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2008年2月20日 (水)

イルカ追い込み猟について考える

  2月16日に、和歌山県太地のイルカ追い込み猟で、バンドウイルカ約100頭が追い込まれたと聞いた。太地では、バンドウイルカを突きん棒と追い込み猟で捕獲できることになっており、その数は前者が95頭、後者による捕獲枠は842頭である。今期では昨年中のバンドウイルカの追い込みはなく(見つからなかった)1月に20頭水揚げ(と殺)しており、今回が2度目になる。
 
 数年前から、太地のイルカ猟については海外からの大きな抗議の声が上がっており、海外では繰り返し、その様子が報道されて、人々の怒りを買っている。
 一方で、国内での報道及び反響は海外の熱さに反比例するように少ない。捕鯨と同じように、海外からの抗議が返って国内での問題意識を海外への反発という本来あるべきところから遠ざける結果になっている。

 IKANは、海外の抗議に一定の距離を保っているが、それは、イルカ猟の持つ問題点に関して国内での冷静な議論の場を作り出したいからであって、決してそれ自体に問題がないと思っているわけではない。

 追い込み猟は、太平洋側のいくつかの地域で古くからあったものの様である。特に伊豆地方では、江戸期に追い込み漁が行われたが、その技術が改良され、捕獲数が飛躍的に増えたのは戦中、戦後のことと思われる。
主な標的であったスジイルカが捕獲数の激増でいなくなり、その後、同じような乱獲がマダライルカでも行われた。マダライルカの次に捕獲されるようになったのがバンドウイルカなのだが、その過程で伊豆地方に4箇所会ったイルカ猟実施地域は1箇所を残すのみとなり、残された富戸でも2003年を最後に行われていない。
 ここでわかるように、追い込み猟という方法は大きな群れを作るイルカの捕獲方法として効率がいいが、イルカを消滅させうる方法でもある、つまりまったく持続的ではない漁法であるということだ。

 太地での追い込み猟は、伊豆地方の技術を取り入れた1969年以降、その数や種を増やしていく。伊豆地方と同じようにバンドウイルカを捕獲し始めたのは他のイルカが減少したためといっても間違いではないが、当然ながら、捕鯨モラトリアムの時期にその捕獲数は増大した。

 しかし、現在は、与えられた捕獲枠を必ずしも満たしているわけではない。イルカ類の減少とともに、調査捕鯨の拡大に伴う鯨肉あまりが販売不振を招いている。また、ハクジラ類への化学物質の高濃度汚染も、イルカ類の肉としての流通を鈍らせた。
 そのため、現在はむしろ、水族館用の生け捕りのほうが値段もいいということで、イルカ漁業者はそこに活路を
見出している状態だ。

 追い込み猟の影響への懸念はすでに1996年に水産資源保護協会による「日本の希少な野生水生生物に関する基礎資料」に記述されている。バンドウイルカにかんしてはこうだ「本種の生態に関する諸外国の研究によれば、本種には沿岸と沖合いに異なる系統群が分布する例が多い。さらに、沿岸性の系統群のなかにはコミュニティと呼ばれ、数十~数百kmの限定された沿岸を生息圏とする個体群がいくつもあることがわかっている(中略)。日本では研究の遅れにより、このような個体群構造は明らかでなく、漁獲の影響を詳しく評価することはできないが、狭い沿岸域で年間数百頭の漁獲をあげた場合、特定コミュニティの絶滅や漁場周辺を主な生息域とする個体の数が漸減し、地方的な資源の枯渇が発生する可能性があるので、警戒が必要である(粕谷・木白、1995)。」

 書かれてからすでに10年以上が経過しているが、その間に抜本的な保護策はとられていない(捕獲枠の変更でおよそ50頭減)。今回も、100頭すべてを捕獲しても、なんら問題はないことになる。

 しかし、彼らイルカの存亡がわずか数十人の人々の都合で決定するということが果たして許されていいものだろうか?
 自然は誰のものでもない。しかし、私たちの賢明な選択としてはできるだけ傷をつけずに次世代に受け継ぐということが求められるのではないのか。人による乱獲だけではなく、化学物質汚染による生殖への影響や集団座礁、温暖化による餌生物の消失など、彼らの運命を脅かすことに事欠かない時代なのだから。

 


 

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