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2013年10月18日 (金)

「次世代に海を引き継ぐために」PEW+日本財団ジョイント

 「次世代に海を引き継ぐために」は、アメリカの大手NGO,PEW慈善財団と日本財団の共催による共同海洋シンポジウム。溜池山王のANAインターコンチネンタル東京で10月10日に開催された。
 
 シンポジウムは、主催団体(笹川陽平・日本財団/ジョシュア・ラインハート・PEW両氏)と元外務、環境大臣の川口順子氏の挨拶の後、3つのセッションに分かれて行われ、それぞれ、海外ゲストと日本人ゲストが「気候変動などによる海の変化と漁業への影響」(ダニエル・ポーリー氏、山形俊男氏)、「海の管理に関する課題と可能性の共有」(マイケル・ロッジ氏、坂元茂樹氏)、「持続可能な海の実現に関する課題と新たな展望の共有」(ジェーン・ルブチェンコ氏、寺島綋士氏)としてそれぞれ講演された。

 ポーリー博士の講演を聴くのは今回で3回目になるが、相変わらずの早口、だが豊富なデータをもとに現状を訴えた。海洋と魚類の環境は次第に悪くなる・・・。日本でも、最近、本来は漁獲のないマグロやサンマが北海道で漁獲されたニュースもあったが、有名な大型魚種を捕り尽くして次の段階に移り、最後はクラゲ、というフィッシング・ダウンの図も登場しての未来予測。

 今回の話で記憶に特に残ったのは、気温変化による魚の移動で、魚はそれぞれが最適な温度を目指して季節や環境次第で移動するということ。温暖化が進行すれば、南での漁業活動ができなるだけでなく、米など農産物の食料生産にも支障が出て、沿岸途上国に問題がおきるだろうということ。移動だけでなく、えら呼吸している魚の酸素の吸収量の減少で、魚が小型化する可能性もあるということも紹介された。短期的には北で漁業活動している地域は収入が増えるかもしれないが、長期的には誰も得をしない。

 次の山形氏の話は、気候変動と気候の変化の区別化について丁寧に説明、近年当たり前に起きている異常気象がどうして起きているかという基本的なところから解説された。冒頭のIPCCパネルの報告の引用で、CO2のうちの90%が海に吸収されること、深さ300mのところの海水温が過去50年間で0,05℃上がったが、これは陸上であれば1000倍で45℃上がったことを意味するといわれたことはやはり恐ろしい。
 気候変動に関しては、近年、見かけ上は地球上の平均気温は決して上がっていない、という話におや?と思った。エル・ニーニョ、ラ・ニーニャ、それにインド洋ダイポールモードなど、海水温の変化による気象現象が単純に現れるのではなく、エル・ニーニョもどき、ラ・ニーニャもどきと言った気象のバリエーションで、夏期における高温と冬期の低温が組合わさったりして各地での農業活動などに影響を与えている。今後は大気と海水温両面からのデータを元に、気候の変動を観測し、農水業などにデータを提供していく必要がある、とのこと。
 こうした気候の変動は先のポーリー氏の話とどこでつながるのだろう?と聞き終わって疑問に思ったが、最後のパネルディスカッションの冒頭に、温暖化そのものは進行している。ただし、変化は一直線ではなく、こうした様々な現象と関わっていると聞いて納得した。

 セッション2は、海洋の国際法に関することで、これまで断片的な知識しかなかった国連海洋法条約についての話を興味深く聞くことができた。
 マイケル・ロッジ氏は、国際海底機構に所属する法律顧問で、条約発効から20年経た海洋法条約(UNCLOS)
に新たな課題が出ていること、特に公海の管理に関しての緊急性を訴えられた。しかし、これまで10年かけて発効した条約は、沿岸国の自由と航行自由の原則の微妙なバランスに立っており、保全や環境問題にシフトしにくい現状があるとした上で、現在抱えている3つの課題について話された。
 一つは、普遍性(Universality)で、現在の参加国は166で、アメリカを始めまだ加盟していない国があり、国際法としての慣習で、締約国以外に対する拘束力がないこと。あらたな協定に関して自動的に受け入れるという条項がないため、たとえば深海底の採掘に関する実施については多国間合意に時間がかかりすぎるという問題を抱えてきた。

 二つ目はコンプライアンスの不足。締約国でも条約を遵守していないところがあり、例えば12カイリを越える海域での操業に関して4カ国が違反しており、また接続海域に関しては12カ国が違反をしている。また、脆弱な生態系を保全するという194条に関しても、海山での底引き網の操業で冷水サンゴの破壊など、生態系への影響が大きい。また、94条に関して言えば、旗国船の管轄が不十分なため、IUU(国際法や協定外の違法な操業)漁業の船舶への有効な対策ができない。残念なことにこうした生態系保全への対策の不十分さや乱獲を防げないことが条約に反対する国への口実になってしまっている。

