2009年7月 7日 (火)

マデイラ行き 2

  来年のよりよい成果を狙って、日本政府がしたことは二つある。

「漁獲減少はクジラのせいだとは言っていない・・・日本政府」
 ひとつは、2日目のランチタイムセッションでのJARPNIIの紹介である。森下参事官は、すでにクジラポータルサイトの激論・討論において12月時点で、クジラが魚を食べつくすとはいっていないと述べているが、今回はさらに「クジラによって漁獲が減少したということではなく、その可能性を検討するためクジラと魚の関係を調べる」という言い方に変わっており、これまでの主張を知る人たちに不誠実という思いを抱かせた。そのスタンスを理解してか、かつて口々にクジラ害獣説を主張したカリブ諸国と南太平洋諸国はその件には沈黙を通し、アフリカのギニアとトーゴがあいまいに触れたのみになった。
余計なお世話だが、「捕鯨にはかかわらないが、クジラによって自分たちの漁獲が減少することが問題でIWCに加盟した」と訴えた国々は今後どうするのだろうか?

「調査捕鯨あっての沿岸捕鯨か?」
 もうひとつは、調査捕鯨と沿岸捕鯨の関係について、太地の議会議長に直接「調査捕鯨なしには日本の捕鯨はない」といわせたことである。三原氏のプレゼンテーションは、かつての太地の捕鯨が「アメリカの捕鯨」によって衰退し、あせった捕鯨者が荒天の中を無理にセミクジラ捕獲の船出して多くの犠牲者を出し、クジラ組みが消滅した事件を引き合いに、沿岸での捕鯨再開の正当性と調査捕鯨の必要性を訴えるというかなり論理的にも迷走した内容で、これも、この間私たちがレポートしてきた「調査捕鯨が沿岸小型捕鯨業者圧迫の元凶」という事実への言い訳であるのは明らかだ。
ホガース氏は、議長辞任後、複数メディアに「モラトリアムの解除でクジラの捕殺数は減少するのに」と述べているが、実際は調査捕鯨を誰も止めることができない状態のままなので、今回争点となっている調査捕鯨の枠の減少→消滅はこのままこの会議では解決できないものと思われた。
日本政府はいずれにしても「ちゃんと妥協策を示したのに海外の反捕鯨団体が妥協しないのがいけないのだ」という失敗のいいわけができ、がんばったのだから予算もつくということなんだな、と下種の勘繰りをしたくなる。

<市民参加の道は・・・>

 一方で、市民社会は表向きは「参加の必要性」をうたわれながらも、結果的にはガス抜きにしかならないスピーチをあたえられるだけだ。それでも、たゆまずに続ける努力の源をどこに頼ればいいのか、私にはわからない。主張することで何かが変わるわけではないが、ゆがみを感じるのは、重要事項の決定は密室で行われてその詳細はわからないこと、監視の目の届かない妥協への各国の譲り合いが、市民社会を置き去りにしていくことの懸念だと思う。

 国際会議におけるNGOの立場は、特定者の利益に傾かない公共の利益の追求だということで価値がある。特に、70年代に、自然の消滅、野生生物の絶滅の加速などが明らかになり、1国での管理が難しいことから、自然環境を守る国際条約がいくつか作られ、産業の利益追求への歯止めとしてのNGOの存在が評価された。
 しかし、産業界の巻き返しというものは常にあり、さらには、途上国の権益もくわわって、より「柔軟な」方向が求められている。
 ガチンコ対決では解決が難しいことはもとより理解のうえだが、争点をあいまいにすることがよりよい解決を産むとは到底思われず、結局は双方欲求不満に陥るのが「おち」という気がする。
 そんな中で、少数派の日本のNGOとしては、双方の意見を理解しようと努力しながらも、NGO本来の筋を通すことが、よりいっそう重要だと私は思っているのだが。
 
