毎日新聞2日版「 なるほドリ エコ」にため息

 新聞もこっそり値上げするということだが、それなら、記事の内容をもっときちんとして欲しいと思う今日この頃。

今朝も毎日新聞「月刊なるほドリ」では、先週のこども新聞に掲載した「クジラと日本人」を中身変わらず、構成を変えて掲載。こんなのでお金取らないでほしい。

昨日の「なるほドリ」、エコというのが付いていたので、環境等を主に扱うのだろうと推測。しかし「水族館の新団体 役割は」

と言うタイトルのため息が出るような企画だった。(だいたい、いつでも批判なしの水族館礼賛に変わりはないので今更なのだが)

「持続可能な水族館の在り方を考える任意団体『日本鯨類研究協議会(JACRE)』が3年前に発足し、この夏、法人組織移行を決めました。水辺の生き物たちと私たちをつないでくれる新しい水族館の形を模索しています。」と言う前書きが付いている。

副題に「JACREってどんな団体なの

    水生生物の情報交換が目的」

とある。Q&A形式で、どんな団体なのか、

  A 海に囲まれた日本は世界でも水族館が多く「水族館大国」と呼ばれていますが、水族館に特化した組織はありませんでした。

   環境問題に注目が集まる中、水族館の在り方を考え、発信力を高められればと法人組織を目指すことを決めました。

安易に入手できるイルカをショーに使って集客する水族館のあり方は、まともな動物園からも以前から顰蹙を買っていたと思うが、「環境問題に注目が集まる」状況で水族館に特化した組織が一体何を目指すか、紙面からは全く見えてこない。

記者の考えでは「人工繁殖」が答えのようだが、すでにクジラ類の持つ社会性などから、飼育はもちろん、繁殖も禁止している国さえあるくらいでその傾向はますます増えていくはずだ。

最近も、ロシアでいわゆる「監獄」と言われて批判をうけたシャチとベルーガの蓄養施設に関して、ロシア当局はNGOや専門家と協議の上、捕獲海域に全てリリース。シャチに関しては、すでに野生の群れに合流したと伝えられる。もちろん、この後、ロシア当局は、娯楽目的の野生鯨類の捕獲を禁止した。

日本のメディアはこうした問題を語ろうとはしない。だいたい、野生の群れから切り離して捕獲し、自然に逆らって同じ海域かどうかもわからない(別の国の可能性が強い)個体と繁殖させることで子どもたちにどのようなイルカ類に関する知識やそれに関連しての海に関する知識が与えられる?せいぜい考えられるのは、「一番偉い人間はこの地球で何をしてもいいのだから、好奇心があればどんな勝手をしても許されるんだよ!」という歪んだ知識ぐらいのものではないのか?

野生のイルカがどこに分布し、どのような生活をし、どのような仲間との社会性を作るのか、飛んだり跳ねたりしたらわかるわけでなし。

イルカとイルカ飼育のことを知るには、これまで撮影された、イルカ捕獲時の様子でもビデオで流したらいくらか問題の把握ができるかもしれないのだが、そんなことはやらないでしょ?

だいたい、海に囲まれた日本が「水族館大国」と言われていること自体が恥ずかしくないのか?

海に囲まれた国だからこそ、その分、海洋環境や海洋生物に関する教育がしっかりしていることが重要だが、鯨類だけでなく、海の生き物すべてにわたって安易な入手が可能であることから、水族館が乱立しているだけで、飼育の不手際や設備などの不備で、いっぺんに何百という生物を殺してしまったというようなニュースも少なくない。

だいたいが、自分たちが食べ続けたい魚がどんどんいなくなっても、食べ続けることを一義的に選択しているような国民に対し、水族館がいったいどんな教育を与えているのだろう?魚消費に関するガイドブックを作って、減少している魚を把握できるようにしているどこかの水族館を見習ったらいい。

 

日本動物園水族館協会(JAZA)の説明があり、なんでJACREを作ったという言い訳も。

   「JAZAが2015年に加盟する施設に対し、追い込み漁による野生イルカの入手を禁止しました。それに伴って、

     イルカに関する情報交換も低調になってしまいました。」と続く。

なんで「追い込み漁による野生イルカの入手を禁止すると情報交換が低調」になるのか、全く何の説明もなく、理屈になっていないい。「学術研究」だったはずのシャチだって2007年の成果発表で情報共有なんかしていないことが明らかになったのに、ほぼ’使い捨て’のイルカで情報交換をしっかりやってきたなんて!?とびっくりである。

