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2023年4月19日 (水)

備忘録ーIKANの参加したIWC本会議−3

2008年

<IWC60回会合 サンチャゴ・チリ> ←この年から、Ikaーnet日記に記録があるので、詳細はそちらで。

http://ika-net.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/iwc_833d.html

○ 会議内容

・ホガース議長(米)のリーダーシップのもと、3月に中間会合が開催され、妥協の難しい課題を除き、合意できる可能性のあるところを本議会で討議、妥協の難しい課題は賞作業部会で非公開に議論されることになった。対立の明らかな33項目については、個別項目で解決するのではなく、パッケージで「取引」できる状況に導き、問題解決を図る、という方針で、基本的に採決はなし。

・「IWCの未来」と名付けられている議長サマリーでは、1。会議の実質と手続き場の改善 2。個別論点と合意形成の可能性について3つのAnnexに収められている。

・Annex A 手続きの改正ー1。事前の合意形成を求められ、対立する見解の解決は議長裁量で。決議案の提出時期を会議60日前にする(それまでは前日)2。新参加国は、参加承認の30日後に投票権付与。3。公用語は英語だが、作業言語としてフランス語とスペイン語使用。

・AnnexB 実質的議題進展のための小作業部会の設置。各24ヶ国が参加し、扱うテーマをパッケージとして検討し、合意形成に持っていく。テーマは、会議の目的、海洋のガバナンス、モラトリアム、調査捕鯨、日本の小型沿岸捕鯨、科学委員会の機能から倫理と福祉、海洋保護区気候変動など。

・AnnexC 科学委員会に関する諸問題。結論を本会議と切り離した際の影響、途上国の科学者の参加、キャパビル、招待科学者に関して。

・オーストラリア環境相のピーター・ギャレット(もと人気バンド’ミッドナイト・オイル’のリードボーカル)が、南大洋における非致死的調査の開始を宣言。IWC科学委員会のもと、国際的な共同調査でのクジラ類をはじめとする調査で科学的知見を収集し、保護と管理に貢献するとしており、これまでも着々と実績を上げている。以下のリンクで確認できる。

https://www.marinemammals.gov.au/sorp/

・小型沿岸捕鯨に関して、再び「商業捕鯨そのもの」という批判。

・調査捕鯨に関しては、2006年のJARPAの評価から、科学委員会が「科学調査=調査捕鯨の致死的調査にはIWCの評価が必要」と報告。調査結果として18年間で数千頭のクジラを殺し、100億もの税金を費やして、ミンククジラの推定個体数はもとより、目的の1つである自然死亡率(〇から無限大)もわからなかったのだ。(森下コメント「21世紀には他の動物を殺してはいけないという話ならわかるが、なんでクジラはいけないの?」)

・NGO発言の再会。今はなきジョン・デンバーが。NGOのプレゼンテーションとして歌を歌って以来、禁止されてきたNGOの発言が両陣営のNGOそれぞれ3団体ずつ許された。日本からは捕鯨推進側のウーマンズフォーラム魚と反捕鯨の立場からグリーンピス・ジャパンが行った。ただ、議事内容と関係ないところで、一緒くたに発言されることに意味があるだろうか?

○ IKANの活動

・会議前に、小型沿岸捕鯨基地の予備調査をし、それをパンフレットにまとめた。問題点として、「捕鯨基地は必ずしも捕獲地ではない(日本政府が主張した地元のみの消費に当てはまらない可能性)。例えば、合致するのは宮城県鮎川のみで、捕鯨の歴史を誇る太地ではかつてミンク鯨領が行われていた当時でさえ、ミンククジラの捕獲はない。網走はJ-stockの捕獲を回避するためこの時点では捕鯨は許可されていなかった。核基地では食文化よりも業として鯨肉を販売。千葉県和田では伝統的に利用されてきたのはツチクジラ。他にももし、沿岸捕鯨が開始されたとして、調査捕鯨との肉の区別はどのようにするのか、という疑問など。