Casino_madeira

京都水族館計画について思ったこと

 7月5日、京都の「京都水族館を考えるつどい実行委員会」から、生物多様性とイルカ飼育について話してほしいという依頼があり、京都にでかけた。
 京都水族館計画というのは、京都駅から徒歩15分くらいにある「梅小路公園」に隣接した京都市の所有する倉庫跡地をオリックス不動産が借り上げ、内陸で最大規模の水族館を建設すると言うものである。
 昨年7月に「つながるいのち」と銘打ったその計画が公開され、検討委員会も設置されてその計画が妥当だという答申も出た。
 ところが、年末に市が行ったアンケートの結果、市民の7割が反対を表明した。
 「水文化」を持つ京都で、水の流れを再現してつながり感を生み出すとしながら、その中心に据えられているのは新江ノ島水族館をモデルとしたもので、相変わらずのイルカなどによるショーである。

 イルカのショーの是非は、「生物多様性」とは直接的に関係のない「動物の福祉」であり、その意味ではやりにくい話ではあったが、生物多様性保全に資するような水族館のあり方と日本周辺のイルカの生息状況を示すこと、それに、イルカが本来どのような生態を持つ動物なのか、を示すことで、依頼にこたえることとした。

 実際は、冒頭に、他団体によるイルカ捕獲のDVD上映があり、生物多様性がなにか、ということも福祉の問題もごちゃごちゃの展開になってしまったが、それでも地元の新聞報道では私が紹介したシーライフセンターやモンタレー水族館のことも触れてあったようなので、話もまったくの無駄ではなかったと少しほっとした。

 帰り道に、どうせだからとその倉庫跡地を見によって見て驚いた。細長い空き地が公園の脇にのび、向いには見下ろすような形で狭い道路とその向こうに住宅が続く。たとえてみれば、小高いところに薄い細長い長方形の積み木を横に立てたような形なのだ。
 そこに住む人たちにとって、もし水族館が出来たなら、建物が分厚い壁となってえんえんと連なり、日の光や風をさえぎることになるだろう。

 水族館の是非より前に、こんなところに施設を建てる企業、そして半額で土地を貸す行政の神経を疑いたいと
つくづく思ったことだった。

2009年7月 3日 (金)

マデイラ行き 1

 マデイラ行き- IWC61会議報告

 飛行機が高度を下げるにつれて、海から直接盛り上がる台地に、点々とオレンジ色の屋根が重なるのが見える。リスボンから2時間弱、マデイラ島は、壺を伏せたような形で大西洋にそそりたつ。

「大西洋の真珠」と呼ばれるこの島が,意外なことに「ちょっと熱海のようだ」というのは、旅の仲間が同時に感じたことである。海辺に立ち並ぶホテル群と急な斜面に連なる家々の様子に、日本の温泉地を連想してしまったのだろう。ただし、屋根瓦は暖かいオレンジ色、壁はオフホワイトときれいに統一されていて、その部分はヨーロッパ的な洗練が感じられるが。
 ホテルへの道中で見る島の植生は、本来の姿を想像するのが難しいほど多様である。アブラヤシ、タコノキ、イチジク、バナナ、タイサンボク、ゴム、ピラカンサやフジ、ニセアカシヤ(もどき)、プルメリア、さまざまな色の花の咲くキョウチクトウ。
 
 会議場となっているホテルは、島一番のカジノをもち、入り口にはど派手な看板がIWCのバナーの代わりに出ている。
 マデイラ地方政府は、最初、メディアとNGOに対して厳重なチェックを敢行しようとした。NGOの要請で、ポルトガル政府関係者が動き、事前の身分証明書の提出は見送られたが、登録の最初にパスポート提示を求められる。世界が恐怖によって分断されている実感がある。しかも・・・
 外務省は、マデイラ旅行者への注意事項として、人々を刺激しないために捕鯨の話題などは慎むようにとHPで訴える。

<会議の概要>

 今回会議は始まる前からすでに「何も起こらない」ことが約束されていた。そのため参加しなかった人たちも結構いるはずで、特に日本からのメディアの少なさは予想以上だった。 互いを思いやり「サプライズはなし」というのがホガース議長の方針である。