追い込み漁に関しては

    「イルカが嫌がる音を使って湾内に追い込み、網で捉える漁法です。鯨食文化のある日本に古くなら伝わる漁法ですが、海外からは

     度々残虐だと批判されてきました。」

追い込みは、確かに古くから行われてきた捕獲方法だ。しかし、今問題になっているのは水族館用の捕獲なのであって、百歩譲って「イルカ漁は伝統」だとしても、イルカ肉需要がなくなっている中で、産業従事者が金を稼ぐために行っているのが生け捕りだということは素人でも分かりそうなものだ。生きたイルカは日本の水族館だけではなく、海外にも高額で売り飛ばされている。それをごちゃにして正当化するような論法を少なくともメディアがやるべきではない。

JACREが本気で環境問題を考えて、水族館の在り方を考えてくれるならそれはそれで結構だが、そこにはいつ到達するのだろうか?イルカ追い込み漁が「海外から残虐だと批判されて」いるのは、事実だからだ。考えてみてほしい。ゴリラやゾウを群れごと捕獲し、一部を殺し、コドモを売り飛ばす商売が、今でも合法的に行われているかどうか。

イルカたちは、生け捕りに際して狭い仕切り網の中でもがき、互いにぶつかり合い、網に絡まって窒息し、命を落す者もいる。海は血で染まる。

大方はメスとコドモの群れだが、その中で、コドモや若いメスが水族館用に捕獲されている。かつては生け捕りされたコドモの傍で母親が殺されるということもあったのだ。

記者も一度その光景を自分の目で確かめてほしい。その事実が、WAZAを動かし、改善要求となった。それに答えられない状態の中で、JAZAはWAZAに残るか脱退するかの選択を迫られ、当たり前の選択をしたのだ。そして、それを是としない、追い込みによる利益にしがみつくところが新たな組織を作ったというふうに私は理解している。

もし本気で「水辺の生き物たちと私たちをつないでくれる水族館」を目指すなら、海洋環境が今日抱える様々な問題、気候変動や酸性化、プラスチックなど人由来のゴミ、有機化学物質などの汚染、開発や騒音、罹網、乱獲による魚、餌生物の減少などによる生息環境の悪化をどのように市民に訴えて、直接的な行動に結びつけていくかがまず課題であるはずだ。すでにこうした取り組みは行われてきたし、新しい組織を作るようなエネルギーと資金があったら、そちらにシフトしたほうが将来的にも良いのではないだろうか?

そして、最後に。「漁以外のイルカの入手方法」の答えは違反の教唆みたいに読める。

 「魚を取る際に混じったり、浅瀬に迷い込んだりしたイルカなどを『学術研究用』として漁業関係者から譲りうける方法」

と言う言い方は実は「混獲や座礁したイルカを’学術研究用’として譲り受け、ショーなどでバンバン使ってますよ」ということだ。カマイルカという追い込みでなかなか捕獲しにくいイルカがいるが、たまたま定置網などに入ったのを「原則逃がす」という水産庁のマニュアルをかいくぐって利用している状態があまりにひどかったので、2007年に水産庁が反対の声を押し切って捕獲枠をつけ、混獲ではないイルカの飼育をねらったのだが(やはりあまり上手く捕まえられない状態)。だから、この答えは下手をするとマニュアル違反をそそのかしていることにもつながりそうだ。

記者は、どこからこんなテーマをもらって書いてしまったのか。書くことでお金をもらっている以上、きちんと取材することは最低限、欠かせないと思うのだが、どうなのだろう。

2019年9月30日 (月)

そうだ!ウッォッチング

いよいよ、明日は10月1日だ。

消費税増税。もちろん反対だが、もう一つ、10月1日は富戸でのイルカ猟解禁日なのだ。2004年以来、初めてのイルカ猟が果たして実施されるか、周りがざわざわし出してきた。

実は、ジオパークに名乗りをあげる前は、毎年8月末(この時は9月解禁だった)に水産庁とともに記者会見を行い、イルカ猟開始宣言をしてきたいとう漁協も、ジオパークの本部から「イルカ猟はどうよ?」という質問を伊豆ジオパーク本部が受けてから、なりを鎮めてきていた。それが決まってしまったらいいのだろうか?