 三つ目は新たな課題への対処。その一つで最も緊急性のあるものは、保全に関わることである。
問題は三つあり、一つは公海の生物資源の保全で、FAOの行動規範が93年に作られているし、国際協定や地域漁業協定などもあるが、それでも公海での漁船団は漁獲可能量を遥かに上回っている。日本は中国に次ぐ魚の消費国として積極的に課題解決に寄与してほしいと言われた。
 もう一つはバイオプロスペクティング、公海における遺伝資源の利用と配分に関してで、今も国連で議論が重ねられているが、国境を越えた海域での生物多様性保全へのルールができていない。技術やノウハウを持つ先進国によるアクセスと商業利用により配分がうまくいかないことが課題となっている。
 最後は違反行為等への執行。航海自由の大原則が障壁となり、麻薬や武器輸送、ヒューマントラフィッキングなどの違法行為やIUU漁業に対する取締や介入に限界がある。
 今後こうした問題解決には法執行能力の強化や法そのものの改定と言った作業が必要だが、簡単ではなく、工夫して時代変化に対応していかなければならない。特に公海については、公共財であり、長期的な保全が重要で、そのためには分野別のアプローチを改め、統合的な管理体制が重要とした。

 次の坂元教授は、海洋法条約における新たな課題としての海洋保護区の設置と遺伝子減の問題をあげた。また、92年の生物多様性条約において提案されている保護地域の海洋保護区は定義が各国の裁量に任せられているが、生物多様性保全の立場から各国が推進する中、日本は海洋基本法において、漁業に資するための保全を定義しており、今後これを日本型の資源保存管理手法として世界に発信するとしているが、資源の再生という考え方を入れ込まなければ国際的には受け入れられないだろうと警告。また、遺伝資源については、国連の国を超えた海域での生物多様性(BBNJ)の作業部会で議論されているが、途上国が遺伝資源の衡平、公正な分配を主張している。公海での探査活動はUNCLOSで認められており、新たな規制が必要ないと主張するものもあり、全市や海洋保護区、環境影響評価やキャパシティビルディング、技術移転などに包括的に対処するための法的な枠組みが必要だとした。日本の海洋政策も原点に立ち戻れ、という指摘はうなづけるものだ。
 
 坂元教授の話で初めて知ったのだが、国際海底機構が鉱物資源の管理に関し、EEZ内のマンガンや海底の熱水鉱床、コバルトリッチクラストなどの規制と持続期な利用に関し、環境影響評価のガイダンスや勧告を行っているのだ。今期改定された海洋基本計画においては。あくまでも開発が先で環境影響評価はその手法などを検討するに留まっているが、これでは不十分ではないか、と思った。

 セッション3は、元NOAA(米国海洋大気局)長官のジェーン・ルブシェンコ氏。2006年に作られたPEWの海洋委員会の提言に関係し、オバマ政権のもとでその提言に沿って科学チームを組織、それまで不十分であった米国EEZ内の管理を、利用に偏することなく、海洋保全におけるよきStewardとして守ることにシフト。「使ってよいが使い尽くすべきではない」というモットーのもと、連邦レベルだけでなく、地域レベルでも生態系アプローチにより新たな漁業管理を行った。年ごとに魚種別の漁業管理計画を策定し、32種にのぼる枯渇していた資源の再構築に成功した。EUにおいても今年米国の手法を導入して共通の漁業政策が策定されるという。
 また、海洋保護区に関しては科学的な根拠に基づき、禁漁区を設けることで生物多様性が拡大し、個体サイズが大きくなり、豊度が増すことにより保護区の外にも恩恵が広がること、また、保護区の設置により、気候変動や酸性化への回復力をつけることができることを強調した。

 寺島綋士氏は、昨年6月に行われたリオ+20での海洋についての取組を中心に話を進められた。1992年に採択されたアジェンダ21の17章に海洋に関する国際的な枠組みの必要性が述べられており、2002年のWSSD(ヨハネスブルグサミット)においての制度的な枠組みの必要性が書かれている。リオ+20の成果文書の「 Future We Want」にも海洋について取り上げられているが、これは、その直前に行われたオーシャンズ・デイ・アット・リオにおける海洋宣言にある生物多様性保全と沿岸・海洋の統合的な管理、生態系アプローチ、海洋保護区のネットワーク、IUU漁業や過剰漁獲の防止、有害な補助金廃止、海洋ゴミやブルーエコノミーへの移行などの提言から取り入れられた。今後は小島嶼国の問題など取り組むべきことはたくさんある。アジアにおいては、「東アジア海域の環境管理パートナーシップ(PEMSEA)」が沿岸域の統合的な管理などに積極的に取り組んでおり、今回の海洋基本計画にも沿岸域の総合的な管理があげられているが、こうした取組を進めることが持続的な海洋管理の上でも重要と話された。