 主要な課題のひとつ、調査捕鯨、日本の小型沿岸捕鯨、サンクチュアリのパッケージはすでに来年の検討事項となっているが、会議冒頭、日本政府は正常化への貢献として、アラスカ会議からの決まり文句である「日本が本来認めていないいくつかの議題-すなわち、保存委員会の検討議題や小型鯨類等IWCの管轄外であると日本が考える議題の削除を求めない」ということに加え、調査捕鯨の捕獲数削減、サンクチュアリの容認といった「妥協」提案を行った。
 日本ではこの政府の意見を代弁する報道もあったようだが、私にはオーストラリア政府の「(IWCの管理を受けないで行われている)調査捕鯨こそが問題の根本原因であり、その検討がまず行われるべき」という意見がまっとうであるように思える。

 今回のもうひとつの課題は、デンマーク領グリーンランドにおける捕獲枠の拡大への対応である。前回チリで、グリーンランドはセミクジラとザトウクジラの新捕獲枠を要望した。セミクジラ2頭の捕獲は認められたものの、ザトウクジラの暫定枠は否決され(昨年の唯一の投票)、今年会議で見直されることとなった。今回の提案は、東グリーンランドでのミンククジラの枠の削減(200頭から178頭)とザトウクジラ10頭の5年間の許可願いであった。しかし、これはまだ反対意見もあり、2010年単年度の捕獲と再提案されたものの、コンセンサスを得られず、来年まで持ち越された。

 ここで、これまでの議論の問題点の典型が出てきたと感じた。
 先住民生存捕鯨は、一部先住民にとって、伝統的、文化的に不可欠な要素としてだけでなく、それを主要な蛋白源として活用してきた地域に、商業捕鯨とは異なる管理の方法で枠を算出して許可しているものである。
ここで問題となるのは、
1. これまでの地域消費の範囲を超える現金収入源として特別捕獲枠を設定するのか
2. 枠の無原則的な拡大は許されるのか
という先住民生存捕鯨の定義の見直しであって、カリブ諸国が競って演じた「先住民を特別扱いする新植民地主義」とか「飢えている子どもを見殺しにしてよいか?」といった義憤もどきは、論議の的を外れたものであるように思われる。

2009年4月 4日 (土)

海洋環境の保全に関するシンポジウムの感想

 シンポジウムがあったのは先週の土曜日だから、すでに1週間たってしまった。
毎日、書かなければと思いつつ、あれこれと頭の中でこねくり回しているうちに、どんどんと日にちが過ぎてしまう。なんとね。

 このシンポジウムは企画の段階から参加していて、海洋環境にとって重要なプレイヤーである水産業についてきちんとした批判が必要との判断の元で勝川俊雄氏を選んだ。彼の書くブログは先鋭で、仲間内でもけっこう評判が高いのだが、それだけに敵も多いようだ。
 これまで接してきた水産関係者や行政のことを考えると、そのことは容易に理解できることだが、一方で、メディアとかNGOの中でも、水産行政への批判を漁業者への非難と受け止めて、彼を受け入れない雰囲気がある。

 そんな中でのシンポジウムだったが、会場(弘済会館)がほぼいっぱいになるくらいの人が入って、50分間の彼の話に集中した。

 漁業が何で衰退してしまったか、ということ水産行政への批判は相変わらず鋭く説得力があったが、国内外における漁業資源の枯渇についての消費者としての責任にも言及したことも非常に良かったと思った。

 「もっとお魚を食べましょう」とこれまでの乱獲に大いに責任のある日本人が言うのがはたしていいのだろうか???将来にわたり、お魚を食べ続けられるようにするためにはなにをすればいいか・・・・・

 彼の主張は、日本が使っているTAC制度(7種の魚種に関して資源量を解明してそれから総捕獲枠を決定している)は、早い者勝ちのオリンピック方式になるから、まだ育ちきらない市場価値の低い魚を多くとる結果となって持続的な利用が難しい、それに対してノルウェーやニュージーランドで採用するITQという個別の捕獲枠の割り当てのほうが、急がずに市場価値が上がってから捕獲できるので漁業者に有利というものだ。