一体何を目的としてやったのか、宣言すれば何か変わるかわからないのだが、久々に開始宣言を行うものだから、あれをまた、本当にやるつもりなのか?と不安でいっぱいになるのは確かだ。

だが、捕獲の条件は太地と比べて極めてよろしくない。漁港内の定置網設置。ベテラン漁師たちの引退。イルカ探査船も出せないで、漁に出ている漁船がイルカを見かけたら知らせを受けていざ出動、という話も聞いた。

しかし、太地と比べると捕獲できる種は3種類、カマイルカ26頭、バンドウイルカ24頭とオキゴンドウ7頭で、カマイルカは太地でも’ちゃんちゃん’と呼ばれる鉄パイプの音が聞こえるなり、四方八方に逃げ出し、捕獲に手こずるような捕獲の難しい種だし、バンドウイルカは太地でも回遊が少なくなっており、伊豆方面は春先に1度か2度、南下する様子が見える程度らしい。オキゴンドウはよくバンドウイルカと一緒に泳いでいる姿が見られ、1996年も運悪く一緒に捕獲された種だが、2007年に、沖合にも別の系統がいたとかなんとかで増枠され、富戸にも枠が付いた。しかし、太地においてもずっと捕獲ができていない種でもある。

さらに、富戸はいとう漁協の支所になったので、漁業収入はいとう漁協に吸収される。確か、2004年の時も、イルカ漁師に入ったのは、船の経費と日当1万円のみだったと聞いている。イルカの生け捕りで儲けられるぞ!というわけでもないようなのだ。

ベテランの人たちは「追い込みは無理だ」と言っているようだが、それでも私たちの不安は消えない。

そこで思いついたのがウォッチングだ。

太地と異なるもう一つの点は、富戸にはドルフィンウォッチング船があるということだ。これは大した強みではないだろうか?

もし、頻繁に訪れるウォッチング客に恵まれれば、地域住民も、支所の漁業者もどっちが得だか計算するはずだ。

人数がある程度集まれば、船も複数参加でき、お客に喜ばれれば、乗せる方だってまんざらでもないはずだ。

だから、もし、イルカをこれ以上苦しめたくなければ、せっせとウォッチングに参加する人を集め、捕るのではなく、見る船を増やそう。

そうであれば、地元が応援してくれるはずだと思いませんか?ウォッチングをして、イルカ猟 を永久にやめませんか?Iruka20041111-3 (2004年イルカ捕獲)           Photo_20190930142101(カマイルカ)

 

富戸でのウォッチングは:https://www.honda.co.jp/dog/travel/data/kohkaimaru/

 

2019年9月14日 (土)

シャチをいれるって?

兵庫県の須磨海浜水族園を運営する神戸市、海浜公園一帯を開発してリゾート化し、水族園にシャチを入れたいと。

シャチの推定個体数は、北の海域を曖昧にしたまま、大幅に水増しされている。

これが行われたのは、2007年の海洋大学で行われた1997年捕獲されたシャチに関する

研究発表の直後だ。そのあと、水産庁に北の海域を区切らずに大幅に推定個体数を

増やすのはおかしいのでは、と言ったら、知りませんよ、水研センターがやってる

事だからとかわされた覚えがある。

それまで希少種で学術目的での捕獲のみととされてきたシャチが、明らかに集客を

目的として、研究者の助言も受けず、沿岸課の裁量のみで捕獲され、当時では破格

の値段で取引された。研究目的のはずが、研究計画さえ事前に評価されていない状態で、

わずか4ヶ月で5頭のうちの2頭が死亡。2007年ではわずか1頭が残るのみになっていた。

そして、その間、飼育施設同士の研究の共有はなく、研究成果はシャチの生態解明に

何の役にも立たないというお粗末なものだったのだ。

前回の太地訪問では、町長が「シャチの捕獲はいけないか?」という問いかけを

冗談交じりにしてきた。

まさか、と思いつつ、最近の金儲けのためにはなんでもありという風潮から、

怖さを感じる。

 

https://www.sankei.com/economy/news/190912/ecn1909120045-n1.html?fbclid=IwAR2EV1REO6I3P5lthrBBRNlxN6O7PMWtIXOU10IVngG76bmiTEQKIM1-8z0

2019年9月 5日 (木)

切り身になるために生まれてきたのか?〜子供たちに何を伝えるか

今朝の毎日新聞の子供版、「毎日小学生新聞」。開いてみて、孫が「あ、クジラと日本人だって」と私に問いかけるように言った。前の日に、電車の中で「クロツチクジラ」発見のニュースを見てきたとかで、少し混乱したようだ。

