生物多様性国家戦略への意見
新しい生物多様性国家戦略が、中央環境審議会で承認され、閣議決定を待っている。前回の名称「生物多様性国家戦略2012~2020」から「2023〜2030」になる模様。1995年に最初の国家戦略、省庁の意見を連ねた、いわゆるホッチキス留め戦略から6回目の策定だ。今回の戦略は、生物多様性の主流化を目指す「ネーチャーポジティブ」のかけ言葉で、各セクターの主流化に向けた取り組みが基本方針と行動計画に示されている。また、生物多様性の劣化に対し、陸域、海域ともに30%以上を保護対象に、という大きな目標が掲げられた。誰でも理解しやすいように、という意見が繰り返し検討会の委員など関係者から出されているが、わかりにくいのは言葉の難しさとではなく、むしろ、あちこちに配慮した結果、何が言いたいかすっきりしない戦略が多いからではないか、と思っている。多様な主体への広がりが評価できる一方で、組みしやすく、動かしやすいところはどんどん進め、最初から後ろ向きで、問題意識をきちんと共有できないところに関しては半分諦めているのではないのか、と思われるところが多々ある。罰則のない、努力義務だけのものだ。利害関係が一致しない省庁のお伺いを立てつつ文言を編み出すのは仕方ないのかもしれないが、だからこそ、ズバリというべきところを言ってもいいのではないか。
海洋がそのいい例で、一般の目にみえない、また触れづらい海の生き物に関しては、利用の側に立ったところで行ったり来たりしているように私には思われる。相変わらず、意見を聞く検討委員の数も海洋に関しては少ないし、大体、環境省の担当する役人たちにとって、海は視野から遠く離れた場所だ。
検討する委員の顔ぶれは、以前と比べると専門性があって、しかも生物多様性関連の専門家が増え、適切な意見が結構多数でるようになったことは喜ばしいところだと思うし、その通り、と膝を打つような意見も時に聞くことができる。しかし、そのまとめは、あまり変わっていないように見えてしまうのは残念だ。今回3月13日の中環審では、国際的にみた日本の立ち位置を聞かれ、環境省担当者は「日本の場合は使いながら保護するという立場」と答えた。その上、それを補足するように、座長が「日本の場合は元々人間も自然の一部で、自然と共生する社会という考え方が根付いてきた。それに対して欧米は自然を人間の外に置き対立する考え方」というようなありがちな二項対立の発言をした。「日本だって・・・」という主張はこれまでの国際交渉で肩身の狭い思いをしてきた関係者にとっては必須の主張なので、すべてに異論があるわけではない。しかし、そうした意識のまま、今あるグローバル経済を受け入れ、その結果、歯止めの効かない利用に邁進してしまったのが今の日本のあり方で、それを突っつかれると必ずこの立場に逃げ込むのは周知のところ。この日本対欧米はさまざまな場面で繰り返し使われてきており、よりよい方向性を打ち出すような前向きな姿勢とは異なる使われ方が目立つ。
海に関しては、MPAの考え方がそのままこのあり方を映し出す鏡になっており、生物多様性保全が目的ではない管理が、管理の手本になってしまっている。しかも、漁業の日本一人負けの現状を背景にしているのだから始末に悪い。
1月30日から2月末まで行われた国家戦略のパブリックコメントには、これまでで最多の723の意見が出されたそうだ。一部は13日の最終文書に反映されたという。これまでもパブコメに意見を出してきたが、残念なのは、それに対する環境省の意見で終わってしまってこちらが反論できないことだ。そこで、今回、出した意見に対する環境省のコメントにちょっと言いがかりをつけてみたい。
(p6) 4 「我が国の置かれた状況」
14「海洋国家であり」の後に「健全な海洋の保全に努め」を挿入
<理由>保全と管理により初めて水産資源を将来にわたって持続的に利用できるから
環境省のコメントー健全な海洋の意味する内容が曖昧であるため原案通り
(「水産資源を将来にわたって持続可能に利用する仕組みを構築することも重要」だとして、EEZ内の海洋の保全には触れていないことが問題であって、文言が曖昧という言葉は逃げに思える。13pでは「健全な生態系」という言葉を使っている)
(p11)気候変動
12 気候変動対策としての工学的手法には、より慎重であるべき。
<理由>我が国ですでに炭素貯留の実証実験が行われているから。
環境省ー無視
(「リスク管理の観点から、気候変動への対処として工学的な手法で気候に介入するジオエンジニアリングについて、その生物多様性への影響の検討が進められてきた。」で止めて、日本の立ち位置が示されていないので、そこを書き足したのだが。)
(p23)生物多様性損失の・・・
15 「社会のあり方と」に続き、「それを実現できる政策の立案者(政治家及び官僚)の生物多様性の真の理解の促進」を挿入
<理由>政策が、生物多様性の目的達成と真逆な場合が多いから
環境省ーここでいう社会には政府も含まれるものとして記載しておりますので、記載は原案通り
(本来は政府は一般市民によって選ばれたものであり、その政策は、市民の要望というのが当然なのだろうが、現在のところ、原発にせよ、諫早にせよ、辺野古にせよ、市民の声の反映とは思われない。政府に関しては、特に国家戦略に沿った政策を求める必要があると思われる。いずれにせよ、一般市民によるものと比べ、その破壊力は格段に激しいので、別の括りにすべきでは)
(p33)OECM
10 「連携し」の後に「海洋の豊かな自然環境保全が重要であることを共有した上で」を挿入
<理由>海洋保全について、必ずしも共有されていない。
環境省ー海域のOECMの検討については、(御指摘の重要海域等の情報も参考に)検討を進めてまいります
(括弧内については別の意見があったと思われる。しかし、海洋保全について必ずしも共有されていない、という意見は無視されたらしい。これは、深海の開発とか、炭素貯留の実証実験などを無視したのと同じで、水産庁や経産省、さらには防衛省とのバトルはできないということではないか)
(p35)沿岸・海洋
13 「必要がある」の後に「深海の鉱物資源等の開発においては、生物多様性に与える負の影響を十分考慮する」を挿入
<理由>資源に乏しいことから、かなり前のめりになっていると考えられる。
環境省ー無視
(p54) 国際連携
17 「連携する」のあとに「また、国を超えて移動する動物の保全に資するボン条約批准を急ぐ」を挿入。
<理由>p173 5-5-25に言及されているが、基本戦略にきちんと書き込むことが重要
環境省ーボン条約については御指摘の通り第2部5-5-25に詳しく記載していることから、重複を避けるため第1部には追記しない。我が国は、本条約で捕獲が禁止される動物について、我が国とは意見を異にする部分があるため、本条約を批准していませんが、今後も継続的な情報の収集に努め、必要な場合には、本条約又は関連する協定・覚書への対応も検討
(継続的検討がえんえん数10年続いていることは国会で議員の指摘した通り)
23また、2018 年に脱退したIWCに保全の観点から再加入する
<理由>
保全と持続可能な利用を掲げる以上、利用だけではなく、保全の国際努力の必要。
参考:IMFの気候変動対策としてのクジラ
https://www.imf.org/Publications/fandd/issues/2019/12/natures-solution-to-climate-change-chami
環境省ー無視
(p173) 5-5-25 ボン条約
「本条約で捕獲が禁止される動物について我が国とは意見を異にする部分があるため」を削除。<理由>以前(多分2007年)、当時の条約事務局長と立ち話したおり、『留保という手段もある。批准しない理由にはならない』と言われた。ボン条約の批准を速攻進めていただきたい。
環境省ー国際連携に書かれているだけで、「意見を異にする」に関しては無視
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