 これに対しては、日本の漁業現場にはそぐわないと水産庁は導入するつもりはないようだ。

 おや!と思ったのは(当たり前かもしれないが)、国内漁獲量の減少により、輸入や養殖で代行しようとしているが、輸入に関する国際責任とともに、養殖が結果的に自然のものに変わりうる可能性はない、問題が多い産業だと言い切ったところだ。
 どうも日本型の資源回復を、農林業と同じ発想で養殖や種苗放流でまとめようという方向に私は大きな疑問を持ってきたので、これはなかなかうれしかった。
 それから、海洋環境についてもきちんと話され、海洋保護区の漁業への貢献だけでなく、ニュージーランドを例にとって、生物多様性の保全をまず考える必要があるとも言われた。
特に、周辺海域の生態系の区分をまず行い、生物多様性の特徴的な海域のどこを重点的に保全するかというマッピングを行っているという話は、以前から環境省に海洋保護区としてまず必要なこととして言い続けてきたことを
裏付ける話だったのでうれしかった。

また、開かれた水産業の将来にとって、多様な関係主体の参加が不可欠であるとし、その中での市民やNGOの役割の重要性も指摘してくれた。

 次に報告した海洋政策本部は案の定、海洋保護区の「あるべき」姿について省庁間で検討中(いつまでやってるんだか)だし、自然公園法改正でも、漁業と本気で切り結ぶつもりはないようだ。
 一応、2010年対応を考えているものの、上手な作文しか出来上がらないな、という感を強くした。

 その後、いろいろな感想を聞いたが、一つは、NGOとしてもっと消費者の啓発に努めたほうがいいというものと
漁業者が海洋環境の悪化に責任があるということへのためらい、感情的な反発といったものもあった。

 消費者の啓発については、アメリカがスーパーなどで実施している(と以前テレビでみた)販売されている魚が希少性が高いかどうかの判断ができるような表示の導入が考えられる。
 しかし、持続性という選択肢は安全性へのこだわりほど即効性が感じられず、それ以前の教育が不可欠だと思う。
一方で、漁業者の責任については、現行漁業制度の下での問題だけでなく、たとえば沿岸開発など、水産以外での議論が必要だろう。
 水辺の乱開発にまで水産学は踏み込めるのか。今後も見て生きたいと思った。

2009年3月27日 (金)

中間会合-ローマ つけたし

Rome_044

写真は、私が止まったサンファンゲストハウスのフロント。小さな銅版がゲストハウスの表示。

最後の日は、SSが以下に日本の調査捕鯨を妨害したか、というビデオ上映でおしまい。
午後は解放され、短い観光?と思ったら、GPのH君がこれから日本政府の記者会見があるから
聞きにいかないか、という。本会議は、ポータルサイトでの中継が残っているので帰国後に
見ることが出来るが今回はそういうものもないので、どのような話をするか興味があり、聞きに
いく。

教会を改造したの?という感じのなにやら由緒ありそうなホテルで、記者会見場に行こうと
ホテルを入って会場前で水産庁にとめられた。記者のみの会見だから、傍聴はできないと
いうことだ。まあ、こんな会議でも隠すことがあったか、と感心してしまう。

おとなしく、それでも出てくる記者さんたちに話しかけてみようとホテルの前でしばらく待ってみた。

出てきた記者さんが驚いて、何で入ってこなかった?と聞く。
なんでも、今回は記者さんたちすべての申し合わせで、傍聴を許可することにして、その旨政府
に伝えたのだという。

担当者は、問いただされて、最後には「ミス・コミュニケーションでした」と謝った。

傍聴を止めるのは子どもじみたやり方だと思ったし、ちゃんと言ってくれた記者さんに感謝。
今後、少しは態度を変えるだろうか???

