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2010年7月30日 (金)

「イルカと泳ぎたい???」

 太地の畠尻湾といえば、イルカが追い込まれてくる湾だ。最近は知らないが、この湾内でイルカと殺も行われてきた。夏場は海水浴場になっているという話は聞いていたが、これは少し悪乗りの気がしないでもない。

http://osaka.yomiuri.co.jp/animal/genre7/20100729-OYO8T00562.htm

 ハナゴンドウというのは、マイルカ科のイルカで、大きさはバンドウイルカよりやや大きめ。通常は温帯や熱帯の深い海域を好むということだ。小型捕鯨、突きん棒、追込み猟で、畠尻湾のある太地のみ、毎年500頭余の捕獲が認められている。追い込みで捕獲し、隣のくじらの博物館で飼育している個体を、今回海水浴客誘致に使っているようだ。

 海水浴場でのイルカ「ふれあい」では、昨年の田辺市扇が浜が先輩で、昨年太地からバンドウイルカを2頭借り出し、海水浴客とのふれあいがヒットし、(そのうちの1頭はすぐに具合が悪くなって太地に送り返されるも)今年も企画継続のようである。こうした企画が増えて、イルカの飼育状況の悪化を恐れて昨年は扇が浜の責任者との
やり取りもあった。その成果、今回は「特設生けす」を海水浴場につくったようである。

http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=193052

 動物の保護と管理の法律など海生哺乳類にはあってなきがごとくで、本来の生息環境と似て非なる狭い環境、人ごみと汚染にさらされた動物を見てどこがうれしいんだ? と思うが、こうした興業が成り立つというのは、一般の人たちの無知と無理解の支えがあったこそだ。

 もし展示せざるを得ないのであれば(いかなる理由が成り立つとも思えないが)、本来は飼育担当の学芸委員がその生態などを理解させるくらいのほんの些細な努力があってもいいのでないだろうか。博物館は一応文部科学省の管轄のはずである。

 

2010年7月27日 (火)

イルカの捕獲、その2

 私たちは、たまたま1996年に、イルカの違反捕獲を見つけてしまった。驚愕のことであった。

 もうその捕獲地ではイルカ捕獲を実施していないが、当時は、一部の幹部以外、捕獲に携わった漁業者のほとんどが捕獲枠の存在を知らないまま、追い込まれたイルカ(オキゴンドウとバンドウイルカ)を水族館に販売し、また肉用にと殺して(おおむねは県外業者に)販売した。

 実は私たち自身が捕獲枠の存在を知ったのもそのときである。早速、枠外のオキゴンドウと、捕獲数を上回るバンドウイルカの解放を訴えた。と殺されたオキゴンドウは残念だったが、水族館に販売された6頭は、その後数日で水族館から海に帰された。これが多分、日本で最初の解放劇だったと思われる。

 現在はイルカウォッチングが営まれ、捕獲は2006年以降は行われていないし、今後も実施されないと思われる。

 その過程(初日の水族館のための捕獲、二日めのと殺シーン)は、二人のウォッチャーによって撮影され、IKANの管理の下にある。

 TheCoveが人気のようだが、実際はイルカのと殺の撮影に「始めて成功した」というのはこれでわかるように事実ではない。また、確かに、それほど広く知られたわけではないが、当時は繰り返しテレビでも放映されたし、この後に違反していた数が’さばよまれている’ことが発覚したさいも、かなり報道が行われている。

 その後、1999年にも同様に国内でイルカ猟が撮影され、テレビなどでの報道が行われた。また、このときのビデオがIWCで問題となり、その後、と殺シーンを一般から隠すようにというよう指導が行われたと記憶している。

 「外圧が問題解決にいちばん」と考えている人もいるにはいる。しかし私たちはそうは思っていない。国内で問題を提起し、行動を起こす。それを海外から側面的に支援するというのが解決の近道だと私たちは考え、実際に活動してきた。また、2003年に海外活動家が来日する際にもまず日本国内の活動を尊重してほしいと提言している。しかし、そうした脚光のあたらないやり方はふつうあまり歓迎されない。
 ということで、IKANの進言はまったく顧みられることがなかった。

 映画の結果、問題が解決できるならそれはそれで結構なことだ。
しかし、映画が大きく取り上げられたのは、内容ではなく、表現の自由の侵害問題であり、ドキュメンタリー映画のあり方議論でだ。今のところ、イルカ猟をどのように考え、今後どうすればいいのかという国内議論の方向に動いているようには見えない。

