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2007年6月30日 (土)

アンカレッジ日記(おしまい)

アンカレッジ日記(7)
 IWCに参加するNGOに対する意見というのは立場によって異なるが、このところ、その参加資格が議論されている。来年度には、IWCにどう貢献するか、文書提出が義務付けられるようだが、私たちはこれまでちゃんと貢献してきたと思っている。毎年、何らかの「お土産」を心がけているのだ。最初は1999年、日本の商業捕鯨再開と調査捕鯨に反対する団体署名で74団体を集めて共同ステートメントとした。日本は一丸となって捕鯨推進という政府のコメントを聞いていた人たちはびっくりしたようで、いろいろと質問された。大隅さんも、団体の日本名と住所を教えてほしいと言ってきた。
 今年は、「クジラが魚を食べ尽くす?んなはずがない!」の英文パンフレットで、日本支持の小国の多くは、「自分たちは捕鯨なんかしないけど、魚を食べられちゃうのは困る」と主張するので、急遽出かける直前に出そうと決めた。回りに迷惑かけましたが、大変に好評で、あっという間にパンフレットがなくなってしまった。でも、もし貢献度を所属国が審査するなら、今後の参加は絶望的かもしれない・・・・・・

<ホエールウォッチング>
 3日目の最後の議題はホエール・ウォッチング(WW)だった。「捕鯨を推進するための会議にはなじまない」とこれまで日本政府がたびたび議題の削除を要求してきたものだ。
昨年あたりから少し態度が変化し、「捕鯨とウォッチングが両立する」などというようになった。日本人は、国内だけでなく、海外のウォッチングツアーに積極的に参加していることは隠しようもない事実だ。
WWは最近の成長産業で、ところによっては観光収入が前年比の倍になったという報告もある。IWCでも「クジラ利用は、殺すのではなくウォッチングに切り替えるべき」とする意見もあり、無視できなくなっているのだろう。小さな資本でも始められる利点があり、中南米や南アフリカ、南太平洋諸国で期待の産業になっている。
科学委員会からはWWのもたらすクジラへのインパクト、調査に関しての産業への生物学的データの提供の重要性など議論と、ワークショップを2008年の会議の前に開催することが報告された。

会議ではラテン諸国などが、WWが社会経済的に沿岸社会に良い結果をもたらしたことを上げ、非致死的利用の推進が主張された。セント・ルシアはWWがクジラの繁殖海域で行われたことへの懸念を訴え、ノルウェーはWWをサポートするものの、イルカやクジラへの影響をニュージーランドの例を挙げて指摘し、それが唯一持続可能な利用であることに疑問を呈し、ルール次第で捕鯨もウォッチングもどちらにもなりうるとした。
オーストラリアは南太平洋におけるWW産業がいまでは10億を超すような大きな産業であることをあげ、南大洋でのクジラ捕殺に抗議した。
ニュージーランドはノルウェーに答えて、イルカへの影響はむしろ船の航行問題であり、影響の軽減を図るとした。アンティグア・バービューダは、観光収入は一部にしかいかず、自国の沿岸や内陸で貧困が広がり、見るより食べることを選択せざるを得ないとした。
日本は、いずれの方法も支持すると述べ、先住民生存捕鯨というカテゴリーと同じように、先住民生存WWというカテゴリーを作ったらどうか、と真意の分からない意見を出した。
 このあと、アルゼンチンがクジラの非致死的利用に関しての決議案を15カ国の共同提案として提出した。
これについては、捕鯨推進国が文面に「致死的利用も入れるべき」としたが、致死的利用に関しては、あえてここで入れる必要がないという提案者側の意見で票決に移った。結果は賛成42、反対2、棄権で採択された、日本はまた、決議には参加しないという立場で、それに同調した国は20カ国。5カ国が不在だった。
ブラジルとアルゼンチンがセントキッズの雪辱を果たしたともいえる一瞬だった。

5月31日(最終日)

9時に間に合うように、大急ぎで会場に着くと、会議の前にコミッショナーミーティング(非公開)があるので、開始が遅れると告げられた。いつも、どんなことを話しているのか興味しんしんだが、今回はそれほどもめたわけでもないらしく、30分ほどで本会議が再開された。最初は、グリーンランドの捕獲枠についての続き。賛成する人たちは修正前のものでいいというし、反対している側は、ミンクの数の拡大まではいいけど、ホッキョククジラは来年まで待ったらどうなの?という意見。それでも、おおむね、再々度の修正案を提出して必死で枠を獲得しようという態度は好感を持って見られている。ホッキョククジラ枠2頭は最初はゼロで、次年度持ち越しだが、文中のtaken(実際の捕獲)がすべてstruck(つまり銛を打った数)に変更された。結局、修正案は投票にかけられ、賛成41、反対11、棄権16で付表修正の数(4分の3)を満たして採択された。

