調査捕鯨継続のための法律のリサイクル法、参院で成立

https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/vote/200/200-1129-v009.htm

日本の議員さんたちの常識というのは常々どうなっているのか?と思うことが最近富に多いが、またまた、おかしな法律をリサイクルした法律が通ってしまった。(どうおかしいかは、IKAN-net日記の前のブログをみてください。商業捕鯨を始めたと思ったら、こけそうだから、補助金やら、普及啓発を政府主導で行なって手厚く支援するのが本法律だが、いまの日本に本当に必要なことなのか?その先にももしかしたら、ポンコツ化した船を新造したいから、支援してほしいという要望に応えて、新手の策を絞り出す可能性も考えられる)

ただ、今回は、初めて党として、れいわ新選組が反対票を投じてくれたことは、当たり前のことではあっても本当に嬉しい。こうした動きを加速するためにも、何が起きているか伝えていこうと思うし、また、安直に大本営の言葉を鵜呑みにしないだけのみんなの知性に期待したい。

2019年11月18日 (月)

持続的商業捕鯨実施法案

調査捕鯨継続法をリサイクルした捕鯨のための法案ができ、今国会で成立予定という。

国際的な取り決めも横目で睨んで、捕鯨を「持続的に」行うんだと繰り返し、調査を(捕殺を伴うという文言はやめて)実施して、科学的に捕獲数を決めていく事を書き込んでいるものの、さて、IWC脱退をして本来は本会議で合意し、決定するはずの捕獲枠を生のまま(いくつかの選択肢の中から都合よく選ぶ)取り出して提示し、大丈夫だ、大丈夫だ、と自他に暗示をかけるような案に見える。

実際に、共同船舶の捕獲しているニタリクジラに、新種であるカツオクジラは混獲されないのか、オホーツクで操業するミンククジラ猟に希少なミンククジラ個体群は混獲されないのか。そうした情報はきちんと公開されるのか。前回した質問からは全く不透明なままであった。

前回、質問に立ってくれた山本太郎氏は下野してしまったので、もしかしたら何の質問もないままで通ってしまう可能性が高い。疑問に思う良心的な議員さんはいるのだろうが、政権の無茶振りに関しては既に問題てんこ盛り状態で、なかなかあからさまにするのは難しいのかもしれない。生物多様性基本法なんてものもあるものの、それに配慮する議員さんも本当に少ない。

既に商業捕鯨を実施しているわけで、今更とやかくでもないのかもしれないが、概要のなかで特に気になったことは以下である。




11.鯨類の適正な流通の確保等に関する措置

(第18条)

・違法捕獲された鯨類の国内流通防止

・加工・販売業者の安心確保

12.鯨類の持続的な利用の確保のために必要
な財政上の措置等
(第 19 条)

 

11に関しては、メディア報道などで学校給食への導入の強化が明らかになっている。なんと言っても、今「クジラが食べたい」世代の多くがかつて50年代前後に学校給食で食べた事を懐かしんでいる人たちだから、学校給食というのは短期的な消費の拡大だけでなく、長期的にも(もしかしたら)利用を引き延ばせる可能性があると関係者は踏んでいるのだ。

もう一つは、いうまでもない。2000年以降、需要減少で鯨肉があまり、実施してきた日本鯨類研究所があわや!赤字倒産という瀬戸際まで行って、東日本大地震の復興予算によって生き延びたという過去があり、その後も多額の財政支援なくしては続かない産業であったことから、

  補助金の担保は産業維持の要となるのだろう。

しかし、そこまで手厚く、国家事業として捕鯨継続をしなければならないものか、この期に疑問に思う人が少しでも増える事を願っている。

 

 

2019年11月12日 (火)

「持続的商業捕鯨の確保法」

2017年、共謀罪成立のどさくさに紛れて、調査捕鯨を安定的に継続するための法律が超党派で出来上がった。真っ当な反対意見が出たものの、議員たちは全く無視状態で、反対は情けないことにたった二人。欠席も二人。