見せてもらうと、ニュース「知りたいんジャー」の見開き「商業捕鯨再開 クジラと日本人、そして世界の目」というタイトルで「日本政府は7月、肉などを売るためにクジラを捕る『商業捕鯨』を31年ぶりに再開しました。海に囲まれた列島で暮らしてきた日本人は古くからクジラと関わり、鯨食の文化を築いてきましたが、クジラを保護すべき野生動物と考える反捕鯨国からは厳しい目で見られています」という解説が。

解説に書かれている「クジラを食べてきた日本人」対「保護すべき野生動物と考える反捕鯨国」という書き方にイラっとした。最初にこれか。

2項日本の伝統文化大西洋思想という固定的な書き方は、今始まったことではないし、多分、この木村という記者にしっかりと刷り込まれていて、疑問も持たずに書いているのだろうとは思うが、対立した問題があるときに一方の立場の擁護のみするのが、問題解決の近道でないことは確かだ。

’クジラを保護’すべきかどうかの議論の前に、クジラを切り身として見ることが当然であると考える前に、事実としてクジラが野生動物であることを知るのは重要なことではないのだろうか?日本人にはそういう頭がないのだろうか?

残念なことに、これまでの議論でわかっていることは大方の日本人は野生動物と家畜動物の区別がつかないということだ。

捕鯨推進の人たちの中には、知っていてわざとごっちゃにして「命の重みはすべての動物で同じ」なのに「牛や豚を食べるのに、なぜクジラはいけないんだ?」風の議論をする’学者’先生たちがわんさといる。

彼らが言っているのは、「牛も豚も鶏も食べるからクジラの食べていい」ということで、牛も豚も鶏も食べないからクジラも食べない」という発想はない。かくして、食べる、食べないの議論ではなく、価値観の多様化した現代において、どのように考え扱うべきなのか、という議論は発展しない。

日本は海に囲まれた国だから、海にいるものをすべて食料とみなしてきたのはいいとして、人間が作り出して管理している動物と、管理の及ばない自然の中にいる野生動物を利用するにしても同じように扱うわけにはいかないでしょう?という話にはならない。

現在の一般的な家庭における海洋資源の利用は限られる。大きな商品価値のある魚は、調理の手間の少ない切り身が主流で、手間のかかる魚は敬遠されがちだ。さらに日常的に調理する機会がなく、扱いも面倒なクジラを日々のおかずに考える人たちは、現在それほど多くない。

一方で水族館のイルカは人気があるし(世界で一番たくさんのイルカ飼育施設を誇る!)ホェールウォッチングに出かける日本人だって増えているのだし、現在、一部地域を除いてクジラを食材として考える人は少なくなっている。が、それは必ずしも野生動物への視点につながってはいない。

問題は、それがいずれもイルカやクジラを人間の好き勝手に出来るモノ=商品だと考えるところにあるのではないか、と思う。

’保護すべき野生動物だ’ということが一般化しないのは、それだと消費物資の範疇から逸脱するからだろう。手っ取り早く、いつでも見られる水族館と異なり、ウォッチングは、見られる場所に出向くことが前提で、さらには必ずしも見られない場合もある。

それはまた堂々巡りになるが、こうしたメディアにおける刷込みが、一歩離れたところで野生動物について考えるとか、さらには、なんで保護しなければならないと思う人たちがいるのか?という疑問を封じ込めてしまっているのだろう。

そして、囲みで「いつからクジラを捕り始めた?」、「昔の人がどうやって捕っていた?」、「捕ったクジラはどうするの?」

「捕り方、変わった?」そして「商業捕鯨を再開ってどういうこと?」で締めくくられている。

幾つかは、恣意的な要約がされていて(例えば「捕ったクジラはどうするの?」では、日本全国で古くから利用されていたように読み取れるが、地域が限られていることはわからない。また、ヨーロッパやアメリカの捕鯨が、鯨油目的で肉や骨を海に捨てていたという記述に関して言えば、近代においてクジラが最も多く殺されていた時期に、日本も同じように油をとって大きな利益を上げていたことや、その時は不必要な部分を海洋投棄してきたことには触れていない)

記者は、これらの情報を主に大隅清治氏「クジラと日本人」と小松正之氏「日本の鯨食文化」、中園成生「日本捕鯨史」から撮ってきているようだが、大隅先生は「ミンククジラが増えすぎてシロナガスが増えない」とか、クジラ害獣説を持ち出して国際的に顰蹙を買った人だし、小松史は最近こそまともな水産庁批判をしているが、かつて「(ミンククジラが)ゴキブリのように増えている」などと言って大方を唖然とさせたことは記憶に新しい。

日本がいつから食べていたとか、かつてはどんな方法で捕獲していたかなどは比較的楽に検索できる情報だ。しかし、なんで保護しなければならないのか?ということの根拠を探るとなると、探せば少しは出てくるだろうが、よほどの動物好きでない限り、はなから探そうとは思いつかないのだろう。そういう状況を作り出している原因の一つが最初に書いたように、クジラを「野生動物と考える反捕鯨国」対「食べる対象と考える日本」というくくりではないだろうか?

