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2018年11月20日 (火)

教育者のお手本なのかな?

著者は、富山大学の准教授で、自然保護団体で特に環境法関連において活動している人たちと親しい。私は、種の保存法に関する勉強会で、Kさんを通じて紹介してもらった。それ以来、ニュースレターなどクジラ関連の資料を送ってきていた。今回、「自然環境法を学ぶ」と題した、若い人たちへの環境関連法の紹介本として送られてきた本を手に取ってなかみを見るまで、捕鯨問題を論じた項があるとは思わなかったが。あんまり、個人的な批判はしたくない方なので、10日間ほど放っておいたが、若い人たちが手に取るものだから、間違いの指摘くらいはしてもよかろうと思うに至った。

「自然環境法と産業法(企業法)は裏返しの関係」との著者の認識から、環境関連の法律(主に環境省の管轄)だけではなく、農林漁業関連の法律、動物の愛護と管理法の概説も網羅してある。大体において、これらはそれぞれの法律の条文や書いてある解説を抜き取って書き出しているので、「こういうものがあるよ」という紹介としては良い方法かもしれない。また、環境関連の訴訟についても例示されているが、その方向性についてはあまりよくわからなかった。産業法と自然環境法との相互的な影響とかギャップなどの乗り越えるべき課題などについての言及は私には見つけられなかったし、それぞれの法律の持つ限界などは明確にはわからない。若い人がどのような法律があるかをダイジェスト的に見るのはいいのかもしれないが。

13章に「水系管理に関する法律」があり、その中の「海洋生態系」の中に思いがけず「捕鯨」に関する論考があった。
漁業法は別の項にあるので、「産業法」の位置付けではなく、あくまでも海洋生態系の中での議論という位置付けのようだが、内容的にはICJ(国際司法裁判所)判決に至る経緯(残念ながら、ニュースレターを読んでいないようで間違いだらけー後述)、鯨肉輸入(カナダが輸出先に入っている)そして、ICRW(国際捕鯨取締条約)の旧来通りの大本営解釈など、定められた法体系の中に客観的に書き込まれたものが少ないためか、環境省関連の法律の紹介と比べると随分といい加減で、足りない分著者の主観が多々見られるというところで、他とはかなり異なる。

まず、事実誤認。
彼女の解釈では、ICJ判決の背景として「1994年のIWC総会において南極海サンクチュアリ決議が採択されたことにより、南極海における商業捕鯨は全面的に禁止された」
「その決議に唯一反対した日本は、調査捕鯨を継続している」としている。
しかし、サンクチュアリ決議は何の拘束力もなく、その採択に異議を持つ日本はその影響を受けていないし、ご存知のように、商業捕鯨の一時停止は南極も含めて1982年に合意されたもので、ここの記述は誤りである。

また、オーストラリアが2010年にICJの提訴に踏み切ったきっかけを「2007年、IWCでは南極海の特定海域で鯨類を死に至らしめるような調査捕鯨を一旦中止するよう日本に求める決議が採択されたが、日本はこの後も調査捕鯨を継続した」だと記している。
しかし、調査捕鯨の一旦停止の決議は、日本が調査捕鯨を開始してからほぼ毎年のように採択されてきたわけで、2007年の決議が他の決議と際立って異なるということはない。(サンクチュアリ決議と同じく、過半数採決の決議に拘束力はない)。
それよりも、むしろ2010年に期待された合意形成(2008年のPEW主催のシンポジウムを契機とした日本とニュージーランドの歩み寄り〜結局失敗したが。日本も調査捕鯨のフェーズアウトに反発した議員からの反対の声も大きかった)の行方を危惧したオーストラリアが先手を打つ格好で提訴したと言う考え方が一般的だ。

次の話題は突然、彼女曰くの2015年以降の(輸入量が増えたのは2010年からで2014年が過去最大)鯨肉輸入増加の話題。
「輸入ですむ問題ではないとし、その理由として「海に囲まれた漁業国における食料・食材としての鯨肉の確保の是非、生業としての水産漁業の継続と水産技術の継承、及び水産詩編の持続的な利用とその実現のために果たすべき国際的な貢献等を勘案して判断すべき問題」だとする。
その下段にあるグラフでは、国別鯨肉輸入量としてアイスランド、ノルウェーに並び、少量ではあるがカナダから赤肉及び白手物が入ってきていることになっている。
しかし、カナダはIWCに加盟してはいないものの、実施しているのは先住民捕鯨としてのホッキョククジラの(多分隔年)2頭の捕獲のみで、IWCに毎回オブザーバー参加して報告をしている。先住民捕鯨に関しては自家消費が前提で、しかも、カナダはワシントン条約でクジラ類を一つも留保していない。輸出/入が事実なら、いくつも違反を重ねていることになる。(実は、この件で一度騒ぎがあり、カナダからの輸出はないというところで落ち着いたように覚えている)2014年だったと思うが、知り合いがカナダからの海棲哺乳類の油脂に関して、水産庁に問い合わせを行った。他の鯨肉に比べて量の少なさと値段の高さで際立っていたからである。
その結果、「それはアザラシの油脂です」と答えがあった。だから、グラフで白手物とされているのは、多分、アザラシの油脂と考えるのが妥当だろう。しかし、赤身肉は?
著者は、もし増刷する場合は「検討」するそうであるが、カナダとしても迷惑ではないのだろうか。