 その次は、特別スピーチとして、内閣特命海洋担当大臣の山本一太氏が「我が国における海洋政策」と題したスピーチを行った。「世界の海は危機的な状況にある・・・」というシンポジウム冒頭の言葉と関係ない人はこの人ただ一人と見受けた。
 冒頭、「中国での会議で公用語はブロークンイングリッシュだということを知った」そうで、なんと、選挙演説口調で、全編「英語」で通した(昔のアメリカのポップソングブックは、英語の下にカタカナでルビがふってあったが、それを思い出させるような、ブロークンというよりカタカナイングリッシュと言った方がふさわしいようなものだった)。主催者のPEWの人たちは英語圏だろうが、聴衆は9割がた以上日本人と思われ、よくできた同時通訳もあるところで、どういう考えなのか理解に苦しんだ。しかも、話の中心は海洋基本計画の中の開発の推進であり、(たぶんやってますという見せ場のつもりだろうと思われる)震災漂流物の実地調査に行った西海岸での出来事を話した挙句、その後始末はNGOがするという。あとは海洋にダダ漏れしている放射能が問題ないことをどうやって世界に納得させるか、ということだけなのだ。
 せっかくの内容の充実したシンポジウムの格が一気に下がったような演説だった。こうした人が日本の海洋政策を推進しているのだと思うと将来は暗い。

 そのあとパネルディスカッションもこうした演説の毒気に当てられたか、講演者の話の足りないところを補う以上のまとまりはなかった。
 それまでの中身が濃かったこともあり、非常に残念な結末だった。

2013年10月17日 (木)

北西太平洋第二期鯨類捕獲調査(JARPNII)の結果について

 お約束の1週間たった10月15日、調査捕鯨実施主体の鯨類研究所と水産庁がプレスリリースを出した。https://mail.nifty.com/mailer/#
 http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/enyou/130725.html

 実施期間は7月25日から10月7日までの75日間で、捕獲した鯨類は以下である。

ミンククジラ3頭(捕獲上限頭数100頭)
イワシクジラ100頭(捕獲上限頭数100頭)
ニタリクジラ28頭(捕獲上限頭数50頭)
マッコウクジラ1頭(捕獲上限頭数10頭) 

 クジラの捕獲された海域を見るとかなり沖合に限られ、これまで行ってきた沿岸域(東経140度から150度)は行っていない。ミンククジラとニタリクジラの捕獲数が少ないのは、濃霧や調査後半の台風に影響されたとあるが、一方で文中に「沿岸域の捕獲調査を(一社)地域捕鯨推進協会が小型捕鯨船を用いて担当」とあるが、そっくり譲り渡したのだろうか?

 9月の終わりにあったシンポジウムで北水研の方が釧路で販売されているミンククジラの生肉が、この秋100g98円という安値であったにもかかわらず、売れ残ったという話をされた。これまでは確か398円くらいで、冷凍された調査捕鯨の肉より人気が高いと聞いていたのだが。まさか調査なのだから、生産量を控えたなんてことはない???

 昨今の鯨肉の販売不振と海外からの鯨肉輸入(アイスランドからすでにかなりのナガス鯨肉が輸入されているが、現在ノルウェーもミンククジラ肉の輸出を実施したいようである)などを考えてミンククジラの生産トン数を意識的に少なくしたという見方もできるかもしれない。ちなみに今回の生産量予測は、1375トンでやや少なめ。

 イワシクジラのみ捕獲上限を達成したことは、報告書からは調査海域に広く分布していたということが読み取れるものの、実際はよく分からない。IKANが一昨年出したレポートでは、競売にかかったイワシクジラの75%が売れ残ったということが鯨研の記録から見られたのだが。「調査だから」?

 マッコウクジラのちっこいやつ1頭というのはもともと取りたくない種だが、アリバイは必要ということか?捕獲枠を決めるのは科学的根拠にもと基づくものだと思いたいが、(南極にしてもそうだが)頭数はどうでもよいようにさえ見えてくる。

 報告の中には、イワシクジラがミンククジラを追い越すような増加をしているといいたいのが見える。
 しかし、国際的にはそのことはにわかに受け入れがたい話ではないだろうか。ワシントン条約の締約国や専門家の中には、留保をしていないイワシクジラの「海からの持ち込み(輸入対象国がない場合の公海からの漁獲)」について異論を唱える人たちもいるのだから。

2013年10月11日 (金)

