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2009年8月 7日 (金)

イルカの貸し出し(おまけ)

 連絡先を告げたので、「まちづくり田辺」の担当者の方から丁寧なメールをいただいた。
 小さな地方都市の振興を願った若者たちの企画であったこと、思ったよりもさまざまな障害があって
参加するボランティアの人たちもたいへんだったということだ。

 地方都市の過疎化や若者離れが深刻であることは理解しているつもりだし、そんな中で若者が
何かしようとする足を引っ張りたくはないが、企画としてたいへん安易であることは否めない。

 イルカの福祉のことを考えなくても、この手の客寄せは飽きられる。万が一、死んだとしたら、企画は裏目
に出るが、現在の飼育状況からいって、そういう可能性は低くない。

 命ある動物を利用するのであれば、まずわが身になって考え、どうすれば自分が気持ちよいかを知る
ことが先ではないかと思う。

 たとえば、海水浴場を家族で利用する場合を考えてみよう。
 アクセスのよさはまず第一だが、その工夫。
小さい子どもでも安心して遊んだり休息する場の提供、安全でおいしい地産の食事の提供など、
やり方次第で利用する側の満足できる場を提供できるはずだ。
 近くに公衆浴場などあるのも面白いかもしれない。

 また、海とそこにすむ生き物の多様性に関する展示を行い、子どもの夏休みの宿題にもつながる
工夫などもあってもいいかもしれない。地域の環境NGOなどがボランティアでいろいろと教えるなど、
他地域との差異性を出す工夫は他にもあると思う。

 でも、生き物を安易に取り扱うのは、子どもたちの教育のためにもどうか、どうかやめてください。
 

 

2009年8月 6日 (木)

イルカの貸し出し(続き)

 知り合いから紀伊民報に、田辺の海水浴場の貸し出されたイルカのその後が掲載されたと聞いた。
イルカのうちの1頭の体調が悪くなって太地に戻されたということだった。
 記事でも「白血球が減少した」というふうにふれてあったが、不特定多数の視線にさらされ、無理やりに身体にさわられることがうれしいわけはなく、免疫機能が低下するなど、体調不良になるのはなるべくしてなった結果だ。

 イルカ「ふれあい事業」の開始前に市に電話し、事業担当者にまわしてもらい、イルカ飼育に適切なところではないということをいった。今回、再び電話で原因を聞いたところ、わからないそうで「微熱が続いたので、たぶん置いておいても大丈夫とは思ったが、念のため帰した」という答えだった。もう1頭のほうは大丈夫だといとも簡単に答えるので、つい「消耗品と考えられていないいいのだが」といってしまった。
 「そんなことを言われるのは心外」と語気を強めて反論してきたが、命を扱っているという感覚からは程遠い、ずいぶん鈍感な反応としかいいようがない。

 たとえば、あなたの愛犬なり愛猫をひがな1日、たくさんの見物客の相手をさせ続けることを考えてみたらどうだろう。犬やネコでも大きなストレスがかかるのは当然理解できることだろうが、イルカは人間とともに生きてきた家畜動物ではないのである。

 さらに、イルカは社会的な動物だということは繰り返し書いてきたことだが、2頭いて、そのうち1頭が具合の悪くなるような環境に取り残される側の身になってほしい。「ふれあい」をはじめとした2頭分のさまざまな負荷に加えてである。

 扇が浜海水浴場は、この天候不順な夏にもかかわらず、イルカ人気で海水浴客が多かったと聞く。ヒト科の動物というのはずいぶんと鈍い動物だと思わざるを得ない。

 おりしも今日、イルカがクリック音などの音によるコミュニケーションに、人間と同様の身振りを使っているという
情報が来た。

http://www.telegraph.co.uk/earth/earthnews/5965626/Dolphins-talk-to-each-other-with-tail-slaps.html


 

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