2009年3月25日 (水)

中間会合ーローマ 3(おしまい)

 2004年のIWC会議で一度イタリアには来たことがある。ソレントと周辺はまさにミニヨンの「わがふるさと」が実感される花咲き乱れるレモンとオリーブの国だった。
 今回のローマはそれとは異なるが、やはり「さすがは古都」と思われる情緒のある都市だ。

 狭い石畳の両側にはびっしりと中型・小型車が駐車していて、大きなとおりは渋滞がひどいという車事情があるが、それでも見上げる建物の狭間から見える青空に洗濯物がはためくさまはイタリア、ネオリアリスモの世界そのまま。
 到着が5時間近く遅れて真夜中にタクシーでついたところがちょうどそんな高いビルの間で、目の前には古めかしい鉄の門が閉まっている。運ちゃんから「確かにここだよ」といわれてみれば、小さくゲストハウスの小さな表示。呼び鈴を押したら寝ぼけ眼のおっさんが出てきて中に入れてくれた。中庭の先に、なかなか風情のある入り口があって、入ると古いつくりの家の雰囲気で、長い年月磨かれてきたと思われる木の床がぎしぎし鳴る。ロビー前のサロンには天窓があり、その周囲にいくつかの部屋の木の扉が並ぶ。

 ホテルよりもよほどいいところにあたったとうれしくなった。近くには、サン・ジョバンニ・ラティラーノという教会があり、毎朝きれいな鐘の音が聞こえた。

 最初の日に、宿の人にバスに乗せてもらったのはいいが、暗くなっても帰り道が少し心細い。それを声に出していったものだから、海外の友人が心配して、「あんたが宿に入るのを見届けない限り、心配でホテルに帰れない」とばかりについてきてくれた。持つべきものは友である。

 と、観光旅行ではないので、この辺でとめておこう。

 会議は最初にも書いたように、アリバイつくりか?というようなもので、最後の議長のプレス発表からして「雰囲気がよくなった。攻撃的な議論がなくなった」というのが唯一の成果(?)のようだ。

 オバマ政権になって、アメリカのスタンスが実際にどう変化するかはまだは最終的にはわからないが、日本政府側にしたら、失うものもなし、抵抗する相手が強いほうが格好がつくというものである。
 少なくとも、今回の妥協案の可能性としてある、南極では無理な枠を消化しなくてもよくなり、沿岸業者にも恩を売れ、国内のイケイケ勢力に「ちゃんと働いた」と成果を報告できるというような、日本一人勝ちみたいなことだけは避けたいな、と思う。

 3月23日から、オーストラリアはチリで発表した「南極国際鯨類調査」のワークショップをシドニーで開催しているようである。
http://www.ens-newswire.com/ens/mar2009/2009-03-23-01.asp

 参加国は13。1国独断ではなく、国際的なパートナーシップのもとでの科学調査で、5年間の計画をIWCに提出する。また少なくとも2013-14年までの非致死的科学調査のための資金として1400万オーストラリアドルを計上するとしている。

 1昨年のJARPAの評価会議で、日本の当初目的が達成されていないことが明らかな今、この調査計画はけっこういいところをついていると思う。
 IWCの将来が、問題解決とは異なる政治的な決着にならないためにも、どんどんこうした積極的な提案が前に進むことを望みたい。

2009年3月19日 (木)

IWC中間会合ーローマ 2

 チリで再開されたNGO発言だが、特定の時間に押し込められてしまうために、行われている議論に有効にかみ合わせることがほとんど不可能なものだ。勢い、所信演説のような格好になるのもやむをえない。

 各国がどの程度意見を聞く用意があるのか不明な中で(可能性は低いと思う)、それでも所信演説ではなく、日本という特殊な立場にいる以上、市民の目から見た捕鯨への日本のあり方や産業の実態を伝えるということが発言することの意義なのだろうと考えた。

 特に、今回の日本沿岸捕鯨の社会経済的、伝統的な側面の議論において、各国がその商業性を暗黙の了解事項としつつ、妥協点を図るという方向に対しては、日本人として釘をさしたいという気持ちがあった。
 国際的な管理に棹さして日本が行っている捕鯨行為を何とかするため、泣く泣く妥協するというのでは、どっちの側にとっても「前向き」とは言いがたい。そのことの意味を日本の中でもっとみんなが噛みしめる必要があると私は考える。