ロス海海洋保護区設立に向けての集まり

 10月4日金曜日、表参道の地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)で、FoEがサポートするAOA(Antarctic Ocean Alliance)の南極海の自然に関する写真展に合わせ、事務局のロバート・ニコル氏の南極海に海洋保護区を、という緊急セミナーが開催された。AOAは地球上に最後に残された手つかずの自然というべき南極の保全を進めようと言う国際NGOの連合組織だ。
http://antarcticocean.org/ja/
南極海における自然資源の開発を最小限に食い止めるため、周辺海域に19カ所の海洋保護区をCCAMLR(カムラー=南極海生物資源の保存に関する委員会)に提言し、現在はアメリカとニュージーランドの共同提案するロス海の海洋保護区設置を支援してきた。前回会合では、これまで難色を示してきた日本や韓国、中国などがその提案を受け入れ、前進が期待されたところを、ロシアとウクライナのあまり合理的ではない反対によって成立しなかった経緯がある。
 そして、今月末、タスマニアのホバートで開催されるCCAMLRに向け、今度こそロス海を海洋保護区(とフランスなどの提案する南極東岸)に設定しようとニコル氏はあちこちの政府などを説得して回っているようだ。
 CCAMLRは、南極海で活動する世界25カ国が参加している国連海洋法条約のもとにある委員会だ。南極におけるオキアミやメロなど魚類について、捕獲枠を海域ごとに策定し、過剰な捕獲を規制している。
 ニコル氏の説明は、ロス海の生態系のすばらしさ、特異性を紹介し、保護区を設立することにより、生物多様性の保全と生態系のプロセスをモニタリングすることの重要性や、深海魚メロの産卵、採餌域の保護、気候変動、酸性化への避難場所としての海域を保護することの重要性だ。
 しかし、今回は、緊急ということもあり、参加者の中には国内では知名度の低いCCAMLRの役割についての基礎的な知識いためか、余り積極的な意見もでず、ニコル氏のプレゼントは噛み合ない議論が続いたのは残念だった。
 日本では、それほど過剰ではないにしろオキアミやメロなど、南極海での操業が行われ漁獲物が消費されている。
 また、日本の調査捕鯨は、南極を6つの海区に区切ってクジラ捕獲調査を行っている。その二期調査の目的の一つに南極の複数種調査による生態系の解明があげられているが、総会ではたびたびCCAMLRがやっているんじゃないの?とか、CCAMLLRと協力しているの?という質問が出ている。南極海の保全は日本と無関係ではない。幸いなことに、今回も日本政府としては、見直し時期などを入れ込むことを条件に賛成しているようなので、世界最大級と言えるロス海の海洋保護区の設置が実現するかもしれない。
 

2013年10月 9日 (水)

海に関連するシンポジウム(2)

10月1日には、東大海洋アライアンスによる「新海洋像:海の機能に関する国際的な評価の現状」が
東大の小柴ホールで開催された。

趣旨は:
 東大などを中心とした研究チームが平成24年から5年間の研究として
「新海洋像:その機能と持続的利用」をテーマに、海洋の物質循環と生態系
の機能を解明し、 漁業操業の制限強化といった即物的な内容に終始してきた
国際的な議論を越え、さまざまな恵みをもたらす海洋の機能と価値を
複数のまとまりとして見る海洋区系ごとに評価することで新しい海洋管理
を提唱する。」
というもの。

ちなみに、海洋アライアンスは
「東京大学がこれまで培ってきた海洋に関わる知識と人材を融合し、海洋と人類の新しい親和的・協調的な関係を築くために、専門分野を超え、組織横断的な教育・研究活動を実施・支援していく(東大海洋アライアンスホームページhttp://www.oa.u-tokyo.ac.jp/digest/index.html)」である。

 今回のシンポジムでは、アライアンスの理事であり東大農学生命研究科の古谷研教授が冒頭挨拶を行い、海洋の生態系と物質循環による海洋の持つ様々な機能=恵みについて紹介。これまでの生物地理学の区分を越えて、これまで知られてこなかった外洋域、特に公海における生態系の構造や物質循環機能についての研究とガバナンスの追求を、法的経済的な枠組みを含めて文理融合的なアプローチにより進めることが重要であるとした。

 次の講演者のピータ・ブリッジウォーター氏は、UNESCO生態・科学分野部長やラムサール条約事務局長など国際機関で活躍してきた。彼は、1972年のストックホルム人間環境会議で海洋汚染への警告が発せられて以来、ヨハネスブルグサミットなどをへて海洋生物多様性の解明が進んできたこと、を紹介。地球上に生息する33の動物部門のうちで、15部門は海洋にだけ生息すること、また最近の知見では海水中にこれまで知られてきたものとは異なる真菌類が発見されたことなどから、海洋には「不明であることが明らかであるだけでなく「不明であることが明らかになってさえいない」ことがまだ存在することを指摘したことは興味深かった。また、「生態系サービス」に関する研究では、人間へのサービス提供が中心で、人間中心的な見方に陥りがちであることを警告、CBDにおける生態系アプローチの導入と単一種と分野ごとの管理から、海洋空間計画をツールとして用いるべきだと言う主張は納得しやすかった。

