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2009年7月21日 (火)

マデイラ行き-旅の終わり

 経費削減が不可欠な活動事情とあって、IWC会議ではいつものことだが、朝はホテルのビュッフェ、昼ごはんはスーパーでパンや果物を買ってすます。マデイラのパンは、レストランで聞いたところ、ピタを分厚くしたような丸いパンで、ガーリックバターを真ん中に塗って食べる。スーパーにもあるが、レストランで注文するとガーリックバターがたっぷり真ん中に塗ってある、表面がこんがり焼けたパンが出てきてこれがおいしい。
 Portsantferry
スーパーで買うパンも、皮がパリッとして中がしっとりした全粒粉や黒いタイプなどお好み次第といったところ、思いがけずおいしいのがうれしかった。それにトマトや果物、飲み物で一人2~3ユーロでおいしくいただけ、お腹もいっぱいになる。

 マデイラもポルトガル本土同様、漁業が盛んで魚料理がおいしいという前評判であったが、魚を食べないことにしてしまった私は、これについてあまりきちんと報告することができない。ただ、はからずもオフとなった金曜日に訪れた市場は、奥に広々とした魚市場が設置され、地元の魚がいろいろと並べられ、大きなマグロがぶつ切りにされていた。とても清潔な見学もしやすいつくりで、ぐるりと上階にしつらえられたギャラリーから、観光客が次々と写真を撮っていく。
 町中に何軒もあるレストランの売り物も魚料理で、屋外に並べられたテーブルでは観光客が赤い顔をして、CORALという地ビールやマデイラワイン、ポートワインを飲み、山盛りの魚料理をつついている。エスパーダという黒タチウオやサケ、イワシ、アジや鯛と種類も多く、おいしいという話だった。黒タチウオにバナナを載せたフリッターを頼み、すこしつまんでみたが、まったく生臭みがない白身の魚で、バナナとの意外性も思いがけず相性が良く、おいしかった。高いレストランもあるのだろうが、わたしたちがいったところは20センチくらいの大きなイワシ3尾のバター焼き(+山盛りポテト)が5ユーロと安かった。

 食べ物ついでに書くと、マデイラのお土産やさんに並んでいるハニーケーキと言う黒いケーキは、サトウキビのシロップで作られるもので中にナッツなどが入り、自然食店にあるキャロブケーキに似て、パサパサ感に好みが分かれるだろうが、私はけっこう好きだった。ケーキも、海外では甘すぎて食べられない場合が多いが、毎回、コーヒーブレイクに出たエッグタルトなどの小さなケーキは好評のようだったし、ホテル近くのベーカリーカフェで食べたケーキも甘みも抑えてあり、おいしかった。

 マデイラは最初に書いたように、海から突き出している島なので、ビーチというものがないに等しい。それで、観光客は、海辺に立ち並ぶホテルのプールで海を見ながら泳ぐ。白浜で遊びたい人や釣り人たちは、となりのポルト・サント島までフェリーで遊びに行くらしい。毎日、大きな白い船が何回も出入りしていた。
 毎週土曜日に行われる花火も海岸べりまで行って見物した。最初、1,2発打ち上げた後で、手元で暴発したような気配でそのまま止まってしまい、もう終わりかとあきらめて帰りかけたらやっと本格に始まった。日本の打ち上げ花火と似たようなものもあるが、色彩感覚が違うなあ、と思った。オレンジとか、緑とか、あんまり日本では見ない組み合わせや色が使われて、なかなか見事なものだった。
この花火大会も地元のおっさんに聞くところでは、前回はロシア、その前はイタリアというように、あちこちの花火を打ち上げるような趣向も凝らされているようだ。

 こんなことでもなければ一生のうちで来ることもなかったろう島で、花火を見物するのも不思議なものだ。

ついでに。

 帰りの飛行機の便の不具合で、リスボンに一泊することにした。夕方について翌日昼ごろには飛行場に行くことになっていたので、見物というほどの時間もない。しかも、マデイラの最後の日から雲行きが怪しくなり、強い風と雨に見舞われたが、ポルトガル本土でもそれが続いた。ホテルに到着すると同時くらいに驟雨。

 実はもしポルトガルにきたら一度は行きたかったところがある。「ファドの家(カサ・デ・ファド」と呼ばれるポルトガルの地歌のライブハウスである。ホテルのフロントにいくつかのパンフレットが置いてあったのをみて、フロントの人に聞いてみた。
するとホテルから「すぐ」にあるファドの家を紹介してくれた。ここが最高というので、雨がいったん上がったところで、教えられたとおりに行ってみた(実際は15分以上、石畳を歩く羽目になったが)。8時ごろから始まるよ、といわれて、その頃についたのだが、すでに何組かの人たちが食事をしてわいわい騒いでいた。ロビーで待つ間、そばに60代くらいの機嫌の悪いおっさんが2人座っており、後で、席に案内された後でギターを抱えてこの二人が入ってきたとき、ああ、この人たちが演奏するのか、と気がついた。
その二人の後から若いなかなか素敵な女性が入ってきて、早速歌が始まる。ああ、ファドだ・・・とそのこぶしの具合に、私の知っている唯一のファド歌手のアマリア・ロドリゲスの雰囲気を思い出す。ギターの音色もしみじみと美しい。
アマリア・ロドリゲスという人は、まだ私が子どものころ、父親に聞かされた「暗いはしけ」という悲しい、しかし美しい歌で知った。その歌は、フランス映画「過去を持つ愛情」の主題歌として世界にファドを知らしめるきっかけとなったものだ。他にも、「思い出のリスボン」とか「ポルトガルの4月」など、アメリカ映画の主題歌やシャンソンとして日本でも知られている歌がある(ホテルでは有線で「なつかしのリスボン」を繰り返し流していた)。

 その夜は、15分くらいずつ、5人のファディスタが競い合ってそれぞれのファドを歌った。70歳を越した巧者もいれば、若くて実に伸びやかに歌いあげる若い人もいる。「なつかしのリスボン」など人気ある歌になると、レストランの人々が一緒に歌いだし、手拍子を打って盛り上がった。これが本場のファドなんだな、と実感した。
 結局、最後まで粘って、ブラジルから来たというへんてこな夫婦と記念撮影する羽目にもなったが、思いがけない出来事となった。

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