「次世代に海を引き継ぐために」PEW+日本財団ジョイント
「次世代に海を引き継ぐために」は、アメリカの大手NGO,PEW慈善財団と日本財団の共催による共同海洋シンポジウム。溜池山王のANAインターコンチネンタル東京で10月10日に開催された。
シンポジウムは、主催団体(笹川陽平・日本財団/ジョシュア・ラインハート・PEW両氏)と元外務、環境大臣の川口順子氏の挨拶の後、3つのセッションに分かれて行われ、それぞれ、海外ゲストと日本人ゲストが「気候変動などによる海の変化と漁業への影響」(ダニエル・ポーリー氏、山形俊男氏)、「海の管理に関する課題と可能性の共有」(マイケル・ロッジ氏、坂元茂樹氏)、「持続可能な海の実現に関する課題と新たな展望の共有」(ジェーン・ルブチェンコ氏、寺島綋士氏)としてそれぞれ講演された。
ポーリー博士の講演を聴くのは今回で3回目になるが、相変わらずの早口、だが豊富なデータをもとに現状を訴えた。海洋と魚類の環境は次第に悪くなる・・・。日本でも、最近、本来は漁獲のないマグロやサンマが北海道で漁獲されたニュースもあったが、有名な大型魚種を捕り尽くして次の段階に移り、最後はクラゲ、というフィッシング・ダウンの図も登場しての未来予測。
今回の話で記憶に特に残ったのは、気温変化による魚の移動で、魚はそれぞれが最適な温度を目指して季節や環境次第で移動するということ。温暖化が進行すれば、南での漁業活動ができなるだけでなく、米など農産物の食料生産にも支障が出て、沿岸途上国に問題がおきるだろうということ。移動だけでなく、えら呼吸している魚の酸素の吸収量の減少で、魚が小型化する可能性もあるということも紹介された。短期的には北で漁業活動している地域は収入が増えるかもしれないが、長期的には誰も得をしない。
次の山形氏の話は、気候変動と気候の変化の区別化について丁寧に説明、近年当たり前に起きている異常気象がどうして起きているかという基本的なところから解説された。冒頭のIPCCパネルの報告の引用で、CO2のうちの90%が海に吸収されること、深さ300mのところの海水温が過去50年間で0,05℃上がったが、これは陸上であれば1000倍で45℃上がったことを意味するといわれたことはやはり恐ろしい。
気候変動に関しては、近年、見かけ上は地球上の平均気温は決して上がっていない、という話におや?と思った。エル・ニーニョ、ラ・ニーニャ、それにインド洋ダイポールモードなど、海水温の変化による気象現象が単純に現れるのではなく、エル・ニーニョもどき、ラ・ニーニャもどきと言った気象のバリエーションで、夏期における高温と冬期の低温が組合わさったりして各地での農業活動などに影響を与えている。今後は大気と海水温両面からのデータを元に、気候の変動を観測し、農水業などにデータを提供していく必要がある、とのこと。
こうした気候の変動は先のポーリー氏の話とどこでつながるのだろう?と聞き終わって疑問に思ったが、最後のパネルディスカッションの冒頭に、温暖化そのものは進行している。ただし、変化は一直線ではなく、こうした様々な現象と関わっていると聞いて納得した。
セッション2は、海洋の国際法に関することで、これまで断片的な知識しかなかった国連海洋法条約についての話を興味深く聞くことができた。
マイケル・ロッジ氏は、国際海底機構に所属する法律顧問で、条約発効から20年経た海洋法条約(UNCLOS)
に新たな課題が出ていること、特に公海の管理に関しての緊急性を訴えられた。しかし、これまで10年かけて発効した条約は、沿岸国の自由と航行自由の原則の微妙なバランスに立っており、保全や環境問題にシフトしにくい現状があるとした上で、現在抱えている3つの課題について話された。
一つは、普遍性(Universality)で、現在の参加国は166で、アメリカを始めまだ加盟していない国があり、国際法としての慣習で、締約国以外に対する拘束力がないこと。あらたな協定に関して自動的に受け入れるという条項がないため、たとえば深海底の採掘に関する実施については多国間合意に時間がかかりすぎるという問題を抱えてきた。
二つ目はコンプライアンスの不足。締約国でも条約を遵守していないところがあり、例えば12カイリを越える海域での操業に関して4カ国が違反しており、また接続海域に関しては12カ国が違反をしている。また、脆弱な生態系を保全するという194条に関しても、海山での底引き網の操業で冷水サンゴの破壊など、生態系への影響が大きい。また、94条に関して言えば、旗国船の管轄が不十分なため、IUU(国際法や協定外の違法な操業)漁業の船舶への有効な対策ができない。残念なことにこうした生態系保全への対策の不十分さや乱獲を防げないことが条約に反対する国への口実になってしまっている。
三つ目は新たな課題への対処。その一つで最も緊急性のあるものは、保全に関わることである。
問題は三つあり、一つは公海の生物資源の保全で、FAOの行動規範が93年に作られているし、国際協定や地域漁業協定などもあるが、それでも公海での漁船団は漁獲可能量を遥かに上回っている。日本は中国に次ぐ魚の消費国として積極的に課題解決に寄与してほしいと言われた。
もう一つはバイオプロスペクティング、公海における遺伝資源の利用と配分に関してで、今も国連で議論が重ねられているが、国境を越えた海域での生物多様性保全へのルールができていない。技術やノウハウを持つ先進国によるアクセスと商業利用により配分がうまくいかないことが課題となっている。
最後は違反行為等への執行。航海自由の大原則が障壁となり、麻薬や武器輸送、ヒューマントラフィッキングなどの違法行為やIUU漁業に対する取締や介入に限界がある。