 次のベンジャミン・ハルバーン氏は、海洋健全プロジェクトのリーダーとして海洋の現状と改善に向けての海洋保護区設置を進言している。この海洋健全度指数は、海の健康診断としてコンサーベーションインターナショナルの知人から昨年紹介されたプロジェクトで、海の健康を、沿岸の自然度や生物多様性、沿岸における漁業のあり方や食料提供、水の安全性、インフラなど社会的な要素を含めた10の項目を円グラフで表示、17の地域での海の健康度を100点満点評価をしている。ちなみに平均点は60点で日本の評価は65点。http://www.oceanhealthindex.org/
 海の現状を可視化し、モニタリングを継続して更新していく所は使いようによってはすごく分かりやすいものだと思う。国によって海域の問題点を洗い出し、積極的にこの採点をあげていく政策をとるところが増えれば、全体としての海洋環境と海からの恵みは改善されるということなのだろう。ただ、評価として入れ込む項目の選定、評価対象となっているデータなどに問題はないのかという疑問はある。
 会場から、核による汚染も盛り込むべきという意見が出た。今のところ、数値に入れ込めるほど世界的には大きくないので今後考慮するという話だった。

 午後からは、CBD事務局の海洋担当ジヒュン・リー氏の講演。2010年のCOP10以降の海洋、特に公海におけるEBSAs(ecologicaly biologicaly significant area)の地域ワークショップの開催など、非常に盛りだくさんの現状を急ぎ足で説明。私にとっては、名古屋会議以降にどんなことが起きているかが分かって一番興味深い講演ではあった。
 CBDでは法的な縛りがないところに加えて、国際機関における綱引きや各国政府の思惑で、このEBSAsの重みがどんどん軽くなっていく様子を名古屋ではかいま見た。現在はいくつかの地域ワークショップが開催され(日本からの資金提供に感謝)、そのうちの75%がすでにカバーされているとのことで、関係者のみなさんのご努力に感謝だ。
 海洋に関しては、乱獲、酸性化や海中の騒音、海洋がれきなど懸念される問題が多く、今後は公海や深海における生物多様性の確保が急務であり、彼女がよく言及する、海はひとつながりであり、全体で考えなければならない(ocean as a whole)というコンセプトは重要だと思う。
 また、話の中にCBDの環境影響評価基準がIMOで採用されたということが出てきて、そのことを詳しく聞きたかったのだが、次の森下さんがEBSAsについていろいろ質問をしたため(どうも元々は余り関心がなく、CBDについてはよく知らないように見受けられた)適わなかったのが残念だった。実は今年4月に策定された海洋基本計画では、海洋開発の奨励が盛んに出てくるが、肝心の環境影響評価については、「その手法を検討する」程度の書き込みでしかなく、開発の後づけの環境影響評価では意味がないのではないか、と思っていたところなのだ。
(参考:CBD-COP11における環境影響評価のガイドライン)
http://www.cbd.int/decision/cop/default.shtml?id=11042#_Toc124570465

 次は森下丈二氏。IWC会議でおなじみの水産庁のプリンスだ(おっと、今は水研センターですが)。
昨年リオ開催された国連持続可能な開発会議(リオ+20)の成果文書「The future we want」の中の
海洋部分についての解説で、きちんと読んでいなかった分、分かりやすく面白く聞いた。
 海洋に関する諸問題の重要性については「常識」になっているが、議論においてはなかなか一致点を見ることができない。特に公海における生物多様性の「保存」と持続的利用に関して、国連海洋法条約のもとに新たな条約を作ろうという提案があり、生物多様性「保護」と海洋保護区のための法的枠組みを求めるEUと、新条約を遺伝し資源の経済的利益分配の貯め、新条約を求める途上国、そして、新たな法的な枠組みは煩雑さを増すだけだ反対するアメリカ、日本、カナダの対立で、2014年の国連総会で検討するという妥協案が合意されたということだ。
 また、愛知目標の3にある補助金に関しても、WTOで合意形成が計られてきたものの、漁業に悪影響をもたらす補助金の撤廃を訴えるEUなどと、補助金による支援が必要な途上国などの意見の相違が埋まらない。一方で、日本はアメリカ、韓国、ロシアと早々に北太平洋漁業条約を結んだそうである。

 IISDのレポーティングサービスなどを見ていると、このところ様々な国際会議で途上国の存在感が増し、先進国による利益の独占への反発と、新たな利益の分配、資金援助やキャパビルなどの要望に、国際経済そのもののかげりも影響してなかなか合意形成ができない状態が続いていることがわかる。
 途上国を始め、どちらかと言えば短期的な利益追求に対して、長期的な展望を求める声がなかなか現実化していかないもどかしさを感じる。

 次は世銀のジェームズ・アンダーソン氏の世銀による持続可能な漁業への支援活動の報告。環境、経済、社会の持続可能性という「トリプル・ボトム・ライン」の達成に向けた漁業管理制度構築への指標開発についてある。アウトプットとして様々な漁業活動における資源管理の健全性や環境影響、漁獲高、資産やリスクから漁業者(所有者、船長、乗組員)の抱える問題、市場での健全性や加工、関連事業の実効性など多方面からその漁業と制度の評価を行う、一方インプットとしては総合的な環境や国のガバナンス、国家経済や漁業権など諸条件、漁業コミュニティの特徴、インフラなどで支援対象となる漁業活動を評価するものだ。世銀はこのところ海洋の健全さに関して積極的な保全を訴えており、こうした試みにおいても、持続可能な漁業の支援が円滑に行われることが望ましい。