日本人の捕鯨支持層が「食べたい」という欲求からではなく、「自分は食べないけど、外国から言われたくない」という捕鯨反対に対する強い反対の感情(反・反捕鯨)であることはすでに国際的にも明らかになってきている。

最近の嫌韓報道が受けているようだが、日本人が相手のフィールドに踏み込んで少し考えれば解決に至る道が見えてくるはずなのに、そうしようとはせず、「(自分が正当なのに)相手が自分を理解しようとしない」という駄々っ子の繰り言に終始しているのは残念なことだ。

日本が国際機関から脱退したあり方もまさにそれで、先の大戦から学ぶことができない体質もそこにあると思うのは私だけだろうか?

 

 

 

 

2019年8月28日 (水)

個人的なメモとして(水産資源について)

1994年に国連海洋法協約(UNCLOS)が発効、仕切りのない海洋に関して同条約の元、国際的な保全と管理が行われることになった。

以前の「獲ったもの勝ち」ではなく、利用する者同士がきちんと保全管理を行う義務と権利が生じたわけだ。

日本も同条約を批准しており、海洋保全と利用に関しては権利だけでなく、義務もあるのだが、往々にして日本はそのことを忘れる。

「保全」という言葉は使うための方便で、実際の保全活動はないがしろにされている。

実は、日本には「本音」と「建前」という都合の良い使い分けがあり、政府は国際的なお約束を(どこも本音はわれ先に使いたがって

いるんだろう。綺麗事を言っても始まらないし、辻つまさえあっていればいいんじゃないか)と、自国流を押し通すのが「国益」と勘違い

している向きがある。今回のワシントン条約における日本政府の立場でそれがなおいっそう明らかになった。

捕鯨に関しては、特に水産資源扱いの砦と考えており、諸外国に対してとにかく日本的な筋を通すのが義務だと思っているようだ。

どう考えてもこれでは「先進国」とは言えない(どうでもいいのかもしれないが)。

 

共同船舶がニタリクジラ150頭枠を使い果たすと、早速37頭の追加枠を提示。

「100年捕獲し続けても絶滅しない」というコンピュータ信仰で国民を説得しようとしている。

共同船舶が、ナガスクジラを捕獲するために、ポンコツ日新丸よりも大きな船を持ちたいと、政府におねだりしている。

商業捕鯨を開始するということはそういうことだ。共同船舶がより多くの儲けを求めたら、沿岸捕鯨業者の実入りが多くなるということは

現状から言って難しい。

2019年8月27日 (火)

海の生き物は「資源」だという日本政府の見方は共有されているか?

8月17日からジュネーブで開催されているワシントン条約会議。

早々と日本が海から持ち込む行為が条約違反だというところで、日本政府は公海での捕鯨を停止したんだから一件落着とし、「でも国内で相変わらずその違反した結果の鯨肉が流通しているじゃん!」という指摘を多くの国から受けた。現在は座長の仲介で全て没収という意見は通らなかったが、違反には違いなく、さらには共同船舶がこれから捕獲するつもりでいイワシクジラとどのように区別していくかは明らかにされていない。

残念ながら、IKANはNGOとして登録していないため参加できなかったが、野生生物を単なる資源としてみなしている日本政府は、今回、提案された海の生き物の付属書掲載に対してことごとく反対票を投じたようだ。それも、禁止措置ではなく、輸出国の許可がいる付属書II掲載なのだが。こうした日本政府の態度は、国内で事前に妥当かどうかを議論する場を得ないまま、言って見れば’暴走’しているように私には感じられる。

政府のこうした態度はまた、メディアのあまり深く考えていない報道で是認されているようだ。

例えば毎日新聞は「かまぼこ材料ピンチ」という取り上げ方。

https://mainichi.jp/articles/20190826/dde/041/040/033000c

頭が胃袋状態だから仕方ないのか、とこの手の報道の時にいつも思うが、果たしてそれでいいのだろうか?