しかし、昨年、日本政府と捕鯨関係者はIWC脱退を決め、7月には商業捕鯨が開始されたので、この法律は宙ぶらりんなった。

(そのまま廃案になればいい)と思っていたが、そうは問屋が下さない。捕鯨推進議員たちは、中身を商業捕鯨を継続するため都合良いように書き換えて(公開されていないので詳細はまだわからないが)リサイクルしようとしており、これまでの捕鯨に関する議員たちのあり様を見る限り、今国会中にスピード成立する模様である。

これまで捕鯨をよいしょし続けてきたメディアでさえ、大丈夫続くのだろうか?という及び腰になっているので、捕鯨関係者は必死の売り込みとメディアを使っての礼賛に奔走している中で、議員としては応援団の役割を果たすべく、捕鯨業者が取りたい頭数に寄り添う捕鯨枠と、必要に応じた補助金という、美味しいお話てんこ盛りの法案をなんとか通したいのだろう。
しかし、海外がそれぞれのお家の事情でそれほど問題視しているように見えない中で、国際法違反の可能性大の国際合意なしの捕鯨の継続、IWCの管理方式の自己流の捕獲枠での捕鯨を倫理に照らして認めてしまっていいものか、まず日本が自らに問うべきだろう。

 

https://this.kiji.is/566865859729982561?c=39550187727945729&fbclid=IwAR023PSRlF7xobWE3ACWtjVvF8OM6nz0kAmOwWS4rSTUAP433Hdcxp-Gf7A

 

 

2019年10月 3日 (木)

毎日新聞2日版「 なるほドリ エコ」にため息

 新聞もこっそり値上げするということだが、それなら、記事の内容をもっときちんとして欲しいと思う今日この頃。

今朝も毎日新聞「月刊なるほドリ」では、先週のこども新聞に掲載した「クジラと日本人」を中身変わらず、構成を変えて掲載。こんなのでお金取らないでほしい。

昨日の「なるほドリ」、エコというのが付いていたので、環境等を主に扱うのだろうと推測。しかし「水族館の新団体 役割は」

と言うタイトルのため息が出るような企画だった。(だいたい、いつでも批判なしの水族館礼賛に変わりはないので今更なのだが)

「持続可能な水族館の在り方を考える任意団体『日本鯨類研究協議会(JACRE)』が3年前に発足し、この夏、法人組織移行を決めました。水辺の生き物たちと私たちをつないでくれる新しい水族館の形を模索しています。」と言う前書きが付いている。

副題に「JACREってどんな団体なの

    水生生物の情報交換が目的」

とある。Q&A形式で、どんな団体なのか、

  A 海に囲まれた日本は世界でも水族館が多く「水族館大国」と呼ばれていますが、水族館に特化した組織はありませんでした。

   環境問題に注目が集まる中、水族館の在り方を考え、発信力を高められればと法人組織を目指すことを決めました。

安易に入手できるイルカをショーに使って集客する水族館のあり方は、まともな動物園からも以前から顰蹙を買っていたと思うが、「環境問題に注目が集まる」状況で水族館に特化した組織が一体何を目指すか、紙面からは全く見えてこない。

記者の考えでは「人工繁殖」が答えのようだが、すでにクジラ類の持つ社会性などから、飼育はもちろん、繁殖も禁止している国さえあるくらいでその傾向はますます増えていくはずだ。

最近も、ロシアでいわゆる「監獄」と言われて批判をうけたシャチとベルーガの蓄養施設に関して、ロシア当局はNGOや専門家と協議の上、捕獲海域に全てリリース。シャチに関しては、すでに野生の群れに合流したと伝えられる。もちろん、この後、ロシア当局は、娯楽目的の野生鯨類の捕獲を禁止した。

日本のメディアはこうした問題を語ろうとはしない。だいたい、野生の群れから切り離して捕獲し、自然に逆らって同じ海域かどうかもわからない(別の国の可能性が強い)個体と繁殖させることで子どもたちにどのようなイルカ類に関する知識やそれに関連しての海に関する知識が与えられる?せいぜい考えられるのは、「一番偉い人間はこの地球で何をしてもいいのだから、好奇心があればどんな勝手をしても許されるんだよ!」という歪んだ知識ぐらいのものではないのか?