 最後は、かつて水産庁で捕鯨担当として面識があり、東大で教鞭をとっている今も水産関連に強い八木信行氏である。彼の主張は、国連海洋法条約における問題点の洗い出しと方向性である。
 同条約に書き込まれている、単一種管理に基づく最大持続可能生産量(MSY)の概念を、今後は複数魚種の一括管理の方が望ましいのではないかとする。これまで、MSYの考え方では生態系への理解の上での海洋環境の変化やレジームシフトなどを考慮する中、新たな概念の構築が必要だとする。また、200海里の設定も資源管理の上では問題がある、という。こうした視点を、新たな法律の枠組み(BBNJ=国を超えた生物多様性)にも入れ込んでいくべきではないか。
 一方で、海洋の生物多様性を計るのに陸の尺度を当てはめがちだが、海洋に関しては別の尺度が必要。陸における(商業的)狩猟の継続不可能性に比べて、漁業が存続してきた理由は、その物質生産スピードの速さによる。
 確かに海洋に関しては、陸と同様に保全を考える必要はないのかもしれないが、一方で海洋環境の大きな変化を見ていくと、そこだけで判断していいものなのか、と疑問がわく。

最後に紹介された北海道野付におけるアマモとの共存を目指して、底引きではなく帆船を用いたエビ漁業の映像は面白かった。

 国際的には、海洋環境悪化についての懸念が膨らんで、大きな問題として語られている。しかし、これまでの日本の様々な分野での意見を見ていると、そうした変化についてかなり楽観しているのではないか、と思ってしまう。素人の考えかもしれないですが。

 

2013年10月 4日 (金)

海に関連するシンポジウムが

 秋になってから、海洋関連のシンポジウムの開催が続く。
国際的には、すでに数年前から海洋関連の動きが活発化していたので、これは成り行きとして当たり前かもしれないが。どれくらい付き合い切れるかわからないけど、できるだけ参加する方向。今のところは。


 最初に参加したのは、横浜国大の統合的海洋教育・研究センター公開コロキアム「減る水産物、増える海獣ー絶滅危惧の水産生物と持続可能な漁業ー」で、9月28日に行われた。

 人間活動の結果として自然資源である水産物の減少があり、限られた水産物の取り合いが地元漁業者と他の哺乳類(トドとかアザラシ)と起きている中で、(まずは水産物の減少についてどう対処できるか。今回は余り具体的な議論にはならなかった。残念)野生動物と人間(漁業者)にとってどのような共存が可能なのか、というようなことだと思った(要旨を見てもそのようだった)。

 最初の演目は主催者の研究センターのセンター長である松田裕之氏の「ニホンウナギの絶滅リスク」で、今年に入って環境省がとうとうレッドリスト(Ib類)に掲載したこともあり、漁業として持続不可能であると考えられること、ウナギの消費国は日本がダントツであること、しかし、今後他国での消費拡大が予想されることもあり、管理に関しては同じ個体群を利用する日中台で共同に行う必要がある。しかし、まだ、国内で安いウナギが出回っている中、国内メディアは、ウナギが食べられなくなるという不安を煽る以上のことをしないことは問題、という話題提供で、私たち日本人の消費行動をどうコントロールするのか、が問われる問題と思われた。

 次のWWFジャパンの山内愛子氏は、クロマグロを取り巻く状況を、地域漁業機関だけでなく、ワシントン条約を含めた国際的な枠組みの中で、多様なステークホルダーが積極的に関与し、問題解決に立ち向かう必要があることを指摘した。マグロの養殖にしても、いまだに稚魚を捕獲して行っているし、ほとんどは日本人の食卓(というか回転寿司のベルトコンベア)にのるものだ。これもまた、日本人の胃袋を反映した深刻な問題だ。

 次は、日本産ナマコの捕獲と、中国のナマコ市場の関係について、中央水研の廣田将仁氏が講演。
 私は横浜育ちなので、中華街で干したナマコが山のように積まれているところは見たことがあるが、いまや、冷凍やレトルトナマコ(ナマコミルクというものまで!)が登場したことはちょっとした驚きで、日本沿岸で大量に捕獲され、加工時間を短縮して輸出されているという現状を知るとともに、日頃なじみのない食材でも、地域によってはちょっと問題だと思われるような消費をしていることを知って、人間の業というものをあらためて思った。

 次からは、海獣と漁業の競合問題で、トップは環境省の山本麻衣氏が絶滅危惧種のゼニガタアザラシの保護管理について報告した。この問題は、現在進行中の鳥獣保護法の改正にも関わってくることで、漁業被害を生んでしまった希少種の管理はどうすべきなのか、という、2002年に一部の海の哺乳類が環境省に手渡されて以来初めての試練となるものだ。

