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2009年7月 3日 (金)

マデイラ行き 1

 マデイラ行き- IWC61会議報告

 飛行機が高度を下げるにつれて、海から直接盛り上がる台地に、点々とオレンジ色の屋根が重なるのが見える。リスボンから2時間弱、マデイラ島は、壺を伏せたような形で大西洋にそそりたつ。

「大西洋の真珠」と呼ばれるこの島が,意外なことに「ちょっと熱海のようだ」というのは、旅の仲間が同時に感じたことである。海辺に立ち並ぶホテル群と急な斜面に連なる家々の様子に、日本の温泉地を連想してしまったのだろう。ただし、屋根瓦は暖かいオレンジ色、壁はオフホワイトときれいに統一されていて、その部分はヨーロッパ的な洗練が感じられるが。
 ホテルへの道中で見る島の植生は、本来の姿を想像するのが難しいほど多様である。アブラヤシ、タコノキ、イチジク、バナナ、タイサンボク、ゴム、ピラカンサやフジ、ニセアカシヤ(もどき)、プルメリア、さまざまな色の花の咲くキョウチクトウ。
 
 会議場となっているホテルは、島一番のカジノをもち、入り口にはど派手な看板がIWCのバナーの代わりに出ている。
 マデイラ地方政府は、最初、メディアとNGOに対して厳重なチェックを敢行しようとした。NGOの要請で、ポルトガル政府関係者が動き、事前の身分証明書の提出は見送られたが、登録の最初にパスポート提示を求められる。世界が恐怖によって分断されている実感がある。しかも・・・
 外務省は、マデイラ旅行者への注意事項として、人々を刺激しないために捕鯨の話題などは慎むようにとHPで訴える。

<会議の概要>

 今回会議は始まる前からすでに「何も起こらない」ことが約束されていた。そのため参加しなかった人たちも結構いるはずで、特に日本からのメディアの少なさは予想以上だった。 互いを思いやり「サプライズはなし」というのがホガース議長の方針である。

 主要な課題のひとつ、調査捕鯨、日本の小型沿岸捕鯨、サンクチュアリのパッケージはすでに来年の検討事項となっているが、会議冒頭、日本政府は正常化への貢献として、アラスカ会議からの決まり文句である「日本が本来認めていないいくつかの議題-すなわち、保存委員会の検討議題や小型鯨類等IWCの管轄外であると日本が考える議題の削除を求めない」ということに加え、調査捕鯨の捕獲数削減、サンクチュアリの容認といった「妥協」提案を行った。
 日本ではこの政府の意見を代弁する報道もあったようだが、私にはオーストラリア政府の「(IWCの管理を受けないで行われている)調査捕鯨こそが問題の根本原因であり、その検討がまず行われるべき」という意見がまっとうであるように思える。

 今回のもうひとつの課題は、デンマーク領グリーンランドにおける捕獲枠の拡大への対応である。前回チリで、グリーンランドはセミクジラとザトウクジラの新捕獲枠を要望した。セミクジラ2頭の捕獲は認められたものの、ザトウクジラの暫定枠は否決され(昨年の唯一の投票)、今年会議で見直されることとなった。今回の提案は、東グリーンランドでのミンククジラの枠の削減(200頭から178頭)とザトウクジラ10頭の5年間の許可願いであった。しかし、これはまだ反対意見もあり、2010年単年度の捕獲と再提案されたものの、コンセンサスを得られず、来年まで持ち越された。

 ここで、これまでの議論の問題点の典型が出てきたと感じた。
 先住民生存捕鯨は、一部先住民にとって、伝統的、文化的に不可欠な要素としてだけでなく、それを主要な蛋白源として活用してきた地域に、商業捕鯨とは異なる管理の方法で枠を算出して許可しているものである。
ここで問題となるのは、
1. これまでの地域消費の範囲を超える現金収入源として特別捕獲枠を設定するのか
2. 枠の無原則的な拡大は許されるのか
という先住民生存捕鯨の定義の見直しであって、カリブ諸国が競って演じた「先住民を特別扱いする新植民地主義」とか「飢えている子どもを見殺しにしてよいか?」といった義憤もどきは、論議の的を外れたものであるように思われる。

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