野生のイルカがどこに分布し、どのような生活をし、どのような仲間との社会性を作るのか、飛んだり跳ねたりしたらわかるわけでなし。

イルカとイルカ飼育のことを知るには、これまで撮影された、イルカ捕獲時の様子でもビデオで流したらいくらか問題の把握ができるかもしれないのだが、そんなことはやらないでしょ?

だいたい、海に囲まれた日本が「水族館大国」と言われていること自体が恥ずかしくないのか?

海に囲まれた国だからこそ、その分、海洋環境や海洋生物に関する教育がしっかりしていることが重要だが、鯨類だけでなく、海の生き物すべてにわたって安易な入手が可能であることから、水族館が乱立しているだけで、飼育の不手際や設備などの不備で、いっぺんに何百という生物を殺してしまったというようなニュースも少なくない。

だいたいが、自分たちが食べ続けたい魚がどんどんいなくなっても、食べ続けることを一義的に選択しているような国民に対し、水族館がいったいどんな教育を与えているのだろう?魚消費に関するガイドブックを作って、減少している魚を把握できるようにしているどこかの水族館を見習ったらいい。

 

日本動物園水族館協会(JAZA)の説明があり、なんでJACREを作ったという言い訳も。

   「JAZAが2015年に加盟する施設に対し、追い込み漁による野生イルカの入手を禁止しました。それに伴って、

     イルカに関する情報交換も低調になってしまいました。」と続く。

なんで「追い込み漁による野生イルカの入手を禁止すると情報交換が低調」になるのか、全く何の説明もなく、理屈になっていないい。「学術研究」だったはずのシャチだって2007年の成果発表で情報共有なんかしていないことが明らかになったのに、ほぼ’使い捨て’のイルカで情報交換をしっかりやってきたなんて!?とびっくりである。

追い込み漁に関しては

    「イルカが嫌がる音を使って湾内に追い込み、網で捉える漁法です。鯨食文化のある日本に古くなら伝わる漁法ですが、海外からは

     度々残虐だと批判されてきました。」

追い込みは、確かに古くから行われてきた捕獲方法だ。しかし、今問題になっているのは水族館用の捕獲なのであって、百歩譲って「イルカ漁は伝統」だとしても、イルカ肉需要がなくなっている中で、産業従事者が金を稼ぐために行っているのが生け捕りだということは素人でも分かりそうなものだ。生きたイルカは日本の水族館だけではなく、海外にも高額で売り飛ばされている。それをごちゃにして正当化するような論法を少なくともメディアがやるべきではない。

JACREが本気で環境問題を考えて、水族館の在り方を考えてくれるならそれはそれで結構だが、そこにはいつ到達するのだろうか?イルカ追い込み漁が「海外から残虐だと批判されて」いるのは、事実だからだ。考えてみてほしい。ゴリラやゾウを群れごと捕獲し、一部を殺し、コドモを売り飛ばす商売が、今でも合法的に行われているかどうか。

イルカたちは、生け捕りに際して狭い仕切り網の中でもがき、互いにぶつかり合い、網に絡まって窒息し、命を落す者もいる。海は血で染まる。

大方はメスとコドモの群れだが、その中で、コドモや若いメスが水族館用に捕獲されている。かつては生け捕りされたコドモの傍で母親が殺されるということもあったのだ。

記者も一度その光景を自分の目で確かめてほしい。その事実が、WAZAを動かし、改善要求となった。それに答えられない状態の中で、JAZAはWAZAに残るか脱退するかの選択を迫られ、当たり前の選択をしたのだ。そして、それを是としない、追い込みによる利益にしがみつくところが新たな組織を作ったというふうに私は理解している。

もし本気で「水辺の生き物たちと私たちをつないでくれる水族館」を目指すなら、海洋環境が今日抱える様々な問題、気候変動や酸性化、プラスチックなど人由来のゴミ、有機化学物質などの汚染、開発や騒音、罹網、乱獲による魚、餌生物の減少などによる生息環境の悪化をどのように市民に訴えて、直接的な行動に結びつけていくかがまず課題であるはずだ。すでにこうした取り組みは行われてきたし、新しい組織を作るようなエネルギーと資金があったら、そちらにシフトしたほうが将来的にも良いのではないだろうか?