 この間何回か新聞報道もされてきたが、70年代には絶滅を危惧されたゼニガタアザラシが、いったんは地元の観光の目玉となったものの、生息数を増やす中でサケを食い荒らして(頭だけ食べる!)被害がだんだん大きくなり始め、補殺も含めてその管理手法が求められているのだ。1年かけて検討会を行ってきたが、いざ管理する段階で、「絶滅危惧種を殺すのはいかがなものか?」という指摘があって管理計画は頓挫している。地元漁業者とどのような関係を培いつつ、環境省が解決策を計っていくかが課題である。


 次は毎日新聞の北海道支局でたびたび北の野生生物についての良い記事を書いてくれている本間浩昭記者のラッコの来遊について。日本周辺のラッコは良質の毛皮の採取のためなどで減少し、絶滅したと思われてきたが、道東に2009年頃から再び現れ始め、釧路川に現れた個体は「クーちゃん」と名付けられて全国紙の話題にもなった。ラッコの来遊回数が多かっただけでなく、これまでのように1頭とかではなく、複数(といっても最大4頭)の目撃があった。

 北海道に来遊する頻度が増えている現象は、ロシアにおけるラッコの個体数増加との関係が言われえるが、単に北方4島(海洋保護区を含む)での増加だけで説明できないのではないか、というのが本間記者の推測。
 一つには、もともとウニを食べる習慣がないロシアで、資源として考えられてこなかったロシア漁業者が、日本でウニが高値で売買されているところに目を付け、合法とは言えない方法でウニを大量に日本に輸出。ウニを好物とするラッコの餌生物の減少と北海道での目撃情報増加と関係があるのではないかと彼は推測する。
 ラッコは、餌場ではその周辺の餌となる生物がすっかりいなくなるまでとどまり、食べるものがなくなると移動するという習性があるそうで、オスの独り立ちの性向と相まって、北海道に新天地を求めるのだろうか。ここでも回転寿司などで安価に食べられるようになったウニがどこからきているか、手軽に食べ続けることがいいことなのか、が問われるようである。


 次はトド。一部では「海生哺乳類管理として優等生」とされてきたトドの問題を水研センターの北海道研究所の山村織生氏が紹介した。トドは、かつては漁業被害の低減のため、無制限に駆除され、絶滅危惧種となった。しかし、1994年から漁業法による管理を受け、捕獲数が制限されたこともあって増加、昨年環境省のレッドリストから準危惧種にランクが下がった。
 2008年から導入されたPBR(Potential Biological Removal)の管理法(NOAAが海生哺乳類の管理に開発した手法だが、どうも恣意的に数を変えることで保守的な管理からリスキーな管理まで、いろいろと動かせるものらしい)で捕獲数そのものは倍以上に増えたものの、漁業被害は減らず、今後、捕獲数を増やすことで問題が解決するかどうか不確かになっているようだ。一方で、漁業者負担でなく政府が代替してきた銃など捕殺のためのお金の投入が、妥当かどうかを含めて沿岸小規模漁業者問題を総合的に考える必要があるのでは、と締めくくった。

 ここまでで出てきた課題は、1に国を超えた流通と消費の問題、そして小規模沿岸漁業を中心に人と野生生物の共存の問題をいかに考えるかの問題だと私は思っていた。
 先にも書いたが、現在、環境省が改生を検討中の鳥獣保護法の保護と管理とも強く関係する。というのも、この間、農業や気候の変化等のために一部野生動物(シカとイノシシ)の増加が明らかとなり、解決策の見いだせなくなった環境省は、今回の提案の中に「指定動物」という表現を盛り込み、鳥獣保護法の管理をはみ出した規制なしの捕獲を奨励。しかも、これまでの狩猟者による「駆除」でなく、捕獲機関の認可という捕獲専門会社による効率的な捕獲を目指しているのである。動物の福祉が科学性を持ち、人と動物との仕切りの壁が低くなっている国際的な動向とは異なるもので、今回のシンポの議論がこうした問題(方向性)をいかに見ているかは興味のあるところであった。

 ところが・・・
次は海洋大学の加藤秀弘氏による「危機に瀕するIWC国際捕鯨委員会の管理機能」という演目だ。

 ここでのはなしは「人と野生動物の共存」を探るとか、「大量消費をどうするか」という問題からはかなり遠い(沿岸漁業者問題では一致するかもしれないが、ここでは演者がミスリードしてあたかも政治が科学を殺し、国際世論が沿岸捕鯨をつぶしてきたように主張。クジラを食べる権利を阻害されてけしからん、というような方向になってしまった)