 映画そのものも、動物の福祉にささげられた活動家個人の英雄像が描きたいのか、日本が海洋生物の保護に後ろ向きなことを糾弾したいのか、海洋汚染を公にしたいのか、いろいろなことが雑多に並べられているだけで、論旨は必ずしも明らかではない。

映画(の浅さ)によって、よりナショナリスティックな方向が強まることが残念である。
 
 

2010年7月26日 (月)

イルカ捕獲に関して

 このところサボっていたといったけど、ずっとIWC前に水産庁にもらって公開してきたイルカ新捕獲枠をやっと担当者からいただいたので紹介する(ありがとう!Tさん)。

 イルカ捕獲枠は、1993年に新設され、関係する8道県に受託された(1999年に地方分権で地方事務になった)。それ以前はに実施されていたところの実績に基づき、80年代~90年代の沿岸調査に多少は配慮したものの、禍根の残る設定であったことは、水産庁担当者も口にしていたところである。
 しかし、沿岸のイルカ調査はその後、調査捕鯨における目視調査に付随して行われ、イルカの生息海域を元にした調査ではなかった。代々担当者は、その枠にあまりふれたがらないまま、捕獲枠は2006年まで変わらなかった。実際、こちらの問いかけにも、枠は下手にかえられない、もし資源量が増えていて、捕獲数が増えたらこまるのでは?というような、やる気のない返答が帰ってきた。

 その捕獲枠の見直しに着手したのは、例の「TheCove」ですっかり悪役となったM氏である。彼は、調査捕鯨の海域でのイルカ調査は適当ではないと、イルカに特化した調査のための予算をわずかながら獲得し、調査を開始したのが2006年。
 一方で、5年間のあいだ毎年の暫定的な枠の見直し(暫減)をすることにした。ただし、その中身は、イルカ調査が始まったばかりで実際に枠に反映できない状態ということもあり、また実施地域への配慮が優先されたため、必ずしも科学的とはいえなかったが。また、形として米国のPBRという予防的な間引きの方式を取り入れたといいながら、必ずしもそれに基づく厳しい設定にはなっていない。

 さらに、それまで定置網に混獲されて、保護の名目の元、相当数が水族館に販売されてきたカマイルカの
適正捕獲(水族館飼育の合法化)ということで、新たな枠を設定した。しかし、パブリックコメントを通じすべてイルカの新捕獲枠に反対だという世論への適切な対応が出来なかった。

 ということで、M氏の改革は、立場を勘案して功罪あい半ば(あるいは罪のほうが重い?)結果となった。

 ということで、新設された捕獲枠を見ると全体で前年より721頭減。中身的にはイシイルカの捕獲数減少(300頭くらい。実情から言うと、イシイルカの販売高はあまりはかばかしくない)とここ数年は実績がない静岡県の枠減少57頭で、映画で批判されている和歌山県で85頭となっている。

 ここで見ておきたいのは、沿岸の調査が、第三者機関の参加のうえ(日本の研究者がまじめだということは知っているが、海外から信用されていない事実を考えるべきだと思う)きちんと継続されること、少なくとも5~10年の調査結果を、捕獲枠の設定を’がらがらぽん’して、『科学的に』決定してほしいということだ。
Photo

 太地では70年代から継続されている追込み猟が、沿岸の個体群に与えてきた影響の率直に評価をすべきだし、それには、個々の種の生活史に基づいた調査が欠かせない。

 海外からの批判に対してきわめてナショナリスティックに反応するのはまったく解決にならない。きちんと調査し、調査結果を公開し、その上でどうすべきかの議論をすることで初めて、海外からの批判に対してもきちんと向き合いことが出来ると思う。 

2010年7月25日 (日)

海の日イベント終わった!さあ次だ

5月にナイロビの科学技術助言機関会合(SBSTTA)参加から、6月のアガジール、そしてCBD100日前イベントと
(私としては)疾風怒濤の日々で、すっかり、IWC報告も、イルカ問題もおろそかにしてしまった、と反省。
久しぶりに自分の時間もできたことだし、この間感じてきたことを整理しようと思った次第。

ナイロビの海洋・沿岸の議論で思ったが、世界とつながっている海こそ、国際的な枠組みや連携が必要だということ、そして、これまで海を目いっぱい利用してきた日本としては、ホスト国としての自覚を持ってこれまでの後ろ向きの態度を改め、この機会に国際の場での貢献を真剣に考えるべきだ。