 

昨日、時事通信が、水産庁の来年度予算概算要求について報じていた。捕鯨業者はまだ独り立ちできないので支援しなければ、ということらしく、調査捕鯨予算は削られたものの、今年度と同じ51億円が求められている。

しかも、鯨肉普及のためなどの予算が6億円も入っており、繁殖率の低い野生の大型哺乳類を、国内での需要が減少したからといって、わざわざ食べさせるために予算を投ずるのはいかがなものだろうか?

まあ、アメリカの残り物の武器やとうもろこしを喜んで買い入れることにも明らかなように、昨今の政府のやり方はどれもこれも呆れてものが言えないほどひどいから、捕鯨問題なんて些細なものなのかもしれない。

しかし、ずっとこの問題に関わってきたものからすれば、物言わぬ市民をいいことに、こうした没義道を通すやり方の’はしり’は捕鯨かもしれない?

 

 

 

2019年8月20日 (火)

静岡県におけるイルカ猟の再開の可能性について

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(現在の追い込み用金属パイプちゃんちゃんと同2004年のもの)

 

夏もそろそろ終わりに近ずくと、涼しさへの憧れと同時に、イルカ追い込み猟の季節が
来たという緊張もある。
今年は、6月の静岡県伊東市漁協のイルカ追い込み漁開始宣言もあり、不穏な気配
もある一方で、静岡県でのイルカの捕獲が果たして可能なのか?という幾つかの疑問
の声が聞こえてきた。

<伊豆地方のイルカ猟>
伊豆地方では、戦後の一時期、古くから行われてきたイルカ追い込み猟で乱獲が進んだ。
主な捕獲対象であったスジイルカが捕獲できなくなり、対象種をマダライルカに変えた
もののそれもすぐに枯渇し、産業が成り立たなくなって5箇所あった捕獲地が次々廃業した。
現在枠を持ついとう漁協の富戸支所においても、追い込む年は少なくなり、2004年から
捕獲が途絶えている。
<伊豆半島ジオパーク構想>
一方で、2008年頃から伊豆半島をジオパークに登録しようという動きが活発になり、
準備が進んできた。しかしここで、富戸で行われてきたイルカ追い込み猟の実施が、
ジオパークとしてふさわしいかどうか、という疑問が市民から出され、反対の署名活
動が開始された。
その結果、ユネスコ本部から、イルカ猟についての懸念と改善の要請が推進本部に
送られたが、推進本部は回答期限までに返事を出さなかったため、2015年の
登録認定では保留という措置が取られた。
その間、伊東市で毎年行われてきたイルカ捕獲に関する関係者と水産庁、
警察、海上保安庁による会合は、見合わされた。
 しかし、2018年にユネスコのジオパークに登録された結果を受け、再び
イルカ猟への意欲が浮上してきた。近隣水族館からの注文もあるが、生体の捕獲が
極めて儲けの大きい事業であることは、和歌山県での捕獲が実証している。

<猟の再開は可能か?>

しかし、実際に追い込みが行われるかどうかという点で、幾つかの疑問がイルカ猟を
よく知る関係者から出されてきた。もともと、富戸は首都圏近郊での人気のあるダイビング
スポットで、必ずしもイルカ猟が町の繁栄につながらないのが現在。さらに、
例えば、富戸がいとう漁協の支部となり、イルカ猟の実施にあたって、いとう漁協に
わたる金額に比べ実際に捕獲に携わる漁師の日当が十分とは言えないことや、イルカ猟に
携わってきた漁師の高齢化や引退、船の老朽化に加えて、数年前にイルカが追い込まれる
湾のど真ん中に、定置網が敷かれたことなどが追い込み猟再開を阻む可能性があると
指摘されている。
定置網は、網からロープを海底に斜めに伸ばし、網が流れないよう固定する。
海底に固定されたアンカーをつなぐロープはイルカにとって障害物として認識される
だろうと地元漁業者は言う。
静岡県におけるイルカ猟の猟期は10月から翌年の9月までである。2年ほど前から、
猟期が通年になってしまったが、昨年には猟がなかったので、10月までは事実上
捕獲はできないはずだが、今後どのような動きがあるか注視していく必要があるだろう。

2019年8月15日 (木)

イルカ捕獲枠

8月1日付けでイルカの2019年度捕獲枠が公表されていた。

http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/w_document/attach/pdf/index-18.pdf