 もう一つ、日本政府は決して自ら語ろうとはしない、日本沿岸の希少なミンククジラ個体群について、国際的な管理が必要とした。本当は、国内できちんと管理がなされるべきことで、こんなことを訴えるのは恥ずかしいことなのだけれども。
 25,000頭のミンククジラがすくなくとも2つの個体群によって構成されていることをどれだけの日本人が知っているだろう? いまのところ、海域的に比較的混在が少ないといわれる海域での沿岸業者委託調査が実施されているものの、定置網での混獲についてはなんらの規制もされていない。2007年、2008年と混獲されたミンククジラの約半数がこの希少個体群で、日本海側での混獲ではこの危険性が高いようだ。
 しかし、3月14日の北国新聞にも明らかなように、

http://www.hokkoku.co.jp/subpage/HT20090314401.htm

混獲・座礁が増えたことはそのまま沿岸捕鯨への期待に直結する。迂回して情報を提供するのも歯がゆいものがあるが、これまで伝えようとしてきたものの、なかなか伝わらないことも事実である。

 
 今回の私の発言は捕鯨に絶対反対するという内容ではなく、議論のベースとなるデータ提供である。捕鯨に反対するコミュニティは、それでも私を3人の代表発言者の一人として選んだのはけっこう感激だった。
 「感情的な反捕鯨」と反復する前に、国内の状況の冷静な分析こそ日本市民に求められることである。

 
 議長の妥協案に関していえば、南極で捕獲数を少なくし、沿岸で始めるという選択肢は、日本政府にしたら「もうけもの」なのではないかと私は邪推する。沿岸の漁業者にいい顔が出来、「仕事をしました」というアリバイも作れるうえ、南極での多すぎる捕獲枠の消化や運搬に頭を悩ませることもなくなるのだから。

 でも、もし、妥協点が見いだせなくても日本には失うものはない。ただそのまま、続けるだけで、しかも、今回は「アメリカにいじめられた!」と強く訴えることが出来る。 それはすでに既成のシナリオとして出来上がっているだろう。

 日本のメディアの中にも、オバマ大統領で政策が変わるので、今回が勝負どころというような記事が散見したが、すくなくとも私が見てきた限りではそのような緊張感はなかった。


 

2009年3月17日 (火)

IWC中間会合ーローマ 1

 万年資金不足で、中間会合は遠慮しようと思っていた。
土壇場で気が変わったのは、昨年のチリで合意された対立する争点を洗い出し、妥協点を探る「IWCの将来」のための小作業部会の流れだ。
議長のパッケージ提案として、調査捕鯨、サンクチュアリと日本の沿岸小型捕鯨の引き換え調停案が出された。
沿岸の捕鯨については、国内世論では支持を得やすいところであり、すでにメディアも前向きな動きと期待する記事がでていたのはここでいうまでもない。 
 
 これまで、主に国内で捕鯨問題についてのべつ角度からの情報提供を務めてきたIKANとしては、国内はもちろん海外にも事実を伝えるため、ここは働きどころであろうと判断した。

 IKANの立場は、合意形成に向けて、より誠実に事実関係の情報を共有することが不可欠だというものだ。そのため、対立する論点を前に出すよりも、事実を伝えることを主目的としてきた。

 すでにブログにも書いたが、昨年5月に私たちは政府の言うところの「原住民生存捕鯨と同等」である4つの捕鯨地域の調査を行った。それまでの断片的な知識でも、いわゆる伝統捕鯨地というものとは若干異なると考えてきたので、そのことを確認する調査が必要だったのだ。

 結果は、HP上のレポートに明らかなので重複は避けるが、大手メディアのムード的な「日本チャチャチャ」は不愉快なので、記者クラブに冊子を届け、会合の報道が誤った判官びいきの方向に流れないことを願った。
 幸い今のところ、あんまり感情的な報道はないようだ。もっとも、中間会合そのものが気の抜けたサイダーみたいなものだったということもあるので、冊子が何らかの影響を持ちえたのかどうか、そこはなんとも判断できないのだが。

