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2021年10月 8日 (金)

イルカ猟撮影ビデオ事件

水産庁への申し入れの強力な武器になったのは、水族館用捕獲の行われた21日と、捕殺が行われた22日に撮影されたビデオだ。特に、川口さんが撮影してくれた港から坂を上がったところに位置する解体小屋でのオキゴンドウ の激しい抵抗の様子は、見るものの気持ちを直揺さぶった。

これら2本のビデオは、それぞれの撮影者から、IKANに、活動のために委託された。そのビデオを、編集のプロがいるので送ってほしいという、IKAN立ち上げの母体となった団体の責任者から電話があったのは、オキゴンドウ の解放も終わって数日経ってからだったと思う。確かに2本の長いビデオを見せるより、綺麗に編集されている方がいいと考えたメンバーは、その2本を指定された京都の編集者と思しき人に送った。しかし、先方からは2週間ほど経っても何の音沙汰もないので、どうなっているかという問い合わせをメンバーの一人がした。その結果、ビデオがさらに編集のためとして、サンフランシスコに送られたということがわかった。ダビングしたものが少しあったので、実際の活動には支障がないため、その件はそれ以上追求しなかった。

ところが数日経って川口さんから電話が私にかかってきた。活動資金が入るかもしれないというのである。アメリカから、契約書のようなものがファックスされてきて、すぐさまサインが欲しいといわれたという。ただし、内容的に問題があるかもしれないので確認してくれという。

問題はあった。

そのドキュメンタリーの制作会社は、フィルムの使用量を提示するとともに、条件を言ってきていた。それによると、メディアなど商業的な利用には2年間使うなという。それだけではなく、なぜか、活動のためにもフィルムの利用ができないと示されていたのだ。何のために撮影されたのか、これでは全く意味がない。しかも契約書は、それぞれ二人の撮影者との個別契約になっており、代理人として記されていたのは、アメリカの活動家の名前で、フィルムを託されたIKANの名前はどこにもなかった。

さっそく、海外の活動事情を知っている知人に相談すると、幸いその知り合いがドキュメンタリー制作者を個人的に知っていたのがわかった。早速事情を話して、その制作会社の人に問い合わせをしてもらった。

結果、手違いを先方が認め、代理人としてIKANが記されただけでなく、商業利用以外の利用については何の条件もつけられなかった。しかも、フィルム使用料は、最初に提示された金額の2倍になっていたのだ。

間に入ってビデオを送るように指示してきたさる団体の責任者に事情を説明したものの、彼女がいうには、その海外活動家は、IKANのために骨を折ってくれたの一辺倒で、なぜ送ったのかの説明もなく、全く事情を理解してくれようとはしなかった。しかし、こちらとしても納得が行かず、結局それ以来、私とその団体との亀裂ができて残念な結果となった。

 

 

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