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2017年4月 4日 (火)

イルカ飼育と福祉について

  神奈川県の新江ノ島水族館と山口県下関の海響館が国内の動物園と水族館の横の連携を形作る組織である日本動物園水族館協会(JAZA)を先月末で脱退したというニュースが複数メディアで報じられた。

http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2017040302000055.html

http://www.yomiuri.co.jp/national/20170401-OYT1T50109.html

  これは、2015年にWAZAからの勧告を受けて、JAZAが和歌山県太地町でのイルカの追い込み猟によって捕獲されたイルカを購入/飼育することがその倫理規定に反するので、所属する園館は太地町からイルカを購入しないという宣言をしたことを不服とするものである。
 すでに、その時に地元太地町くじらの博物館がJAZAから脱退しているのだが、他にもJAZAに所属していない施設が幾つかあり、昨年末にも追い込み猟で捕獲したイルカを購入している。
  これらの飼育施設の言い分は、施設内では設備や技術などの問題からイルカの繁殖を実現できないので、追込み猟で捕獲されたイルカを購入し続けたいということである。
しかし、今回の新江ノ島水族館は、繁殖技術を持っているとされて他の水族館や関係者の期待を担ってきたところ。将来を見越して、イルカ猟を実施する「いさな組合」などとの関係を維持していきたいですと。
限られた血統間での繁殖には限界があるのは確かで、野生からの導入が必要だということをもっとも理解しているのかもしれないが、こうした方向性が他のJAZA所属飼育館の離脱の引き金になる可能性がある。
一方、海響館はさすが下関、「イルカ猟は合法であり、禁止するJAZAの方針を容認できない」そうである。いやしくも、「教育的な」側面を持つ水族館が、命の大切さや自然の不思議さの前に、産業擁護を自分たちの都合のための言い訳にするって、どうよ?

 離脱に対するメディアの反応は、2015年から同じで、水族館にはイルカが必需品だという前提にのかっかっており、’繁殖できないならイルカが見られなくなってしまう!’という、あれ。ウナギやマグロが絶滅に貧すれば、’食べられなくなる!’と脅すのとちょうど同じようなものだと思う。
 イルカが飛んだり跳ねたりすることによる経済効果がどれほどのものかは知らないが、なまじ「教育」などという言葉なんか出てこないだけ、嘘がないのかもしれないが。
 よく、実際に見たり触れたりしなければ、その生き物を「理解」できないというような意見があるが、日本の子どもがちゃんとイルカを理解していれば、狭い人工的な飼育施設に閉じ込めて、冷凍の餌を演技のご褒美に与えるような行為に対して批判するものも出てくるはずだ。イギリスでは1990年代にイルカの飼育施設がなくなったが、イルカに対する愛情が増しこそすれ、失せたとは思えない。
それに反して、日本の子どもたちにとってイルカがペットのような存在であるからこそ、どこから来ているか?という疑問は生まれず、その場限りのふれあいで納得し、あるいは、将来的にペット飼育をする感覚で、トレーナーになりたいなどというのだ。
こうした違いが、欧米との比較で出されるが、実際はアジア圏でも例えばインドがイルカの人格を認める法律を作ったように、広まってきている。こうした変化が昨年のアメリカにおけるシーワールドの失墜をもたらし(あざとくも中国とかに進出するなどという噂もあるが)たし、野生捕獲、そして飼育に留まらずに繁殖の禁止までに至っているのだ。
 
  今回の一連の報道には、イルカ猟のどこが倫理規定に外れているのか、こうした海外での話はもちろん出てこない。その代わり、映画「The Cove」の影響でWAZAがイルカ猟は残酷だと言っているというたいへんお手軽な説明とも言えない説明で済ませている。

 それで思い出したのが、この2月26日に環境省が主催したシンポジウムである。動物福祉と科学と銘打っているので、やっと環境省も科学的な福祉の考え方を身につけたのか、と思いきや、(元々の狙いは、8週齢以前の子犬の飼育がどのようにその後の成長に悪影響を与えるかというアメリカの専門家の講演ではあり、その部分では科学的な論拠が示され、タイトルに沿ったものだったが)問題は環境省の愛護室長のプレゼンテーションだ。
 日本の愛護と海外の福祉との違いを日本の伝統、文化(要するに自然との共生云々という幻想)で説明し、日本の場合、愛し、慈しんで終生飼養を目的にしている。それと異なり、欧米の福祉という考え方はその場において動物たちに苦痛を与えないことが目的なので、終生飼育する代わりに何かあれば安楽死を選ぶ、という。その違いを、日本人は自然と一体となるのに対し、欧米文化では自然を対立するものとみなすからだ、と批判する。
おなじみのイルカやクジラ問題で都合が悪くなると持ち出されるような、(せっかくの基調講演とは矛盾する)論理を得意げに紹介して日本文化を持ち上げ、問題は棚上げ。最後のディスカッションまでいなかったため、結果はわからなかったが、これでは目的まで下手すると損なってしまうのではないかと感じた。
福祉と多少でも関係する唯一の管理当局がこうした方向なのだから、今後もこうした頓珍漢な日本賛美が大手を振って歩くのだろうか。

<追記>
不思議でもないが、4施設に増えたようだ。
http://www.sankei.com/west/news/170403/wst1704030007-n1.html
しかも、海響館の言い分だと、「捕鯨の文化」をJAZAが否定したことになってる。
野生動物の子供を群れから引き離してサーカスやらすのが文化だったのか!

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