 中間会合は、「IWCの将来」と銘打って、一応はIWC本会議では十分議論しきれないところを集中的に議論する場と考えられ、決定事項は本会議にゆだねられる。
 今回の会議は、昨年チリ会合以降に数回開催された小作業グループ内の議論をオープンにするため設けられている。合意形成のための33項目の点検をA,Bの議論順位をつけて行うので、先にあげたパッケージ提案はAである。

 初日、会合そのものは非公開でメディアも受け入れないものとされた。

 しかし、翌日、早速、非公開は会議終了後は公開可能と修正される。その後から、けっこう内容が日本のメディアで流れた。誰か、フライングしたものがいるようだ。

 公開するために事務局の仕事が増えたという理由で、2日目の会議は午前中に短縮された。当初、2時から予定されていたNGO6団体(捕鯨推進3、捕鯨反対3)のプレゼンテーションは、予定よりも早く午前11時からスタートした。
 捕鯨反対の3団体のうち1つが私たちで、日本の沿岸捕鯨に関しての懸念を伝えることで、今後の議論への貢献をしたいと考え、そのための用意をぎりぎりまで行った。
 

2009年3月 5日 (木)

ラッコ用水槽に入れられたイルカ

 「生きる」ということ中身が、単に息をしているというだけでは不十分であることはいまさら言うまでもない。

 飢えや渇き、栄養不良にならないこと、不快な生活環境にないこと、身体的な痛みや怪我、病気から解放されていること、通常の生活を送る権利、恐怖や絶望からの解放。
 これらは、生きていくために十全ではないかもしれないが不可欠のものだ。

 地球上には、こうした生活を保障されていないたくさんの人々がいる。
 国家の介在する解決不可能なようにも見えることも含め、こうした悲劇は、人の持つ欲望や征服欲、知らないものを脅威とみなし、排除したい傾向、あるいは知らないものが同じように痛みを感じることを認めない、認めたくない狭さが基にあるように思う。

 人同士においてさえ、乗り越えることの難しいこうした悲劇は、ヒトのみならず地球上の多くの生命を脅かしているといえる。
 生物多様性条約を持ち出すまでもなく、人は人だけではなく、他のいのちともつながりを持つことでこの地球上に生かされてきたからである。
 
 実は最初に掲げたのは、人が他のいきものを飼育する場合の規準として一般的になりつつあるものだ。

人が飼育する以上、こうした最低限の生きる権利を守りなさい、もしそれが不可能な場合は飼育を断念しなさい、というのが本来掲げられた目的だと思うが、往々にして、出来るならばそうしたい、というくらいの倫理規準でしかないのが現実だ。

 たとえば、ある水族館がマダライルカという成獣で2m平均のイルカを数頭、水深が140mの狭い水槽に入れているとする。
 イルカたちは日がな一日、頭を水の上に出して浮かんでいる。
 もともとは、かなり広い海洋をそのホームレンジとし、沿岸に沿って深くもぐって餌を探し、音響を使って血縁関係を中心とした仲間で群れ集うというのがかれらの「普通の生活」のはずである。
 しかし、捕獲され、親しんできた仲間を殺されて狭い平板な水槽に入れられた彼らは、彼らが当然受けるべき権利のほとんどを奪われている。

 動物の福祉に冷たい日本の国の動物の愛護と管理の法律でさえ、飼育される動物が自然光を享受でき、避難場所を持ち、自然に立ち上がり、横たわり、羽ばたき、あるいは泳ぐことを保証すべきだと示している。

 このラッコ施設は今、水深を深くする工事をしているというので淡い期待を持ったが、実際は20cmくらいかさ上げをするだけらしい。広さはもちろん変わらないし、140cmが160cmになっても、かれらの生活空間としては不十分であることはいうまでもない。