前年度に比べ、4000頭近く減枠されているようだ。

昨年度の捕獲枠は、それぞれ、イシイルカ、リクゼンイルカ各5900で

2017年度(1年前だが水産庁の資料ではそれが最新)の実績は7頭と1366頭。

今年度枠は4137/4398。

以下、ハナゴンドウ460(実績は突きん棒7頭、追込み118)から398頭に。

ハンドウイルカ500(同実績は突きん棒47、追込み127頭)から374頭。

マダライルカ470(同実績27、17)329頭に。

スジイルカ550(18、299)が521。

コビレゴンドウ135(2、57、沖縄突きん棒22)が127。

オキゴンドウ100(沖縄2:ちなみに太地での実績はこのところずっとゼロ)

から70。

カマイルカ360(追込み21)から260に。

昨年度から新たに加わったシワハイルカ33(追込み27)は30

カズハゴンドウは290(156)から263に減少している。

実態に合わせて、もっと枠を減らせるのではないかと思うのだが、今の所‘科学的

な根拠’から「安全な枠」を示すということが唯一の水産庁の役割で、しかも業者

にしてみれば、明日になれば取れるかもしれない、と言う期待があるのかも知れず、

国内外からの批判や懸念への配慮はないように見える。

 

2019年8月13日 (火)

水産庁からのお返事が

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2度ほど催促して、先週金曜日(8月9日)に待っていた返事が来た。先だっての捕鯨室長とのやりとりで、今回はくれないんじゃないか、と思っていたので、ホッとしたが、内容的には納得できるものには程遠いものだと思う。少し内容を見てみよう。

質問1は、脱退するに際して、「商業」という形をなぜとったか、だ。海外との意見の違いとか、脱退のわけを聞いたのではない。そうした行為をとるにあたって、日本の伝統文化とするのなら、捕獲を続けたい/食べたい一部の人たちに一番いいと考えられる手段が「商業」だけしかなかったのか、と聞いたつもりなのだが。

【答】
 水産資源を、科学的根拠に基づき持続的に利用するという考え
方は、我が国の基本的な方針です。四方を海に囲まれた我が国にと
 って、鯨類も貴重な水産資源の一つです。この基本的な方針に基づき、我が国は捕鯨業を再開しました。
 なお、ご存じのとおり、IWCの目的は鯨類資源の保存と秩序ある捕鯨産業の発展(持続的利用)です。しかしながら、長年に亘り、
 IWCでは持続的利用が蔑ろにされてきました。しかも、昨年の IIWC総会では、鯨と捕鯨に関する立場の異なる国々の共存が否
 定され、目的に沿ったIWCの機能回復の見込みが全くないことも明らかになりました。このため、我が国はIWCから脱退するこ
 とを決定しました。

これまできちんと報道できなかったメディアでさえ、今後、商業的に成り立つのか、と疑問視している。しばらくは補助金によって支えられるのだろうが、需要の低迷はもちろんのこと、船の老朽化とか、後継者問題とか、問題が山積しているのだ。国の伝統文化としてどうしても残したかったら、地域限定の流通と利用を確立した方が地域を利するのではないのか。もっとも電話で担当者は「この時代にそんなことはできない」と言っておいでだったが、そうだろうか?

質問二つ目は、捕獲枠と希少クジラの混獲回避。

【答】
 1 IWCで採択された方式(RMP)に沿って算出された捕獲可能
量の範囲内で捕獲枠を設定しています。

 2 RMPは系群管理を前提に設計されており、ミンククジラの捕獲可能量の算出に当たっては、日本海系群存在を考慮しています。

  また、同系群の太平洋沿岸への回遊を考慮し、捕獲回避のための操業禁止水域を設定しています。

 3 御質問の「カツオクジラ」が何を指すのか明確ではありませんが、ニタリクジラについては、高知県沿岸などに生息する沿岸系群
 の捕獲回避のための操業禁止水域を設定しています。

 4 捕獲された鯨類の科学的情報については、IWC科学委員会に報告するとともに、日本鯨類研究所の科学者からの科学雑誌への投稿

  等を通じて発表していく予定です。

イワシクジラについてはRMP出ていないと記憶している。数については、厳格に従っているというよりも、幾つかある選択肢の中で、多いのをを選んだのではないだろうか、と最後の沿岸捕獲枠議論をも出だす。

また、希少な日本海個体群について、RMPで考慮されているとしているが、また、沿岸のごく一部(50キロメートルだったっけ?)を捕獲禁止に設定していている。ちょうど定置網でミンククジラが混獲されているあたりかな?