<ワシントン条約(CITES)との関係>
 イギリスが、アイスランドの商業捕鯨再開に対して抗議した。いくつかの国がそれに同調した。しかし、アイスランドがこれから選挙を行い、政権交代の可能性があるとして、新政権における政策を見てから決議文をだすつもりであるといった。アイスランド国内でも観光業者は捕鯨再開に反対していると聞く。

次にイギリスは、ワシントン条約との関係に関する決議案を読みあげた。
「国際的にクジラ資源の保護と管理についての資格を有するものはIWCである。IWC科学委員会がその資源量の推定をしている。また、1986年にモラトリアムが発効してから、クジラ肉の商業利用は禁止されており、野生生物の国際取引を管轄するワシントン条約でもIWCの決定を尊重して独自に野生動物のランク付けをするべきではない」というもの。
日本政府が4分の3の票獲得をせずに、モラトリアムを失効させようという方法は、小型沿岸捕鯨の特別枠のほかに、ワシントン条約におけるクジラの格下げ提案がある。今回のハーグで行われたワシントン条約会議でも、大型クジラのランクの見直し提案を行い、かなりの大差で採択されなかった。こうした提案はこの間毎回、形を変えて行われてきた。 

  現在、日本は6種のクジラ(ツチクジラ、マッコウクジラ、ミンク(北、南とも)、ニタリ、イワシ、ナガス)を留保している。ノルウェーもアイスランドも留保しているので、実際には取引しようとすればできないわけではないが、取引したいがためではなく(輸入は避けたい)、モラトリアムに穴を開けるのが目的だ。そのため、たとえばミンククジラなどが絶滅の危機にはない、という主張で格下げ提案をする。しかし、ワシントン条約会議では、それはモラトリアムでの取引禁止という制約がなくなってからでしょう、ということで毎回否決される。
イギリスは、ワシントン条約で資源評価を個別にやらないで、IWCがクジラに関しては権威であることを明確にしよう、と強調したのだ。たくさんの旗が揚がり(意見を言いたい)、議長は時間の制限があるからとそれぞれ5カ国のみ発言を許可することにした。その上で、提案は票決にかけられた。オランダは、数日後に始まるワシントン条約会議のホスト国であるからと留保し、ほかは大体がいつものように投票(参加を辞退)し、37対4、棄権4で採択された。

<科学委員会のその他のお仕事>
 最後に残っていた小型鯨類などについての報告があった。今年の主要テーマはシャチ。前回のレビューが行われたのは1981年だったので、それから比べていくらかの進歩があったが、まだ解明されない部分も多い。今回は、新しい知見にそってシャチの生態や生活史、生息を脅かす要因などが検討された。羅臼で起きた群れごとの座礁(氷に閉じこめられた)については、とりわけ群れの中に異なる遺伝子を持つ個体がいたことが注目された。ノルウェーでの詳細な調査では、北米とはまた異なる個体群タイプ(ミンククジラを主食とするもの、鰭脚類だけのもの、魚を食べるもの)の存在が報告された。懸念要因として、カムチャツカでの2002年の生け捕り事件、グリーンランドでの2000年と2005年に15頭から34頭の個体が捕獲されたこと、また、モロッコで1995年に開始された延縄によるマグロ漁業の阻害要因として、2004年に2頭、2006年に6頭の捕獲があったらしいと報告されている。スペイン政府とモロッコ政府にちゃんと調査しなさいという勧告。

 日本に関しては、1948年から1500頭以上の以上のシャチが捕獲された結果、沿岸におけるシャチの減少と地域個体群の絶滅を引き起こした可能性があるとして、親潮生態系のシャチに関しては注意が必要なので、今後の調査と個体数のアセスメントが勧告されている。

 
 生存が絶望視されている揚子江カワイルカ(バイジ)については残念であったというコメントがあり、中国もできる限りのことをしたと報告。日本さえ、中国を支援したと発言した(小型鯨類はIWCの管轄外であるがとしながら)。また、同じような懸念をもたれているメキシコの小型イルカのバキータについで、ベルギーが保護のための決議案を提出。珍しく、日本もそれに(積極的にではないが)異議を唱えずにコンセンサスで通過。
 科学委員会のレポートは最終的に採択された。
 次の保護委員会は、時間がないため、付託事項を次回報告するということで議論なく、レポートは採択された。違反に関する委員会報告もはしょられた。

