続・鯨類学入門講座
(とにかく戦いたいらしいあの確信犯は別として)「テロリストに屈しない」と唱和する我らが国会議員の先生たちはどうにかならないものか。問題の根っこにあるのは、他から指摘されずとも、ブッシュの悲惨なイラク攻撃だというのはわかっているはずなのに。でも、困難な根本原因究明と解決への地道な努力は見栄えが良くないし、結果を出すのに時間がかかりすぎる。そこで、とりあえず他から指弾されないですむようにと何とかの一つ覚えみたいな言葉を唱えておく。
私の知っている‘南’の話では、さらに何かしたかのように振る舞うために、公金をじゃぶじゃぶつぎ込んで、一層問題を混乱させる。そうでしょ?
前置きは別として:
1月17日と18日、東京海洋大学で続・鯨類学入門講座があった。前回は、このブログでも書いたように、2日間で大隅清治氏から森下丈二氏、藤瀬良弘氏と言う顔ぶれで、鯨類学を学ぶというより、日本の捕鯨についての考え方を学ぶというようなもの。
今回は、前回も水産資源としてのクジラを話した現IWC科学委員会議長の北門利英氏がメインであったので、理系と無縁で特に数学音痴の私としては、科学委員会の議論ついて学びたい思いがまずあったが、同時に、彼がどれくらいIWC科学委員会全体の動向を客観的に紹介するかという興味がなかったとは言わない(6千円も払ったんだしね)。
第一日目は午後から(午前中は今回初めての受講者対象でおさらい)で、「IWC科学委員会では何を議論しているか」で始まった。まず、IWCの組織の説明と科学委員会について。科学委員会の仕事に関しては、資源管理をメインとした紹介であった(例えば、スロベニアIWCでの小型鯨類を国際的な連携で保全するという決議とか、海洋ゴミや温暖化を含む「環境と健康」など、現在の流れの説明はなかったが、一方でバイジーが絶滅した可能性に触れて、人間が原因で起きたことが明らかな鯨類絶滅第1号だという紹介もされた)。
まずは、彼が貢献した南極ミンククジラの資源量推定について。
資源量推定は、言うまでもなく「殺さなくても出来る」調査。IDCR/SOWERによる目視調査は、第1巡目は78/79から83/84年に行われ、2巡目と3巡目はJARPA調査のときに日本が船を提供して行なわれた(業界紙が「RMP完成に調査捕鯨が貢献した」と書いていたが、これを指していたのだろうか)。
目視調査に使われたライントランセクト法については、前回、水研センターの宮下富夫さんが簡単な演習を指導した。個体数を調べる調査は、陸でもなかなか難しいと聞いている。ましてや海で、水中にいる時間も長いクジラ相手だから困難さは想像を超えたものだろう。しかし、それはそれとして、宮下さんの、沿岸シャチの7,612頭という途方もない数字を見てからは、やり方次第ではかなりどうにでもなるのではないか、という根深い疑いを捨てきれないでいる。
ここからは音痴の私の理解の範囲で書いている事をご了承ください。
IWCの科学委員会では、目視調査の結果をもとに、統計モデルを使って個体数(資源量)の推定が行なわれている。水研センターの岡村寛氏に北門さんが協力して、OKモデルという算定方式を作ったと聞いている。科学委員会で推定個体数の算出にこの方法が採用され、これにスプリンターという人の方法で補正を行なってでたのが2011年の推定個体数の51万頭だ。
改定管理方式(RMP)は、この推定個体数と、過去の捕鯨のデータを使って絶滅しない捕獲枠の算定を行なう(これがRMPの基本だが、一方で日本は、この過去データだけではなく、捕獲したクジラの耳あかで年齢の査定をして資源動態を調べ、より詳細な推定を行なうという。これが日本の調査捕鯨の根拠の一つになっている)。
南極海には現在は2つの個体群がいて、必ずしも全く独立しているのではなく、混在しているところもあるという。独立した研究者による南極ミンクの繁殖海域の特定が行なわれており、アフリカの西と東沿岸に、いくつかの個体群が繁殖期には移動していると以前科学委員会のレポートで見たと記憶する。
RMPは、単一個体群の管理を想定して開発された捕獲限度量算出法(CLA)と、様々なシナリオのもとで将来の枯渇が起こらないようにチェックするシミュレーションテストで成り立っているということだ。いくつかの個体群が存在すれば、それだけ複雑になる。北太平洋のニタリクジラに、別の個体群が存在するという「仮説」は、北門さんはずいぶん気に入らないらしかった。
