イルカを愛して海外の情報をもととするイベントを行ったり、イルカ関連の海外ツアーを組織してきたいくつかの団体と、日本における動物福祉の観点からイルカ保護団体を立ち上げたいと言う人達が集い、新たなネットワーク組織を立ち上げたのだ。団体名に「アクション」という言葉が入ったのは、他団体が実施しているイベントやツアーではなく(邪魔しないで)、もっと直接的な行動を行うためとされているが、私は当初は参加していなかったので、詳しいことはわからない。

 立ち上げて半年もたたない10月、ダイバーを名乗る人から電話が来た。富戸というところでダイビングをしていたら、「チイチイ、ピイピイ」と声がしたので見たら、たくさんのイルカが捕まっていた。なんとかしてほしい、というのだ。運が悪かったというべきなのは、たまたまオイコスで一緒に仕事をしていた人が団体に参加をしていて、事務所を連絡先に提供してほしいと頼まれたことで、夜間にかかってきたその電話を受けたのは、残った仕事を片付けていたわたしだったことだ。日本では「イルカ漁業」という漁業の一形態があり、水産庁が対象となるイルカの種類とその捕獲頭数を1993年以来決めており、道県の8箇所で知事が認可を出す物となっている。静岡県はそのうちの一つで、伊東市漁協にマダライルカ、ハンドウイルカ、スジイルカの捕獲を許可していた(現在、実施してきた富戸漁協はイルカ漁業から撤退している)。1996年の捕獲では、その対象種の一つ、ハンドウイルカが許可枠を超え、対象外であるオキゴンドウの捕獲も行われた。普通は、人目にあまりつかない捕獲場所での出来事だから、規則が守られるかどうか自己責任だが、そのときはたまたま発覚したわけだ。違反の通報の後、すんなりといった訳ではないものの、一部のハンドウイルカとオキゴンドウが解放され、その後に、すでに水族館に販売されていたオキゴンドウも解放されたという多分、日本で初めてのケースとなった。

 違反を判定する根拠となったのは、水族館用の捕獲及び、肉として使用するための捕獲を撮影したビデオで、IKANのメンバーととアニマルライツセンターの川口進さん(故人)によるものだ。

 それから1ヶ月ほど後のこと、川口さんから電話があった。「IKANにお金が入るよ!」という話で、ハワイで活動しているM・ベイリー氏から、アメリカの会社がビデオを買い取るので契約書に早急にサインをしてほしいと言う。ただ、彼は英語が苦手なので、その内容の確認をしてほしいと、内容とベイリー氏の手紙をファックスしてきた(現在も手元にある)。彼の手にビデオが渡った経緯についてはおぼろげながら、推測できた。事件から少し経って、IKANの立ち上げのもととなったH氏から、京都に住むアメリカ人がビデオ編集が得意なので、そこにオリジナルのものを送ってほしいという依頼があり、その後なんの連絡もなかったのでおかしいなとは思っていたが、ハワイに行っていたのは知らなかった。また、第三者に委託したことはなく、、早速、何人かの仲間と内容を検討したが、まず、ビデオの所有者としての川口氏とT氏の代理としてベイリー氏がなっており、さらに1年間は、IKANの活動にもビデオを使用できないことになっていた。運よく、当時グリーンピース・ジャパンに所属していた舟橋さんが、そのフィルムメーカーを知っており、早速連絡を取ってくれた。その結果、ビデオの所有権がIKANであることも認識され、商業目的以外での使用についての制限はなくなった。そしてフィルム1mごとの使用量がなんと倍になったのだ!

 しかし、H氏は、私たちのやり方を非難、せっかくベイリー氏が活動費を得るために努力したのに対して彼の顔に泥を塗ったと主張した。翌年、シャチ捕獲に際しても、海外活動家が網を切りに来たことに関して(H氏は座り込みと思っていたらしいが)協力を拒んだと、私は欧米の人たちに対して偏見を持って差別していると言われてしまった。

 もう30年も経っており、今更持ち出すことではないのかもしれないが、事実と異なる話も流れてきたこともあって、今のうちに私からの言い分も残しておきたいと思った。

 

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