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2008年9月27日 (土)

生き物を知ることーまもりたい意識を培うために 1

 今週はたまたま、2つの貴重なセミナーに参加(聴衆として)することができた。

 ひとつは、IUCNのコククジラ西太平洋個体群(ニシコククジラ)に関するセミナーで、9月21日から、IUCNのニシコククジラの専門委員会が日本で開催され、そのさなかに山田格先生らの尽力でパネルメンバーの多くが出席して開催されたものである。

 中身は、ニシコククジラの回遊経路となっている国々で、どのような絶滅回避のための保護策がとれるかという今回会議の実践としてのまたとない機会であったが、IUCN-Jが海洋関連へのかかわりが不十分であるところに加えて、国立科学博物館が主催できなかったため(理由は想像してください)、十分な告知もされず、参加者は関係者がほとんどという残念な結果になった。

 まず、IUCNの海洋の責任者というべきカール・ルンディン氏から、ニシコククジラとIUCNのかかわりが紹介された。サハリンのエネルギー開発とその影響を受けるニシコククジラに関しては、すでに書いたと思うので、詳細は省くが、サハリン・エネジーを構成している会社のひとつシェルが、IUCNとのかかわりを持つことから、サハリン島の北東部の開発によってコククジラの主要な餌場への影響がどのようなものであるかという影響評価がサハリン・エネジー社からIUCNに委託され、独立した作業部会がIUCN内にでき、調査を行い、アドバイスをしてきた。そして、第2フェーズで石油・ガス採掘のプラットフォームからサハリン島に渡されるパイプラインは、コククジラに配慮して迂回経路がとられるという「影響軽減策」がとられた。
 もちろん、実情を知るものにとって、クジラ保護がこれで万全ということはない。餌場のほぼど真ん中に位置するプラットフォームそのものが問題であるのだが、そこは企業としては変えるつもりもないし、地震探査の騒音や操業時に起こりえる油漏れなど、コククジラの存亡はロシアン・ルーレット状態である。

 その後、IUCNは独立パネルを継続、IWC科学委員会との協力の下、プーチン元大統領への進言なども行い、周辺諸国へ働きかけている。日本政府は、今年1月1月にやっとニシコククジラを水産資源保護法にリストアップ、4月からは、所持・販売が禁止されることになった。この背景には、この3年間で5頭(それもメス)を定置網で死なせるという悲劇的な事態を起こしているからである。
 定置網混獲というのがかなり意図的なものばかりであれば所持・販売禁止が効くだろうが、日本列島周辺は定置網が張り巡らされているわけなので、法律に掲げられたからといって、保護策が十全とはいえない。回遊時期を把握し、監視を強化して、万が一に供えて1頭たりとも殺さない覚悟が必要であろう。

 私自身、いくつかの自然保護などのニュースレターにニシコククジラのことを書いたので、いくらかはその生態については知っているつもりでいたが、さすがに実際に調査にかかわっている人たちの話は面白く、さらにコククジラへの親近感がわいた。

 クジラの中でも初期に枝分かれした古い種であり、ハクジラなどに典型的な社会的な群れは作らないらしい。親子の絆もそれほど深くなく、1,2年で子離れする(それでも、子供を守る母クジラの勢いに、デビル・フィッシュなるあだ名をかつてアメリカでもらっていたことをどこかで読んだことがあるのを思い出した)。

 コククジラは北半球のみに生息し、3つも個体群が確認されているが、そのうちのひとつ北大西洋はかなり古くに絶滅した。人間の関与がかなり疑われるものの、絶滅の原因はわからないというのが正しいことも学んだ。

 もうひとつの個体群の東側コククジラとはカムチャツカでしっかりと別れている。東側の個体群は、ご存知のようにアメリカの海生哺乳類保護法の導入で強力な保護策がとられ、絶滅を免れて現在はレッドリストからはずされるという輝かしい復活の歴史を持つ。

 一方、ニシコククジラはというと、餌場はわかっているが、繁殖上の確認は出来ていないということで、その早期発見と保護が待たれる。夏から秋にかけて1年分の餌(甲殻類や無脊椎動物、小魚)を食べ、その後体重が30%も減る場合があるそうである。いわゆる『やせクジラ』といわれるものが一時期増えたが、この餌のとり具合なのか、それとも健康上の理由なのか、まだ分かっていないようである。

vニシコククジラは、1974年にいったんは絶滅を宣言されたが、その後定置網にかかったなどの事件日本でもあり、1977年に韓国で個体群として生存していることが確認された。

 さて、日本とのかかわりである。沿岸近くに生息し、動きも緩慢であったコククジラは結構早くから捕獲されてきたらしい。日本沿岸で捕獲が難しくなると、古式捕鯨の時代にも、朝鮮半島に捕鯨者は出かけて言ったというのも結構驚きだった。また、近代捕鯨になって、同じく日本沿岸で取れなくなって朝鮮半島で捕獲を行ったが、捕獲のピークは75頭で、翌年から激減している事実から、この個体群がもともとかなり小さかっただろうということも理解できた。

 (大隅清治氏は『資源として健全に回復させて捕獲する』というようなことをあとで言っていたが、採算が取れないような小さな群れを果たして持続的に捕鯨できるのだろうか?このあたり、日本の楽観主義というか、非現実的というか、無責任というか・・・)

 ニシコククジラの移動経路は、大陸沿岸と日本列島の日本海側、太平洋側と3つあるそうだ。メインは大陸沿岸ということだが、この間日本の太平洋側での混獲があいついだことから、移動経路が代わってきているのではないか?と考える研究者もいるようだ。
 
 外国から来たパネルメンバーは日本に遠慮して、なかなかズバッとものを言わなかったが、その分、粕谷俊雄先生が厳しく日本の取るべき方法を指摘された。
 法律が出来たからといって解決できるものではなく、業者を含む多様な関係者がきちんと関与すること。行政のやるべきこととともに、市民がもっとしっかりと監視を行い、行政を動かさなければいけないとまたまた背中を強く押される思いがした。

 それにしても、一般参加者の少なかったことはもう一度言うが残念でしかたがない。

 もうひとつのセミナーは南極のオキアミ。でっかいものから小さいものになるが、またまたここでもオキアミの魅力に取り付かれた次第。オキアミについては後日。

 

 
 

 

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