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2026年5月11日 (月)

旅の記録 その2 オーストラリア

 今年のIWC科学委員会は、現在スロベニアで行われているが、本会議はオーストラリアで9月末に開催されるようだ。本土ではなく、タスマニア島のホバートだが、前回ほど遠距離ではないし、時差もそうないので、出かけられなくもないなあ、と思いつつもやはり体力的に難しいかな。

 オーストラリアで開催されたのは2000年のことだから、26年ぶりということになる。IKANとして初めてIWC会議に参加したのは、このオーストラリアのアデレードで開催された第52回会議だ。

 オーストラリアは反捕鯨の立場の強い国なので、日本人への抗議活動も激しく、私たちも同じ仲間と思われたことは少し残念だったが、会議場へ続く道の両側には、小学生の子供たちが作ったクジラの小さな置きものが並んでいる様子に心が和んだのを思い出す。

 最初の参加だったので、オープニングステートメントとして、国内73団体の、日本の調査捕鯨とその拡大に反対する声明を提出した。それを見た大隅清治氏が会場に近寄ってきて、それら国内の団体が、捕鯨問題を誤解しているようなので、それを正すための資料を送りたいので、連絡先を欲しいと言ってきた。彼らも多少は気になったのだろう。

 また、会議に一緒に参加した「食品汚染を考える市民の会」とともに、昨年日本薬学会で公表されたイルカやクジラ肉の化学物質汚染に関する記者会見を行った。その前に、メディアルームにゆき、日本から来ている記者さんたちにプレスリリースを手渡そうとしたら、そこにいた朝日新聞の記者から、何も知らない素人が日本を貶めるようなことをするな、と怒られびっくりした。

 記者会見には日本から来ているジャーナリストも参加していたが、残念ながら、記者会見の内容紹介はなかった。それだけではなく、その後毎日新聞はシドニー支局の堀内宏明記者が「飛び交う非合理な主張ー事実に基づく議論を」と題して「わざわざ記者会見を開いて『日本人の栄養はサバなどの魚類で十分まかなえる』と忠告する団体もあった。大きなお世話というしかない」(2000年7月26日)と書いた。「事実に基づく報道を」願いたいのはこっちの方だ。当時の日本のメディアの雰囲気はそんなだったのだ。

 初日、会議後の夕食をダウンタウンで取ろうと仲間で出かけ、小さなベジタリアンレストランを見つけて入った。客は私たちだけだったが、食事の間中、レストランの(多分)オーナー兼食事係の女性が緊張している様子でいて、ああ、誤解されているなと思い、最後にレジでお金と一緒に私たちのパンフレットを手渡したところ「そうよね。捕鯨賛成の人が来るわけはないわよね」とにっこりされ、ほっとしたのも一つの思い出だ。

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