 そのあとは財運。最初は会議の公用語で、フランス語、スペイン語の同時通訳や資料の翻訳作業と経費について、NGOの便宜地籍団体の排除と参加の仕方、IWCの運営に関しての法的な助言と続く。
 昨年に続き、事務所移転の話も現在借りているケンブリッジの建物の賃貸契約の継続か移転かで意見がわかれ、今年もらちがあかない。
 スペインが年度のGDIの計算方式により、分担金が突如前年度の倍になってしまい、予算措置に問題が出たために、評価の方法を考えてほしいという提案を提出。どの時期の世銀データを使えば合理的かで議論があった。国連のコントリビューション会議のメンバーであったアルゼンチン代表が、毎年の見直しではなく、3年ごとにするなど、算出方法を考えたほうがいいとアドバイス。スペインは、その道の専門家でもないので、専門的な知識のあるところに任せるということになり、日本政府が財運の文言修正を引き受けた。スペインは、自分のところの例がほかの国にも問題を引き起こす可能性があるから提案したとし、提案は合意された。
 次のアドバイザリーコミッティの議長にチリが選出された。

<小型沿岸捕鯨ー続き>
 議長に何度も促されても延ばし延ばしてきた日本の小型沿岸捕鯨枠についての決着をつける時がやってきた。
日本は付表修正(の採択)は事実上不可能なので、さらにいくつかの国からのアドバイスを盛り込んで決議案としたということを述べた。科学委員会には早急にミンククジラの捕獲枠を設定してほしい、また、今回はそれまでの暫定的なものとして、沿岸地域の救済を考えて検討してほしい。もちろん、異論があることは承知しているが長い議論は必要ないと森下さんは訴え、議長は賛成、反対の意見をそれぞれ限定して求めた。
 アイスランドは、一貫性をもって、誰が持続可能な捕鯨ができるかで決めるべきだとした。日本が期待以上の譲歩を行ったことを評価した。セントルシアは日本が大変な作業を行ったことを評価、ギニアは(先住民捕鯨と商業捕鯨の)ダブルスタンダードを持つべきではないとした。
 一方、ニュージーランドは、日本の資源評価が科学委員会の作成したものではなく、調査捕鯨枠に法律手続き上の拘束力がないことを問題とし、新しい捕鯨のカテゴリーは認められないとした。アメリカは、日本の譲歩を評価し、2,3年で科学委員会の作業が終了する予定だからそれまで待ったらどうか、といった。

 森下さんは、支持国に感謝を表明し、そのあとで既存の枠組みではうまくいかない状態があることを訴え、付表修正ではなく決議にした経緯を再度話し、論理的な解決は、これまでの考え方を改めて新しい方法論に変えることだと述べた。そして、(この決定に)幻想を抱いているわけではないし、また「正常化」に反して分断を促す結果になるので投票を望まないが、もう他に解決法が思いつかないとして、マイクを中前明水産庁次長に回した。
そして、中前次長が日本を代表して、用意された(これを用意していたので、議論を延ばしたのだろうか?)怒りのメッセージを読みあげた。「両極化したIWCを正常化するための役割を果たす最後の機会であったにかかわらず、沿岸小型捕鯨が否定されたことは、この委員会が機能を失い、崩壊していることを意味している。これまでの決議で沿岸社会の文化的・経済的価値を認めてきたのにかかわらず、今回の控えめで正当な要求がさまざまな形で否定される結果となったのはIWCのためにも残念である。アメリカのやり方は、自国原住民捕鯨を認めながら他国のものを認めないというダブルスタンダードに他ならない。また、RMSの作業を開始しようともしない。自分たちは相互不信を打開するために東京で会議を開き、NGOやメディアにも門戸を開き、対話の醸成を図ってきた。セントルシアの大使が言うように、もはやわれわれの忍耐も尽きた。与党を中心にIWC脱退と新機関の設立を促されていたが、今後はこれを検討する」という長いもので、今回初めて会議の席上で脱退と新機関の設立を発言したことになる。しかし、この発言はメンバー国の動揺を促すことなく、議長は次の議題に移った。

* 日本のメディアは、日本も欧米の理不尽なやり方に堪忍袋の緒が切れたというような論調だったが、実際に見たところでは、忠実に作られたシナリオどおりに事が運んだというようにしか思えなかった。科学委員会が資源評価を近いうちに出すといっているのに、しかも調査捕鯨という名目で沿岸捕鯨を実質的に獲得しているのに、暫定的に沿岸を救済してほしいという日本の主張は根拠に乏しい。
 これまで、沿岸捕鯨だけではいやだといい続けてきたのは日本政府で、今回だってこれまでと変わらず「公海での捕鯨はやめない」という前提で、しかも票の読み方は日本にいたときから分かっていたことだし、いまさら怒りを爆発させるような事態でもない。
もしかしたら、ザトウクジラを殺さなければ、認めてやるとメンバー国が言うと思ったのか? それも人を馬鹿にした話ではある。