そして、最後に。「漁以外のイルカの入手方法」の答えは違反の教唆みたいに読める。

 「魚を取る際に混じったり、浅瀬に迷い込んだりしたイルカなどを『学術研究用』として漁業関係者から譲りうける方法」

と言う言い方は実は「混獲や座礁したイルカを’学術研究用’として譲り受け、ショーなどでバンバン使ってますよ」ということだ。カマイルカという追い込みでなかなか捕獲しにくいイルカがいるが、たまたま定置網などに入ったのを「原則逃がす」という水産庁のマニュアルをかいくぐって利用している状態があまりにひどかったので、2007年に水産庁が反対の声を押し切って捕獲枠をつけ、混獲ではないイルカの飼育をねらったのだが(やはりあまり上手く捕まえられない状態)。だから、この答えは下手をするとマニュアル違反をそそのかしていることにもつながりそうだ。

記者は、どこからこんなテーマをもらって書いてしまったのか。書くことでお金をもらっている以上、きちんと取材することは最低限、欠かせないと思うのだが、どうなのだろう。

2019年9月30日 (月)

そうだ!ウッォッチング

いよいよ、明日は10月1日だ。

消費税増税。もちろん反対だが、もう一つ、10月1日は富戸でのイルカ猟解禁日なのだ。2004年以来、初めてのイルカ猟が果たして実施されるか、周りがざわざわし出してきた。

実は、ジオパークに名乗りをあげる前は、毎年8月末(この時は9月解禁だった)に水産庁とともに記者会見を行い、イルカ猟開始宣言をしてきたいとう漁協も、ジオパークの本部から「イルカ猟はどうよ?」という質問を伊豆ジオパーク本部が受けてから、なりを鎮めてきていた。それが決まってしまったらいいのだろうか?

一体何を目的としてやったのか、宣言すれば何か変わるかわからないのだが、久々に開始宣言を行うものだから、あれをまた、本当にやるつもりなのか?と不安でいっぱいになるのは確かだ。

だが、捕獲の条件は太地と比べて極めてよろしくない。漁港内の定置網設置。ベテラン漁師たちの引退。イルカ探査船も出せないで、漁に出ている漁船がイルカを見かけたら知らせを受けていざ出動、という話も聞いた。

しかし、太地と比べると捕獲できる種は3種類、カマイルカ26頭、バンドウイルカ24頭とオキゴンドウ7頭で、カマイルカは太地でも’ちゃんちゃん’と呼ばれる鉄パイプの音が聞こえるなり、四方八方に逃げ出し、捕獲に手こずるような捕獲の難しい種だし、バンドウイルカは太地でも回遊が少なくなっており、伊豆方面は春先に1度か2度、南下する様子が見える程度らしい。オキゴンドウはよくバンドウイルカと一緒に泳いでいる姿が見られ、1996年も運悪く一緒に捕獲された種だが、2007年に、沖合にも別の系統がいたとかなんとかで増枠され、富戸にも枠が付いた。しかし、太地においてもずっと捕獲ができていない種でもある。

さらに、富戸はいとう漁協の支所になったので、漁業収入はいとう漁協に吸収される。確か、2004年の時も、イルカ漁師に入ったのは、船の経費と日当1万円のみだったと聞いている。イルカの生け捕りで儲けられるぞ!というわけでもないようなのだ。

ベテランの人たちは「追い込みは無理だ」と言っているようだが、それでも私たちの不安は消えない。

そこで思いついたのがウォッチングだ。

太地と異なるもう一つの点は、富戸にはドルフィンウォッチング船があるということだ。これは大した強みではないだろうか?