国際交渉における各国の対応は国によってかなり異なる。国の民度を図るよいツールだと思える。NGOなどによる国際的公平さを求める意見が比較的反映されていると思われるEUなどは、わりとバランスの取れた発言をしているようだし、途上国はやはり途上国の利益を守ることが公平さのものさしと考えてか、連携して途上国への貢献を主張している。中国とかロシアとかは自国の都合をわりとはっきりと主張するが、それに対して、(CBDに関しては)日本の態度はあいまいではっきりした主張があまりない。

IWCにおいては少し異なる。
今回、2項対立を解消するための努力が重ねられて、沿岸での捕鯨を認める議長提案が行われた(議長本人は’健康’を理由に参加しなかった。そういえば、その前もデンマークが議長を務めたとき、議長提案の議論に当の本人は’健康上’の理由で出席しなかったっけ)。

今回、元農相の赤松氏が参加すると手を上げたことからか、舟山政務官が代表団に入った。これまでは、反捕鯨の国々が環境大臣など決定権を持つものを政府代表団に繰り返し投入してきたことを考えれば、日本政府としてこの課題に真剣に取り組んでこなかった/本会議で交渉する気持ちさえ持たなかったということが明らかだ。

23日の朝日特集でも繰り返していたが、舟山氏はもともと捕鯨に関する知識は皆無に等しいようで、急遽、水産庁のブリーフィングを受けて会議に臨んだということは、繰り返される発言、あるいは、(ポータルでは消去された)勘違い発言で明らかだった。ここでは、政務官が「いた」というだけで、相変わらず政治主導ではなく、官主導であることが暴露されたわけだ。

彼女は、「科学的な根拠での解決→日本だけが科学的→だから日本は正しい」というわかりやすい論理で日本の会議での立場を表明する。だから、他の国がそれを受け入れないことで「驚いた」とか「怒りを覚えた」というような
感情表現で,自分の情報の少なさをごまかしているようにも思える。

でも、議論で現れなくても、そもそも「科学」そのもので対立があり、日本のいわゆる「科学」が疑問視されていることについてもし理解が深まったとしたら今度もやはり「驚いた」り「怒りを覚える」てくれるだろうか。
政府が私たち市民の声を大j評するなら、JARPAに関する科学委員会での評価会議の資料を舟山さんにわたし、科学ってなんだろうという議論を政府内ですべきだ。

大体、議長提案で重要なのは、これまでのような規制のないところで1国が勝手に捕獲する種や頭数を決めて捕鯨を実施することへの懸念が大きくあるのだが、(つまり、無法者が好き勝手やっていて、それを規制できるだけの力がIWCにはない)そこで指摘されている対象が日本だという自覚は政府はもちろん、国内議論でも言及されたことははない。
そうした都合も悪いそもそも論がないところで、捕鯨に反対するいくつかの国がやっと妥協する気になった、でも
他の国はかたくなで妥協しようとしない、と非難することで、実は国際議論での妥協を嫌う捕鯨陣営をかばうことができ、国内ではあっちにもこっちにも顔を立てられるというのが今回の結果であろう。

せんだって、池上なんとかと言う人が、捕鯨問題がわかるというテレビショーをやるので見ろと人に言われ、久しぶりにテレビをつけた。
案の定、ごまかしと間違いだらけでうんざりするようなものだった。
あの人の意見は国民的に信頼されているのだろうか?われわれがあんないい加減なまとめ方をしたら、早速つぶされてしまうだろうに。

「調査捕鯨はIWCで許可されている」→1946年に捕鯨実施に伴って推奨された調査を、本体なしにしていることに関する議論は伝えない。
「調査捕鯨を開始してどれだけ生息しているかを調べた」→日本の捕殺調査では何もわからなかった。
「人よりも大量に魚を消費しているから間引かなければいけない」→昨年、IWCで日本政府は「そんなこと一度もいっていない。可能性があるから調査するといっている」と答弁。
「科学的な調査を実施しているのは日本だけ」→これまでも、個別のクジラの生態に関する調査は今期よく続けられており、その結果、南極で採餌しているクジラの繁殖海域などが特定されているなどさまざまな調査がある。また、オーストラリアが1昨年提唱し田IWC科学委員会や各国政府との連携した非致死的調査の第1回の発表がアガジールであった。舟山さんはーもちろんーおいでにならなかった)。

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