 どうもこの怒りのポーズは「沿岸ができないのは私たち(日本政府)のせいではありません。理不尽な欧米が認めないからなのですよ」という沿岸地域社会への言い訳と「ちゃんと働いているから今後の予算もよろしく」というメッセージを兼ねたものだとしか思えない。 沿岸地域社会の人たちだって、実際はこんな茶番にだまされてはいないだろうと思うのだが。


<2009年の開催国>
 次の議題は、2009年の開催国決定で、昨年、ポルトガルがマディラ島で開催したい旨発言し、一方で、横浜の中田宏市長が開港150年記念行事として招致に立候補していた。今回横浜からは、若い女性スタッフなど5,6人が参加し、会場付近で色刷りのパンフレットや絵葉書を派手にばら撒いていた。
 最初に、映像によるポルトガルのプレゼンテーション。色彩鮮やかな絵のような島の自然と人々の暮らし、爆発するようなカーニバルのエネルギーそして紺碧の海に泳ぐイルカやクジラの姿。観光の優等生!といった映像だった。
次は横浜。
横浜は私の故郷で、さまざまな思い出にあふれている町なのだが、中田さんの横浜の紹介は、ペリー率いる捕鯨船がやってきたことが開国のきっかけになったということの強調(反・反捕鯨の論客の市長の好みの反映)に付け足して、みなみみらいの観覧者、パシフィコ横浜。そして、「環境」として紹介されたのは八景島の水族館の魚の展示とズーラシアのオカピ。ほかは日本情緒のありきたりな宣伝で京都まで2時間とか、鎌倉の大仏、お茶を立てる着物姿の女性とどこが横浜?と首をかしげるPR会社のやっつけ仕事。横浜を知っている人とはとても思えなかった。そして最後に2009年には横浜でお会いしましょう!というメッセージ。
 その上。
 そのみっともない映像を流したあとで、「こういう事態になってしまったので、横浜は招致を辞退します」ときた! もしかしたら、税金が使われたPR映像だから流さざるを得なかったのかも知れないが、あの映像を見て誰が「残念」と感じるだろうか?いずれにしても、参加国の多くが、配られた無記名投票用紙を使わずにすんでほっとしたに違いない。

 5時の結婚式までに引き払えるのか、とはらはらさせた議事も、これを頂点におしまいとなり、最後は議長から関係者に、各国から議長に、またホストしたアラスカに、といういかもの儀式で終わりを告げた。次回はチリで開催される。

 あわただしく帰り支度を急ぐ各国やNGOに混じって、消化不良のような後味の悪さを感じつつ会議場を後にした。昨年は対立している内容を盛り込んだ「宣言」が採決され、通過したのを見たわけだが、それでも今回のようなもやもやした感じの悪さを覚えたわけではない。会議そのものも、日本政府が会議場で脱退と新組織の立ち上げをいってしまったということを除いては、予定調和といえなくもない終わり方だ。それでも何となく重ったるい感じがするのは、森下さんが言ったように「もう何も打つ手がない」といういよいよどん詰まりに着いたのか、という気持ちに似ているのかもしれない。

 今回は、対立を避け、対話を重視し、合意形成を図る会議という建前だったが、実際には誰も彼もが(グリーンランドは少し別かもしれないが)欲求不満に陥った会議だったと思う。日本は調査捕鯨を中止しない。これが条約に認められた正当な権利なのかどうなのか、1国の裁量で行う捕鯨をどこまで受容していくのか、IWC委員会としてきちんと議論し、結論を出さない限り、実際IWCは機能していないといえる。
もし日本がこの点に関して妥協点を探る努力をすれば(ザトウを取引材料とするような変則ではなく)対話というものもあるかもしれない。この点については、もしかしたらIWC会議では解決しないもっと別のレベルでの話し合いなのかもしれないが。

 私自身は、「ザトウクジラを殺さないで」という強い願いをこめて署名を集め、渡航費用を工面して会議場にやってきた3人の少女たちのかたい顔つきを思い出して、多少ともセンチメンタルな気持ちにならずにはいられない。

 アラスカの空は、真夜中まで明るいので、私たちは、少しはいい空気を吸いに、浜辺に歩いていった。会議場からほんの10分くらいで、干潟に沿ったトレイルがあり、アンカレッジの住民とおぼしき人々が犬の散歩をさせたり、夕食後の散策を楽しんでいた。
 トレイルに平行してアラスカ鉄道のレールが走り、やがて列車がゆっくりと走ってくるところが見えた。夕日に映えて黄色い車体がまぶしかった。
また、20分ほど歩くとそこには潟湖があって、中ノ島にたくさんのカモメともに、ガンやカモの姿があり、ここちよい風に吹かれて気持ちも和んだ。

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