管理期間は100年で、枯渇率が一定レベルを下回らない事を前提に、安定して、高いレベルでの捕獲頭数をめざす。その鯨種が環境に対してどれくらい生息できるかという環境収容力と増加率で算出するのだが、それには資源量推定値と過去の捕獲統計を使う。北門さんの講義の最後には、東コククジラを使っての資源動態を推測する演習があった。
次は調査捕鯨についての説明。
科学委員会での調査捕鯨に関する評価を判断するいわゆるAnnex Pの内容の説明があり、1昨年行なわれたアイスランドの調査捕鯨のレビューを例にとって紹介された。これはおさらいに役立った。
しかし、JARPAとJARPIIに関しては、(実際、JARPAIIの計画に彼自身参加しているので)あまり日本政府の説明と変わらないように感じた。科学委員会でのJARPA評価で、目的とされた個体数推定も自然死亡率算出も果たせなかったという結果は話にでてこなかったし、JARPAIIで計画された捕獲枠算定の根拠の説明や調査期間が無期限である事の問題の指摘もなかった。
(2月4日修正:国際司法裁判所の判決内容の一つとしてはあげられていた。)
確かに科学委員会の中での意見は多様で、その分、科学委員会の評価というのは時に玉虫色だ。委員会に参加するのは科学者だけでなく、各国政府の代表も参加する。いくつか別れて議論する分科会は、そのため参加者が多いところが有利となる。日本は最も多くの参加者を送っているところの一つだ。議長と言えども、全く自国の利益から乖離する事はかなわないのだろう。
生物多様性条約では、科学技術助言補助機関(SBSTTA)というものが条約会議の前に行なわれるが、実際は政府機関や関係者が参加する条約会議の前哨戦のようなものになっている。ただし、この会合にはNGOも参加して、どのように議論されたかを見ることができるし、発言も許される。しかし、IWCの科学委員会は、科学の聖域みたいなところとされていて、専門家と政府関係者しか参加できないので実際の議論は分からない。スロベニアにおける市民参加と透明性に関する決議によって、議論の内容が少しでも透明になる事が望ましいのではないかと思う。
次に、鯨類資源を管理するのための10か条について。最初に、参加者もそれぞれ考えるようにと言われ、その後、分布・回遊パターン、過去の捕獲、資源量(個体数)把握、集団構造の理解、生物学的情報、個体群動態の把握、餌生物消費と栄養指標、生態的な相互作用、継続性、国際協力を彼の進行形の10か条として紹介した。
それらの説明の後、参加者にそれ以外のものを書いた人がいるか?と会場に聞き、写真家と称する人が「地域食文化と世界的な食糧問題」を上げた。その説明で、鬼頭秀一氏の講演で聴いたとして「太地など、以前からクジラを食べてきた人たちは、クジラが食べられなくなればそのアイデンティティを失ってしまう」ということばにちょっとのけぞった。また、森下丈二氏へのインタビューでは、「現在日本では数10gしかクジラは食べられていないが、アフリカでは鯨肉を欲している」といったそうで、日本人が食べなくなった事が認知されたのは良いとして、一体誰が捕獲して、アフリカに届けるの?ODAで???
森下さんの捕鯨に関しての見解は、’政治的ニーズ’あり、今度は貧困対策と、国民のニーズからは遠く離れたものだという事実を正直に語ったものとして興味深い。
北門さんが、写真家の意見については「確かに、どこでどれくらい必要なのかという事は重要な指標だ」と、まっとうな議論に戻してくれたのはうれしかったが、最近の議論では、海洋環境を健全に保つ努力がまず最初になければ、資源そのものの管理なんか吹っ飛ぶのではないかと思う。(その意味で私は「海洋環境の変化」といったつもり)
最近、ワールド・オーシャン・コミッションに、海を救うパッケージという興味深いアニメがあったのでついでに紹介しよう。
https://www.youtube.com/watch?v=Muyzok2XRQk
マグロとクジラの資源管理比較に関しては、私自身の知識が足りない上に、説明の時間が足りなかった事もあって、きちんとした報告は出来ない。
しかし、マグロとクジラの管理で決定的に違うのは、クジラは商業的な活動が停止していて個体数が回復しつつあるのに対して、マグロは捕獲が止まらない、ということだ。資源管理を実施するということは、もしかしたら楽観主義の上に成り立つものなのか、と音痴は考える。
それから、希望者のみの資源動態のシミュレーションにおそるおそる参加してみた。最初にエクセルにもらったデータを入れ込み、「Solver」というソフトをインストールする。
http://www.hello-pc.net/howto-excel/solver/