 IWCの管理については、管理手段としてのいわゆる改定管理制度というものがそれ以前と比べてどういう特徴を持ち、どのくらい完成度が高いか、他にどう役立つかという管理としてのもっとも完成度の高い手法の紹介ではなく、そういうものがあるのに捕鯨に反対する国々が商業捕鯨再開に反対して管理の機能を失わせていると、IWCの歴史的な過程のかなり不正確な解釈で説明した。
 そうした不正確さ(間違い)は、シンポで求められるの議論とは関係なかろうと判断したので、あえて質問も反論もしないで済ませたが、この演目を付け加えたせいでせっかくの会場を含めての議論が井戸端会議あるいは酒場談義程度に成り下がってしまったのだ。


 彼が主張するところの沿岸における捕鯨再開の壁となっているのは会議そのものではない。日本が調査という名目で行っているクジラの捕獲(特に南極海での)である。
1国の裁量で捕獲対象種、捕獲数を増やし続け、調査を継続させる目的(と当初には市場の継続のねらいもあったと思う)に捕獲物(鯨肉)を市場流通させてきた。1987年から実施してきたJARPAの評価では、調査方法が目的である個体数と自然死亡率の解明に役立っていないことが指摘されている。
 しかも、大規模は装備なしにはできない事業で、すでに採算が取れなくなった産業から、大手企業は撤退している。

 モラトリアムの開始時のアメリカ政府の沿岸捕鯨の温存申し出の拒否に始まって、特にこの間の交渉では、調査捕鯨の縮小、停止との引き換えとして提示されている沿岸捕鯨に強く反対しているのは日本(というか捕鯨推進議員)なのだ。

 加藤氏はアメリカのホガース氏(ファーガスではない、Hogarth)が議長権限で両サイドの解決案を含むパッケージ提案をしたと説明したが、最初に提案したのはその前の議長のデンマークのフィッシャー氏で、彼が提案をしておきながら病気のため議長任務を果たせなかったので、その役割がアメリカに回ってきて、ホガース氏が引き継ぐこととなった。
 彼は「議長のお友達グループ」というのを作って、非公開を含む作業部会を開催したことは確かだが、その後の合意形成に向かう流れから言うと、セントキッツ宣言(開催地ご祝儀)の後の流れによる3つのグループによる3つの会合について言及しなくてはならない。ラテン諸国の、捕鯨に反対し、沿岸地域のホェールウォッチングを推進するブエノスアイレスグループの会合、日本を中心とした捕鯨推進派によるIWCの‘正常化’を求めるグループが東京で開催した会合、そしてPEW慈善財団が支援してニューヨークと東京で開催した会合があり、最初の2つはそれぞれの主張を強めるための会合だったが、最後の東京での開催では国際司法裁判所の裁判長を務めた経験のあるネロリ・スレイド氏が中立的な司会進行を務め、日本のIWC交渉官も参加、真剣に合意形成を求めるものだったと思う。

 そして、その後ニュージーランドと日本の歩み寄りがあり、ホガース氏の後に議長として国際紛争の達人であるチリのマキエラ氏による新たな合意の枠組みが2010年に作られた。この中には、日本沿岸での捕鯨の再開の提案とともに調査捕鯨の段階的な縮小が盛り込まれていた。NGOも、商業捕鯨の再開とも受け取れるこのパッケージ提案にかなり恐れを抱いていたみたいだが、ふたを開けてみればそれに一番強く反対したのは日本の捕鯨推進勢力(特に議員)で、結局この時の合意形成も頓挫してしまって今に至る。

 IWCが具体的に物事を決定できない状態(一部に言わせると両者が動かしたくない状態)が続いていることは確かだが、異なる意見対立のある会議は何もIWCだけではない。それに、沿岸捕鯨業者の再開の願いを踏みにじって良しとしてきたのは日本政府だといってもいい。

 ついでながら、すでに過去の笑い話になっているクジラの食害説が、他の演題と合わせたのか問題提起の中に尾てい骨のように残っていた。もし競合を問題にするなら、壱岐の昔の話やオキゴンドウなど他の例を出せば少しは話題の足しになったし、もう少し生産的な議論につながったかもしれないのだが。
 司会は「意地の悪い質問」でほぼ片付けてしまったが、まだまだ、クジラが旬の魚を食べてしまうと思う日本人は結構いるようだ。最近もテレビのコメンテーターがサンマの高値をクジラのせいにしたって言うし。

 しかし、それでは面白みがないのかもしれない。なんたって、どんな問題だって、今の「日本人」はクジラ問題を海外の日本いじめにつなげたいのだ。食べようと思えば食べらるのに(というか、多くが見向きもしないため、余りまくっているのに)‘CBD条約でも認められている先住民の権利と同じように日本人はクジラをを食べる権利がある’という義憤が会場からでるわ、講演者の中には、海獣類を資源として扱えばいいのに、「悪いことをしている」ような風潮があって食べない(それより、日常の食が変化したので需要がないのだと思うが)という意見も出た。

 全体を通して問題を深めるのは主催者の役目と思うが、そのあたり今回は残念ながら見受けられなかった。

 せっかく先端をいく動物との共存問題を聞きにいったのに、旅が遠く感じられた一日だった。

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