・会議とは直接関係ないが。

 私がどうしても一度は地理を訪れたかった理由は、ビクトル・ハラのいた場所をこの目で見たかったからだ。彼は、シンガーソングライターで、ギター1つで同胞の思いを歌い上げ、アジェンデを助けたのだが、クーデターにより逮捕され、虐殺された。もう40年も前の話だが、彼の歌は今でも歌い継がれており、日本でもデモで、彼の歌「平和に生きる権利(El derecho de vivir en paz)」が歌われるようだ。チリの若いNGOに聞いたところ途方に暮れた顔をされ、(政治的すぎるのか)と残念に思った。彼の生き様は、とても尊敬できるし、作った歌だって普通にすごくいい歌なのに。

 会議は、サンチャゴの市街地と少し離れたいわゆる高級な住宅街だったので、最後の日に地下鉄で、ダウンタウンに行った。まずものすごい人混みの活気に気圧されてしまってまんまとカメラをすられてしまった。しかし、ストリートバンドのグループの一人がビクトル・ハラのTシャツを着ているのを見て気を取り直した。そして、サンクリストバルという巨大なキリスト像のある町外れの埃っぽいテントに偶然みつけ入ってみると、なんと、私の好きな「鋤(El Arado)」が聞こえてきた!早速入って見ると、土産物を売る初老の少し疲れた男の人が俯いていた。「ビクトル・ハラでしょ?」と聞くと、頷きながら「人間の歌(Canto a lo humano)」のMDを掲げて見せてくれた。時に、IWC参加は、こんなご褒美をくれる。

 

2009

<ローマ中間会合 ローマ・イタリア>

○ 内容

・すでに2回行われた非公開の小作業部会(モラトリアム、調査捕鯨、日本の沿岸小型捕鯨)についての報告が行われた。作業部会では、客観的な外部専門家として招聘されたデ・ソト大使の仲介で、議長による調査捕鯨の枠の削減→消滅と沿岸捕鯨再開がパッケージで提示。日本は調査捕鯨の中止はあり得ないと返答。

・内容的には激しい議論こそないが、内容はどちらも変わらない。

・南極の調査捕鯨を妨害するシーシェパードに関する非難で終始。

○IKANの活動

・NGOとしての5分間スピーチで、課題解決に向かっていることを歓迎するが、沿岸小型捕鯨再開で気希少個体群J-stockへの配慮がないことを指摘。また、ニシコククジラとともにクジラの混獲回避に向けてアクションプランの作成を提案。沿岸捕鯨基地の現状を紹介し、調査捕鯨と沿岸小型の両方が実施された場合の肉の区別はできないことから、モラトリアムの元で沿岸捕鯨再開はありえない。

 

<IWC61回会議 マデイラ・ポルトガル>

○ 会議内容

・日本政府の正常化への貢献ー日本が本来認めていない保全委員会の検討議題やIWCの管轄街の小型鯨類の議題削除を求めない。サンクチュアリを容認、調査捕鯨の捕獲数の削減を譲歩の印ともちだした。

・森下コメント「漁獲減少がクジラのせいだとは言っていない。その可能性を検討するためにクジラと魚の関係を調べる」捕鯨はしないし、クジラも食べないが、増えすぎたクジラが自分たちの魚を横取りするので、捕鯨は食糧安全保障上必要、と叫んでいた(今も叫んでいる)参加国にさしたる動揺も見られないということは、彼らも元々信じていなかったのだろうか???

・ミンククジラの推定個体数、まだ結論に至っていない。・・・が、これまで日本がIWCに協力し、個体数推定のための目視調査船の貸し出しを突然打ち切る。

・北西太平洋の調査捕鯨についても議論があった。沿岸の希少個体群への影響懸念と同時に、アメリカは、日本と韓国で増えていて、調査捕鯨を上回る混獲の回避のための韓国をすべきだとした。(中間会合で発言が少しは役に立った?)

・太地・三軒町長「調査捕鯨なしには日本の捕鯨はない」

(確か、2016年に意見交換した時にも、彼は『(同じ小型捕鯨協会の)S氏が商業捕鯨再開と言っているのは間違っている。再開すれば、小型は立ち行かなくなる、とおっしゃっていたのを覚えている)

○ IKAN の活動

・沿岸の小型鯨類の捕獲について日・英でのパンフレットを作成し、配布した。

 

 

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