 動物の福祉に熱心なイギリスでは、イルカを飼育するということへの批判もさることながら、適切な飼育環境を整えることが採算に合わないことからイルカの飼育をやめている。
 
 数値目標など、もっと具体的な基準が必厳しくなれば、各動物園や水族館が自然と飼育できない動物とそうでない動物を明らかに出来る。

 一方で、動物の生態に関する知識がいきわたり、不自然な飼いかたをしている動物に対しての一般の認識が変わることも重要だ。「不適切に飼育されている動物を見たくない、見るのが悲しい」というような感性を育てていくことは、もしかしたら人へのやさしさへと還元されるかもしれない。
 
 
 

2009年2月 3日 (火)

小型沿岸捕鯨について思うこと

 3月9日からローマで行われるIWCの中間会合(IWCの将来がテーマ)に先立ち、IWC議長の日本の小型沿岸捕鯨を認めようという提案がメディアに流れている。
 これは、先ごろ行われた作業グループの中で、対立する課題33項目のひとつになっているもので、事務局長は、これは中間会合で話し合われるテーマのひとつとしているが、日本にとっては捨てて置けない話ではあろう。

 国内でも議論の分かれる調査捕鯨(「WEDGE」の谷口論文、あるいはシーシェパードの’活躍’でこれまでよりは
耳目を集めていると思われる)と少し違い、沿岸捕鯨は日本国内で反対するものの少ないところだと思う。

 IKANとしては、国内世論に楯突くつもりはないのだが、どうも沿岸捕鯨については、「伝統的に続いてきた沿岸での捕鯨を自国海域で行うのだから問題なかろう」というような表層だけで捉えているところが少し気になる。

 (最近、小型沿岸捕鯨協会のサイトの肝心なところはメンバーのみの閉鎖的な扱いになってしまったが、昨年初めまでの業績などを参考にして構成すると)

 沿岸小型捕鯨というのは、近代捕鯨開始の後で、1900年代半ば近くに大型捕鯨の補完的な役割を担って、小型であるミンククジラ捕獲を中心に起きてきたものであるということ。政府許可制になったのは1946年という戦後であること。

 ミンククジラの捕獲は、三陸沖と北海道沖で行われ、千葉や太地沖では行われていないこと。

 網走や鮎川は大型捕鯨基地が初めにあって、大手の捕鯨産業が撤退した後で小型沿岸捕鯨が栄えたこと、モラトリアムの際にはアメリカから沿岸捕鯨を残そうかという提案があったにもかかわらず、日本政府は大型産業擁護に回って沿岸捕鯨提案を受け入れなかったこと。

 モラトリアムの後に、沿岸でツチクジラ、コビレゴンドウ、ハナゴンドウを捕獲し、生肉の供給源として独占的な事業をしてきたこと、その後、調査捕鯨の拡大によって、ツチクジラなどの価格が下落し、赤字に転落したこと。

 現在操業している船は5隻で、そのうちの4隻は沿岸調査で収支があっており、のこる1隻は太地町漁協が所有しているものであること。

 昨年、網走と鮎川の捕鯨業者が旧A&Fの事業所を含めて「鮎川捕鯨」という企業を創立したこと。

 網走沖では、ミンククジラの個体群のうちで希少な日本海個体群が混じっている可能性があり、混獲を防ぐことは出来ないこと。

 消費地は捕鯨基地とは直接一致せず、九州地域の比率が大きい。

 ということで、提案にあるようにモラトリアムは存続して(商業的な捕鯨はしないということ)、特別枠として地元のみの捕獲・流通・加工・消費が厳密に遂行されれば、網走は捕獲が出来ず、鮎川は商業的な企業で、和田と太地はミンククジラの捕獲そのものが出来ないということになる。

 先ほど、ラジオで石破農水大臣のコメントとして、調査捕鯨をやめることはありえないというコメントがあったが、
日本政府・業界にとっては取引条件がもう少し良くなれば「日本国内どこでも国内流通・消費だ」というような日本的解釈のもとで沿岸捕鯨再開もありうるかもしれない。

 でも・・・・
 沿岸捕鯨者も、今回のような特別枠でこそこそと日の当たらない方法ではなく、正々堂々と商業捕鯨をやりたいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

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