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2014年12月 5日 (金)

なぜだかよくわからない

 11月28日の調査捕鯨新計画に関しての記者会見で、新計画についての政府の主張にいくつか理解できないことがあることがわかった。

 一つは、海外メディアが取り上げた森下発言の「環境帝国主義(eco-imperialism)」ということばである。これは、海外が日本人の鯨食についてとやかく言う事を指しているようだ。しかし、この間の一連の動きで問題になってきたのは、食べる、食べないという問題ではない。もちろん、食べるより、守っていたいと感じている人たちはたくさんいると思うが、だからこそどんなやり方で得ているか、やり方に問題があるが故に突っ込まれるので、それを食べる、食べないの話にしてしまうのは、ごまかし以外の何者でもない。
 彼の言い方では(これまで私たちが言っていた事に似ているようだが)「自分はクジラは食べないが、牛肉食べたり、豚肉食べたりしている人たちに(クジラを食べるなとは)言われたくない」と言うのが一般の考えだそうだが、食べていないのであれば、なんで捕りたいか?がますますわからないではないだろうか。「海外に対して丁寧に説明していく」という言葉がこのところあちこちにでて来るが、彼の会見での発言を見る限り、丁寧に説明するどころか、喧嘩を売っているようにしか見えない。
 「食べない」もののために世界に喧嘩を売って何が得られるんだろうか?

 今回の新計画での目的は、管理方式の精度を高める(捕獲できる枠が保守的すぎるので)そうだが、すでに商業捕鯨をするところがないのに、何でこれまで合意された管理方式の精度を高めなければならないかも分からない。政府は種が絶滅しなければ捕っていいと考えているみたいだが、JARPAIIで捕獲したクジラが余りまくっていわゆる「生産調整」をしなければならなくなり、結局200〜300頭で間に合う状態だったのに、何千頭も捕獲したとして、誰が食べるのだろうか?飢餓にあえぐ何億という人にばらまくため?そのやり方は持続的とは言えないし、問題解決にはならないでしょう。

 今回計画はとりあえず、12年(長いなあ)ということだ。それからはどうする?調査捕鯨を継続していけば、沿岸での捕鯨再開は難しいのはこれまでの経緯でも明らかだが(まあ、今の管理方式での沿岸捕鯨枠ではちょっと産業的にさびしい事も手伝って)、やっぱり(補助金を好き勝手に使えて、日本の‘原理・原則’を曲げない方法は)ずっと続けるにはこれしかないでしょう、と考えている?

 丁寧な説明ってこんなところにこそしてもらいたい。

 

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