著者による既存各種捕鯨について「動物の権利」「動物福祉」「予防原則」に反するかの検討がある。まず、「動物福祉の理由として商業捕鯨及び調査捕鯨そのものを反対することにはならないという考えであり、この点において、石井准教授、真田客員講師らと異なる見解を持つ」としている。彼らの本論ではなく、80ページに掲載された表に対しての意見のようだが、読み間違いの可能性が高い。
(彼と真田さんの著書「クジラコンプレックス」の当該部分を見直してみたが、動物福祉の考え方に基づいて反対しているNGOがいる、ということをわかりやすいように図解しただけで、彼自身の動物動物福祉の考え方を示しているのではないし、それが必然的に商業捕鯨、調査捕鯨に反対だ、というような主張をしてはいない)

さらにため息が出るようなトンデモな展開も。予防原則の適用に着目したいとして「保全には不確実性すなわちリスク管理の問題を伴う」よって、予防原則に基づく管理が必要であり、そのためにもさらなる科学的知見の収集が求められる」
「とすれば、希少とされている鯨種に関しては科学的研究結果が得られるまでは研究目的に限っての捕鯨(調査捕鯨)に徹する必要があるとも言える」とし、さらには
「他方、鯨類は大食であるため増えすぎている鯨種を捕獲しないことも保全に反する行為であると言えるが、どの鯨種がどれだけ増えすぎているのか定量的な検証は十分ではない。これに関しても、既知の知見に基づく対応とともに、より一層の科学的調査を尽くすしかないと言える」
「そのためにもむしろ科学的な調査捕鯨は「科学的な信頼に基づく国際的に権威ある科学的組織(例としてIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学〜制作プラットフォーム)のイニシアティブで積極的に推進」と進言している。
なんでわざわざ、大本営発表しか資料のない捕鯨を持ち出したのか(しかも、産業ではなく海洋生態系に)
、多分ここの部分が斬新なアイデアだと思ったのかもしれないし、だからこそこのテーマを選んだかもしれない。
IPBESに持っていく勇気のある官僚がいるとは思えないが、持っていったらそれこそ世界の恥さらしとなるだろう。

ついでに間違いだらけのイルカビジネス解説も。
イルカ捕獲について、漁業法の管轄であること、知事認可漁業であることを記した後、追込み猟に焦点を当てている。「群れごと捕獲するため、鯨肉の供給量が増大し、結果として余るという現象になると予想される。そこで、太地町の追込み漁は、群れごと「生けどり」して水族館の展示施設用に供することを目的とするようになった」と解説している。
また、イルカ漁の方法を解説し、パニックを起こして傷つけあうことや、群れの大半がメスとその子供であり、(中略)さらに水族館に送られた生体イルカたちは「芸」をすることを強要されており、それによるすくなからずのリスクと犠牲も強いられるという批判がある」としながら、「追込み漁は伝統であるという言説もある」とし、その残酷さを回避すべく漁法も改良されたきたとの和歌山県太地町の公式見解もある」(「改良された」は間違いと思われる。なぜなら、捕殺に関する報告書は主に漁業者の安全性や海洋の汚染を防ぐための方法についてのように私には思われたし、その最後に、致死時間が長引く恐れがあることが書かれているからである)

しかも、自らの判断は脇に置いておいて、「やみくもに生業に対して新たな倫理観や規範を押し付けることにも、いくばくかの躊躇を感じざるを得ない」と記し、WAZA/JAZAの騒動から、「一部の水族館がJAZAから脱退して独自の路線を歩んだ、すなわち追込み漁による生体イルカを継続して飼育する道を選んだという選択も尊重したい」「諸外国が水族館用に生体イルカを太地町から購入していることも、水族館が持つアミューズメント性の発揮のための需要と必要性の証左」だとしている。

相矛盾する紹介は、読む側に判断をさせようという意図かもしれないが、このような中途半端な紹介と間違いだらけの私見でまともな判断ができるだろうか。
さらに、これらの矛盾を覆い隠すように、「法に照らせば違法ではないが、倫理的にこうあるべしという新たな規範に由来する問題がグローバルな規模で生じているのは、人間社会が成熟してきた証左」と結んでいて、本人はすべて承知なのかもしれないが、なにやらもやもやが残る。

こういう本がどの程度読まれるかわからないが、ダイジェスト版としては使い勝手がいいかもしれないし、少なくとも彼女らが授業に使用するだろうことは察しがつく。教えられる方が矛盾に気がつき、自ら調べる道を選ぶのだからいいのではないか、という声が聞こえそうだが、問題はメディア報道を含めた国内情報がかなり偏り、限られていることだ。(以前、海洋大学で行われた海洋大学と農工大学合同のアクティブラーニング風研究会で、’生徒たち’は国内メディア報道主体の資料による研究発表をし、反対意見の検証や海外論文の読み込みなど一つも見当たらなかったので驚いた経験がある。いや、一人女性でかなり鋭い反対意見を述べた人がいたのを思い出した)


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