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2022年1月21日 (金)

生物多様性国家戦略の検討

1992年5月、生物多様性条約が採択され、日本は翌年の5月28日に同条約を批准した。それ以来、日本は条約の求める国家戦略を5回、改定した。そして、名古屋における第10回条約会議で採択された愛知目標の見直しを経て、新たな政略策定に向けた検討が進められている。

2002年の新戦略以来、なんらかの形で議論に参加してきたが、この20年間感じ続けたことは、「歯がゆい」「まどろっこしい」ということだ。元々、「生物多様性」という言葉の曖昧さも手伝って、さらに条約そのもののあり方がどんどん抽象化していることも一因だろうが。日本国内で海洋の保全が蔑ろにされてきたことが腹立たしいということもあるが、度重なる改定の中で、大筋では抽象的に過ぎ、瑣末なところで具体的過ぎるというあり方にあまり変化は見られない。

 

1月19日、環境省による3回目の生物多様性国家戦略小委員会が開催された。

資料は以下。https://www.env.go.jp/council/12nature/y128-01b.html

検討委員は資料にある18人で、委員長は中静透 氏( 国立研究開発法人森林研究・整備機構 理事長)。
議事はYouTubeで配信された。

3時間余で行われた議論は、大筋の構成のあり方から、細部の行動計画にわたり、委員からの山盛りの注文があって、この後の環境省の仕事が思いやられる。ここまで、政府が手取り足取りしなければならないのかなあ、という疑問の残る意見もあるし、1つ1つが認知度の高低の問題というより、「知った以上は引き受けなければならないけど、あまり嬉しくないなあ」というような義務感が先行しては前に進みにくいのでは、という懸念もある。

本来は、人々の生活における質と豊かさとして評価されるべきところが、(そうしなければヤバイらしい)というようなおどしでは、結局は個人的な生活の質や豊かさの認識に、つながってこない気がする。

委員のうちの何人かは日本古来の伝統的なあり方や考え方について言及し、明記するように提案していた。ここでも同じような気がかりがある。かつての文化がそのまま受け継がれることが難しい時代の変化は半端ではない。近代化によって生活が劇的に変化してくる中、価値観が変化してしまった。伝統的な文化を受け継ぐということは、日々の暮らしをなんとか凌ぐ中で「余裕があれば」という位置に押しやられてる現状を打開できるのだろうか。それでなくても「伝統文化」というものが、しばしば自分たちの理屈として都合よく利用されてきたことは今更いうまでもない。

また、1992年リオサミットで生まれた’持続可能な利用’という言葉が日本では大いにもてはやされてしまった訳で、「持続可能性」という言葉をどう使うか、もう少し丁寧に考える必要もありそうだ。

本当に綺麗な空気とか、清涼な水とか、汚染されていない大地、そしてそこで育まれる命たちへの渇望みたいなものが意識下で育っていかない限り、表面的な方法論をやり取りしてても’行き着くところに行くだけ’じゃないのか、と斜めに見てしまうのは悲しいが。担当者の方たちの真剣さに疑いはないものの、’環境省’という行政が、本気で変革を求めているとも思えず。

1つ面白かったのは、どれだけ本気なのかわからないが、よりによって経団連のひとの口から、経済成長がよいことだということの上にたったGDP一本槍への疑義が語られ、生物多様性保全への道筋を、社会資本から、コモンズへの価値観の転換や自然資本の価値などを認識する上で生物多様性がきっかけとなると 提案されたことだ(まあ、経団連だから言えたのかもしれないが。ただし、「生物多様性が成長の一要素」というのはこれまでの話ではないか。脱成長とは言えないのだろうが????)。国家戦略のこれまでの流れの中で、経済的な停滞を嫌う優柔不断さが、戦略の実効性を大いに削いでいるのではないか、と感じてきた。土台が傾いているのに、屋根瓦を修理していてどうするんだ?じゃない?

 

2022年1月14日 (金)

日本の海生生物・保全と利用のギャップについて

 一昨日、久しぶりに鯨研通信が届いた。第491号、発行日を見ると2021年9月とある。ははあ、さてはIKAがもう消滅したと思って発送しなかったな。ところが、年末にIKAニュースが届いて(あれ?まだあったわ)と、律儀に送ってきたんだな、ととりあえず感謝。

鯨研通信は、こちらのニュースと「交換こしよう」と言ってきたのはあちらであり、それから多分20年近くだと思うが、ニュースの交換は続いてきた。普通は入手できないような情報に触れることができて、たとえば、希少個体群、J-stockの混獲が日本沿岸で広域で認められたことなど、使わせていただくような資料もある。

今回は、資源調査にドローンを使っているという報告で、スナメリに関する調査も昨年行われたことを知った。ただし三河湾だけ。

また、「水産白書」に見る捕鯨論という小野征一郎という方の寄稿文もあったが、それを見ると、政府の白書であるにかかわらず、なんだ、捕鯨推進プロパガンダをそのまま使っているじゃないか、という今更ながらの残念感があった。まあ、書いた方自身そのスタンスに一分の迷いもないから書いたのだろうけど、参考文献として(水産白書のではない)、都合よく真田さんや佐久間さんの書いたものを利用しているのもどうかと思った。