水産庁が「捕鯨問題の真実」と言う冊子を出しているが、その14ページに日本海個体群が沿岸域でその程度の割合で生息しているかを記したものがある。今回、捕鯨海域である網走沖は、それによっても希少個体群がかなり混じっていることが確認できる。そこを回避すればかなり救われるのでは?

http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/pdf/140513japanese.pdf

「カツオクジラが何を指すかわからない」要するにIWCではまだ種として認定されていないからだろうが、IUCNではすでにリストされているし、ネットを検索すれば国内情報が出てくる。高知沖での禁止海域は、混獲を防ぐ役に立つのではないかと期待するし、ここで実施されているホェールウォッチングへの配慮かもしれない。

国立科学博物館のページ。

https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/marmam/pictorial_book/b_edeni.html

個体群の混獲回避とその情報公開について、回避の努力とともにと捕獲された個体がどの群れか、どの種か市民が知ることができるということであり、科学雑誌の発表はその代わりにはならないだろう。

質問3の答えは、コスト面から将来的に電子機器を採用するかも、ということで、それはそれで歓迎だが、何で最初からそうしなかったか?という疑問はある。小型に関しては、日帰り操業で毎度指定された解体場に運ばれ、そこで監視するからOKということだったと思うが、実際は海上で内臓などを取り出して捨てていることが新聞等で伝えられているし、(陸上での監視は)頭と尻尾があればいい、という乱暴な話も聞く。

質問4。

【答】
 1 令和元年度予算において、鯨食普及への支援に必要な経費を計上しています。

 2 来年度以降の学校給食への鯨肉の供給及び鯨食普及への支援については、現時点では未定です。

 

伝統的に必須食品だとしたら、どうしてわざわざ普及活動をするのか?という疑問もあるが、来年度は是非ともつけないでいただきたい。

質問5と6。

大切な食の安全についての水産庁。

【答】
食品の安全性については、厚生労働省が管轄しています。

【答】
 食品の安全性については、厚生労働省が管轄しています。なお、

 捕獲後の処理については業者ごとに対応が異なるため、水産庁は、お答えする立場にありません。

と我々は関係ないもんねえ、という立場のようだ。しかし、水産庁が曲がりなりにも継続してきた魚介類の放射能汚染情報は、食の安全とは関係ないのか?

http://www.jfa.maff.go.jp/j/housyanou/kekka.html

他のところも責任を持ってやっていただきたいものだ。

 

それと、食中毒などについては、個人責任だから、というのも、確かにそうではあるにしても、すっきりしない。定置網混獲が商業利用できない時代にもこっそりと肉を持ち帰って食中毒になったという話を聞いたし、http://idsc.nih.go.jp/iasr/CD-ROM/records/09/10202.htm

その後も富山県で混獲されたクジラによる食中毒があった。https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/marmam/drift/detail.php?id=5693

真夏に海上で内臓を取り出し、海洋投棄している(それだってかなり問題行為)わけで、十分注意する必要があると思いませんか?

以上、クソ暑いお盆にざっと見たところでした。
また考えてみよう。

 

 

2019年8月 5日 (月)

びっくり!

6月26日、水産庁に商業捕鯨を開始するに際して、幾つかの懸念事項についての質問書を手渡した。諸貫参事は、それを一瞥したのち、彼の超多忙スケジュールを説明され、すぐに返事はできませんが、返事が遅くなっても悪く取らないでくださいよ、と答えられた。

7月中待ったが返事がこないので、先週、捕鯨班に電話を入れると、諸貫さんは、その週いっぱいはお休みということだったので、今日また電話をしてみた。

すると、「内容的に私が返事できるものではないので捕鯨室長に渡した、彼と話してください」と電話を高屋室長に回されてしまった。

開口一番、「答える必要があると思えない」というので、諸貫さんはくれると言ったと答えると、「返事をしないというのも返事だ」、と彼らしい理屈が飛び出した。さらに、「我々は、国際法上も、あなたの立場とは違うし、IWCでも商業捕鯨を否定していない。間違った立場を前提として質問をされても、立場が違うというだけだ」「質問は(水産庁に)あなたの意見に同意せよというようなもの」など、驚くような反応が返ってきた。

この暑いさなか、不毛な議論を重ねても無駄と思い、では書き直しますので、と言って、書き直したものを送った。

返事したくない?

ダウンロード - 201920e5b9b48e69c885e697a5.pdf

 

«暑いのは