指定されたパラメータを書き込み、それをソルバーに入れると資源量動態グラフが勝手に動き出す。結局はそれが全部やってくれることがわかった。多分一生に一度の、ちょっと驚きの体験。
翌日は午後から参加した。みんな、クジラ資料館に行っているというので、遅れての参加だった。中村准教授がクジラひげについての説明をしていた。ヒゲクジラでも、胎児の間は歯の痕跡があるらしいが、クジラひげの発達は授乳期を過ぎてからのようだ。おっぱいを吸う時に邪魔だから。私の左隣にいた人が、胎児にもクジラひげの初期段階のものが存在していると補足する。どこかで見たような???鯨研の田村力氏だった。
体温調節のメカニズムや潜水能力についてなど、形態によるクジラの様々な特徴の話も結構面白く聞いた。骨格標本の作り方も昨年に引き続き説明。クジラ資料館の卒倒するほどの獣臭さは、コククジラ標本の油抜きが不十分だったからと後で聞いた。余談ながら、以前、娘の学校で、アザラシの骨を組み立てるという夏休みの課外授業を思い出した。クジラは腐敗しきって骨になるまで地中に埋めるのだが、アザラシなどその教室での標本作りは、まず大きな窯で煮て骨を取り出し、乾かしたものを使う。その教室で以前組み立てたのを見ながら、パズルさながらに組み立てに挑戦したのだ。なかなか大変だった。
最後は、加藤秀弘氏の「クジラと人間の共存」だ。最初に、クジラと人間の接点について、加藤流の資源についての解説の後(人間の利用に供する自然群集という)、直接的利用=捕鯨や間接的利用=ウォッチングなどのいくつかの例が出され、そのうえで、これまでは捕鯨問題が中心に語られてきたが、時代は変化しているので、今回はそれ以外の関わり方を中心に話す予定、と切り出した。話が進むうちに、結局持ち時間の30分以上経過しても、捕鯨解説が止まらない。うそつき!
先史時代からのクジラの捕獲に始まり、バスク捕鯨、グリーンランドの捕鯨、そしてヤンキー捕鯨と歴史のおさらいが続く。時折、彼の自説と思われるものが挟まれるが、史実との境界線ははっきりしていない。(イルカの追込み猟が5千年前から?)興味を引かれたのは、ウルサンの岩刻画の年代の古さから、日本の捕鯨は韓半島経由で西日本にもたらされたようだ、という説明で、これは結構説得力があった。
ところが、近代捕鯨時代以降、捕鯨全盛期まではともかく、人間環境会議以降となると彼の説は2チャンネルもどきになった。モラトリアムを持ち出したのは、梅崎某のいうところの「ベトナム枯葉作戦から注意をそらすため突然だされた」という説の紹介があり、「なんでみんな問題にしなかったのでしょうか?」とまるでその説が事実のように言う。1972年というのはベトナム戦争末期。確かに米軍は枯葉剤を使用していただろうが、その犯罪性が少しずつ世間に知られるようになったのはベトナム戦争終結後で、世界的に大問題となったのは1980年代だと私は記憶する。もし百歩譲ってそうした画策がアメリカにあったとしたって、それはそれでやるべきだし、クジラを含む野生生物消費や乱獲問題が深刻だったのは間違いないから、対処しない事が問題の解決ではない。
ちなみに、モラトリアム提案に至るまでのクジラ保護のための攻防は、(71年にアメリカで開催されたIWC会議内容を含め)IKANET-NEWS41号に真田康弘氏が書いてくれている。
そのあたりから彼はノリノリになってきたらしく、世界で捕鯨をしている国はどこどこ、と紹介をしながら、アイスランドは現在はミンククジラだけ捕獲していてモラトリアム前のナガスクジラの在庫を日本に輸出している(事実はアイスランドは日本向けの輸出用にナガスクジラを年間150頭前後の枠で捕獲)、とか、2007年のアラスカの会議では、先住民捕鯨枠が否決され(実際はすべての先住民捕鯨枠はコンセンサスで採択)、それを復活させるために日本が尽力みたいな話もでてきて、どんどん捕鯨の客観的な歴史から離れて行く。そのまま、残り10分くらいで船との衝突回避や、ドルフィンセラピーの有効性(かなりの論議がまだあるところ)についての力説をやって、間接的関わりはおしまい。時間も大分超過して5時近くなり、質疑はなかった。
お金を取って、専門の大学の先生が行なう講義なのだから、偏向発言はともかく、せめて事実間違いをしない程度の下調べはしてほしい。42名ほどいた聴講生のすべてがそれを信じたかどうかは別として。(そういえば、小笠原でのウォッチングが1986年というのも間違い。1988年)
*北門利英さんのお名前の綴りを間違えておりました。慎んでお詫びと訂正をいたします。(2月4日)
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