まあ、日本のご立派な水産学者先生の(多分)多くが、確信的であるかないかは別として、捕鯨推進の立場の擁護をしているのだから驚くこともないが。

そういえば先だって、生物多様性国家戦略の新たな策定に向けて、ちょっとした意見を環境省に申し上げたので、その要約を書いてみようと思った。

ちなみに私が国家戦略の策定プロセスに何らかの意見を言ってきたのは2002年の新戦略以来なので、驚くことに、20年間もいちゃもんを言い続けたことになる。初めて国家戦略が策定された時は、各省庁が勝手に書いたホッチキス留めであったので、新戦略の担当課長は大張り切りで、きちんとした戦略を作り上げようと部下に発破をかけた。また、一部ではあるがNGOからの意見も聞く場を設けた。しかし、海洋に関しては、環境省と水産庁がきっちりと縦割りを維持しており、捕鯨については、水産庁が推進の立場を意気揚々と述べるという感じで、鯨が魚を食べすぎて漁業者が困っているみたいなことも平気で書いていた。環境省の担当者に、あんな科学的でないこと書いたら恥ずかしいでしょ、と削除してもらおうとしたが、水産庁は聞き入れない。しかし、局長の懇談会で図らずも、海生生物の保全と管理についてフロアから発言して受け止めてもらうという第一歩があった。

と、ちょっと脇道に逸れたが、昨年末のIKANの意見を少し書いてみる。

・国家戦略における海洋の部分は20年経ち、当初から見れば前進していると考えられる。COP10前後には、海洋生物多様性戦略がつくられ、また、条約で求められているEBSAs(重要海域)選定も行われた。海洋生物レッドリスト作りもあった。

・しかし、一方で、環境省は相変わらず、陸を主眼とし、広域であるにかかわらず、海の保全には及び腰である。今回の国家戦略研究会を見ればわかるように、海洋の専門家は12人中たった一人でこの状況は数年来変わっていない。課題においても海洋に関しては乏しい。

・2017年の種の保存法の国会議論での問題指摘に対し、当時の山本環境大臣は、環境省は船舶を持っていない、と答弁した。船に言及したのは初めてではあるが、これまでも悉く海洋に及び腰の理由として「データがない、予算がない、人もいない」ということを挙げてきた。しかし、水産庁と同じ規模で実施する必要がどこにあるのか?水産庁が持つデータなり予算なり人なり、船で得られるものを水産庁を手足として利用すればいい話で、これは「生物多様性基本法」によって国家戦略が国の法律になっているので『筋」である。

・なかなか、力関係で弱いというのだろうが、現在、増加を求められている海洋保護区に関して、重要海域の科学的根拠によってより頑健な保護区設定に向けて前進してほしい。

・また、部局内での強固なスクラムも実現のためには必要だ。

・たとえば、海洋のレッドリストの問題がある。ほとんどの市民も知らない魚1種を情報不足種としてリストしたほか全てを普通種にしたり、国際的に管理される種については評価しないことも鳥の場合とは異なる。国会でも問題となったレッドリスト見直し検討を早急にすべきだ。

・また、鳥獣保護管理法における80条の削除も必要だ。2002年に全ての野生鳥類、哺乳類を同法対象としながら、「他の法律で適切に管理されている種」として多くの海生哺乳類が対象外とされている。目的の異なる水産庁が「適切」に管理しているかどうかの検証も行われないまま、対象外にし続けるのは科学的ではないのではないか。

・重要海域選定の根拠となる科学的データが不備であることは、海洋保護区設置にも支障をきたす。

・最後にボン条約の批准を早急にすべきである。2019年から商業捕鯨が開始され、国を超えて移動している可能性のあるクジラが捕獲され、市場流通している。保全と利用を旨とするならば、バランスを欠いた状態である。

 

 

2022年1月 7日 (金)

ストランディングレコード(送付感謝)

昨年末に、2020年に収集されたストランディングレコードが、石川創さんから送られてきた。

氏が鯨研に在籍されていた時に開始されており、下関の鯨類資料室に移られてからも継続して記録されてきたものだ。資料室が閉鎖となり、移動されるということで、ストランディングレコードはストップしてしまうのか、と懸念したのだが、今回は、日本セトロジー研究会(山田格博士が会長)の「日本セトロジー研究」に掲載されることになったそうだ。山田博士はこれまでも座礁・混獲された鯨類の標本を管理されてこられた方で、部分的にストランディングレコードを公表されてきたと記憶しているところで、信頼できる移動先があって本当に良かったと感じている。

一方で、立場の異なる私のようなものに、石川さんがきちんとお送りくださったことに感謝、である。

記録の情報源となっているのは、

1。発見者あるいは観察者からのもの

2。新聞記事、書籍、雑誌ウェブサイト等からの収集

3。学術論文、学会報告などの公表された情報

4。他の公表されたデータベース等からの転載

という収集方法は変わっていないようだ。ただし、下関でのデータが西日本が主であったのに比べ、入手された情報は広がっているように見える。

もちろん、このデータベースが全ての座礁・混獲鯨を網羅しているわけではないが、毎年、夥しい数の鯨類が座礁したり、混獲されたり、また漂着したりしており、必ずしもこのデータベースで原因を究明することはできないかもしれない。

水産庁がHPで公開しているヒゲクジラの混獲数と必ずしも一致しないが、100頭を超えて推移してきたミンククジラの混獲は減少しているのは確かなようだ。

気になるのはスナメリの漂着・死亡数の多さだ。2018−2019では277頭、2020年は238頭と他と比べても飛び抜けている。

沿岸に生息するスナメリは(水産庁のレッドリストでは普通種だが、アジアの東スナメリについてIUCNは絶滅危惧種の1つとしている)、明らかに絶滅を危惧される個体群があり、その生息状況をかつて環境省と水産庁の共同で調査したことがあったと思う。このような調査を是非とも継続的にやっていただきたいものだ。

 

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