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2021年11月15日 (月)

生物多様性国家戦略と海(始まり)

11月5日のニューズウィークは「クジラは大気から大量の炭素を「除去」していた、「森林全体に匹敵」と米研究」というタイトルで、捕鯨全盛時代前のクジラの生息が、CO2をどのようにして減少させていたかを解説した。2019年のIMFの「自然界が示す気候変動の解決法」に次いで、クジラの生息が、クジラを食料資源として利用するよりもずっと地球環境と人類にとって役に立っているという報告だ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/9d7e36598c87e0a1c9c7ac9f619dccb1f6ebc80c?page=1

https://www.imf.org/external/japanese/pubs/ft/fandd/2019/12/pdf/Chami.pdf

このような認識は世界に広まってきているが、日本では知られていないばかりか、捕鯨関係者の嘲の対象となってきたことは残念なことだ。環境省も含め、政府関係者にとってクジラは水産資源という認識が普通だ。

では、生き物を守るための条約のもとで作られる生物多様性国家戦略はどうか。

1992年にスタートした生物多様性条約を日本は1993年に批准し、最初の生物多様性国家戦略を1995年に策定した。しかしこれは生物多様性の保全の見地から言えば名ばかりの、各省庁が作成した別々の戦略を束ねただけのもので、「ホッチキス留め戦略」という悪名をつけられたものだ。海洋に関しては、水産庁の主張がそのまま掲載され、市民の声はほぼ無視されている。

2002年に取り掛かられた次の新・国家戦略は、前回の汚名を注ぐべく、屋久島自然遺産登録に辣腕をふるった小野寺浩氏が計画課長として、その元で実務を渡辺綱男氏(二人とものちに自然環境局長)が担当し、環境省の積極的な攻めで始まった。いわゆる有識者を集めて生物多様性国家戦略懇談会が開かれ、新しい戦略を検討、NGOとの意見交換が行われ、大手NGOのヒアリングも行われた。ちなみに、座長は小野勇一北九州自然史博物館館長(当時)、以下委員は朝野直人(福岡大学法学部長)、大島康行((ざい)自然環境研究センター理事長)、篠原修(東京大学工学系研究科教授)、星野進保(総合研究開発機構研究員)、鷲谷出水(東京大学農学部生命科学研究科教授)各氏(いずれも当時)。

2001年8月25日の毎日新聞は「身近な自然も保護」という見出しで、懇談会の模様を伝えている。その中で、「身近な自然が急速に消滅している国内の現状を踏まえ、国土全体を保護対象にするよう発想の転換を促し種の保存法を強化し、「身の回りの野生生物にも対象をを拡充した『野生生物保護法』の制定を提言した」と書いている。

ヒアリングでは海洋と海生生物についてのIKANの要望を、WWF-Jが代弁して発言してくれた。それに対して、参加する有識者の一人が質問したため(どなたか失念)、思いがけずその答えは私に振られ、フロアから不規則ながら発言する機会を得た。陸の動物と同じく、海の動物についても保護管理が必要ではないかという私の発言に対し、座長が「ご意見はしっかりと受け止めた」と発言されたのには、腰を抜かしそうなくらい驚いた。そして、新たな戦略の中の第3部行動計画に、本当に‘海棲哺乳類の保護と管理’が書かれていたことにはさらに驚いた。水産庁管理の資源としての扱いではない表現が登場した。しかし、水産庁の行動計画においては、残念ながら捕鯨は捕鯨推進派の主張そのままのクジラ獣害説をはじめとした問題記述があり、渡辺氏は、私たちの修正要求を受け、水産庁とのやりとりに相当苦労したようだ。

 

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