今後こうした問題解決には法執行能力の強化や法そのものの改定と言った作業が必要だが、簡単ではなく、工夫して時代変化に対応していかなければならない。特に公海については、公共財であり、長期的な保全が重要で、そのためには分野別のアプローチを改め、統合的な管理体制が重要とした。
次の坂元教授は、海洋法条約における新たな課題としての海洋保護区の設置と遺伝子減の問題をあげた。また、92年の生物多様性条約において提案されている保護地域の海洋保護区は定義が各国の裁量に任せられているが、生物多様性保全の立場から各国が推進する中、日本は海洋基本法において、漁業に資するための保全を定義しており、今後これを日本型の資源保存管理手法として世界に発信するとしているが、資源の再生という考え方を入れ込まなければ国際的には受け入れられないだろうと警告。また、遺伝資源については、国連の国を超えた海域での生物多様性(BBNJ)の作業部会で議論されているが、途上国が遺伝資源の衡平、公正な分配を主張している。公海での探査活動はUNCLOSで認められており、新たな規制が必要ないと主張するものもあり、全市や海洋保護区、環境影響評価やキャパシティビルディング、技術移転などに包括的に対処するための法的な枠組みが必要だとした。日本の海洋政策も原点に立ち戻れ、という指摘はうなづけるものだ。
坂元教授の話で初めて知ったのだが、国際海底機構が鉱物資源の管理に関し、EEZ内のマンガンや海底の熱水鉱床、コバルトリッチクラストなどの規制と持続期な利用に関し、環境影響評価のガイダンスや勧告を行っているのだ。今期改定された海洋基本計画においては。あくまでも開発が先で環境影響評価はその手法などを検討するに留まっているが、これでは不十分ではないか、と思った。
セッション3は、元NOAA(米国海洋大気局)長官のジェーン・ルブシェンコ氏。2006年に作られたPEWの海洋委員会の提言に関係し、オバマ政権のもとでその提言に沿って科学チームを組織、それまで不十分であった米国EEZ内の管理を、利用に偏することなく、海洋保全におけるよきStewardとして守ることにシフト。「使ってよいが使い尽くすべきではない」というモットーのもと、連邦レベルだけでなく、地域レベルでも生態系アプローチにより新たな漁業管理を行った。年ごとに魚種別の漁業管理計画を策定し、32種にのぼる枯渇していた資源の再構築に成功した。EUにおいても今年米国の手法を導入して共通の漁業政策が策定されるという。
また、海洋保護区に関しては科学的な根拠に基づき、禁漁区を設けることで生物多様性が拡大し、個体サイズが大きくなり、豊度が増すことにより保護区の外にも恩恵が広がること、また、保護区の設置により、気候変動や酸性化への回復力をつけることができることを強調した。
寺島綋士氏は、昨年6月に行われたリオ+20での海洋についての取組を中心に話を進められた。1992年に採択されたアジェンダ21の17章に海洋に関する国際的な枠組みの必要性が述べられており、2002年のWSSD(ヨハネスブルグサミット)においての制度的な枠組みの必要性が書かれている。リオ+20の成果文書の「 Future We Want」にも海洋について取り上げられているが、これは、その直前に行われたオーシャンズ・デイ・アット・リオにおける海洋宣言にある生物多様性保全と沿岸・海洋の統合的な管理、生態系アプローチ、海洋保護区のネットワーク、IUU漁業や過剰漁獲の防止、有害な補助金廃止、海洋ゴミやブルーエコノミーへの移行などの提言から取り入れられた。今後は小島嶼国の問題など取り組むべきことはたくさんある。アジアにおいては、「東アジア海域の環境管理パートナーシップ(PEMSEA)」が沿岸域の統合的な管理などに積極的に取り組んでおり、今回の海洋基本計画にも沿岸域の総合的な管理があげられているが、こうした取組を進めることが持続的な海洋管理の上でも重要と話された。
その次は、特別スピーチとして、内閣特命海洋担当大臣の山本一太氏が「我が国における海洋政策」と題したスピーチを行った。「世界の海は危機的な状況にある・・・」というシンポジウム冒頭の言葉と関係ない人はこの人ただ一人と見受けた。
冒頭、「中国での会議で公用語はブロークンイングリッシュだということを知った」そうで、なんと、選挙演説口調で、全編「英語」で通した(昔のアメリカのポップソングブックは、英語の下にカタカナでルビがふってあったが、それを思い出させるような、ブロークンというよりカタカナイングリッシュと言った方がふさわしいようなものだった)。主催者のPEWの人たちは英語圏だろうが、聴衆は9割がた以上日本人と思われ、よくできた同時通訳もあるところで、どういう考えなのか理解に苦しんだ。しかも、話の中心は海洋基本計画の中の開発の推進であり、(たぶんやってますという見せ場のつもりだろうと思われる)震災漂流物の実地調査に行った西海岸での出来事を話した挙句、その後始末はNGOがするという。あとは海洋にダダ漏れしている放射能が問題ないことをどうやって世界に納得させるか、ということだけなのだ。
せっかくの内容の充実したシンポジウムの格が一気に下がったような演説だった。こうした人が日本の海洋政策を推進しているのだと思うと将来は暗い。
そのあとパネルディスカッションもこうした演説の毒気に当てられたか、講演者の話の足りないところを補う以上のまとまりはなかった。
それまでの中身が濃かったこともあり、非常に残念な結末だった。
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