もし、頻繁に訪れるウォッチング客に恵まれれば、地域住民も、支所の漁業者もどっちが得だか計算するはずだ。

人数がある程度集まれば、船も複数参加でき、お客に喜ばれれば、乗せる方だってまんざらでもないはずだ。

だから、もし、イルカをこれ以上苦しめたくなければ、せっせとウォッチングに参加する人を集め、捕るのではなく、見る船を増やそう。

そうであれば、地元が応援してくれるはずだと思いませんか?ウォッチングをして、イルカ猟 を永久にやめませんか?Iruka20041111-3 (2004年イルカ捕獲)           Photo_20190930142101(カマイルカ)

 

富戸でのウォッチングは:https://www.honda.co.jp/dog/travel/data/kohkaimaru/

 

2019年9月14日 (土)

シャチをいれるって?

兵庫県の須磨海浜水族園を運営する神戸市、海浜公園一帯を開発してリゾート化し、水族園にシャチを入れたいと。

シャチの推定個体数は、北の海域を曖昧にしたまま、大幅に水増しされている。

これが行われたのは、2007年の海洋大学で行われた1997年捕獲されたシャチに関する

研究発表の直後だ。そのあと、水産庁に北の海域を区切らずに大幅に推定個体数を

増やすのはおかしいのでは、と言ったら、知りませんよ、水研センターがやってる

事だからとかわされた覚えがある。

それまで希少種で学術目的での捕獲のみととされてきたシャチが、明らかに集客を

目的として、研究者の助言も受けず、沿岸課の裁量のみで捕獲され、当時では破格

の値段で取引された。研究目的のはずが、研究計画さえ事前に評価されていない状態で、

わずか4ヶ月で5頭のうちの2頭が死亡。2007年ではわずか1頭が残るのみになっていた。

そして、その間、飼育施設同士の研究の共有はなく、研究成果はシャチの生態解明に

何の役にも立たないというお粗末なものだったのだ。

前回の太地訪問では、町長が「シャチの捕獲はいけないか?」という問いかけを

冗談交じりにしてきた。

まさか、と思いつつ、最近の金儲けのためにはなんでもありという風潮から、

怖さを感じる。

 

https://www.sankei.com/economy/news/190912/ecn1909120045-n1.html?fbclid=IwAR2EV1REO6I3P5lthrBBRNlxN6O7PMWtIXOU10IVngG76bmiTEQKIM1-8z0

2019年9月 5日 (木)

切り身になるために生まれてきたのか?〜子供たちに何を伝えるか

今朝の毎日新聞の子供版、「毎日小学生新聞」。開いてみて、孫が「あ、クジラと日本人だって」と私に問いかけるように言った。前の日に、電車の中で「クロツチクジラ」発見のニュースを見てきたとかで、少し混乱したようだ。

見せてもらうと、ニュース「知りたいんジャー」の見開き「商業捕鯨再開 クジラと日本人、そして世界の目」というタイトルで「日本政府は7月、肉などを売るためにクジラを捕る『商業捕鯨』を31年ぶりに再開しました。海に囲まれた列島で暮らしてきた日本人は古くからクジラと関わり、鯨食の文化を築いてきましたが、クジラを保護すべき野生動物と考える反捕鯨国からは厳しい目で見られています」という解説が。

解説に書かれている「クジラを食べてきた日本人」対「保護すべき野生動物と考える反捕鯨国」という書き方にイラっとした。最初にこれか。

2項日本の伝統文化大西洋思想という固定的な書き方は、今始まったことではないし、多分、この木村という記者にしっかりと刷り込まれていて、疑問も持たずに書いているのだろうとは思うが、対立した問題があるときに一方の立場の擁護のみするのが、問題解決の近道でないことは確かだ。

’クジラを保護’すべきかどうかの議論の前に、クジラを切り身として見ることが当然であると考える前に、事実としてクジラが野生動物であることを知るのは重要なことではないのだろうか?日本人にはそういう頭がないのだろうか?

残念なことに、これまでの議論でわかっていることは大方の日本人は野生動物と家畜動物の区別がつかないということだ。

捕鯨推進の人たちの中には、知っていてわざとごっちゃにして「命の重みはすべての動物で同じ」なのに「牛や豚を食べるのに、なぜクジラはいけないんだ?」風の議論をする’学者’先生たちがわんさといる。

彼らが言っているのは、「牛も豚も鶏も食べるからクジラの食べていい」ということで、牛も豚も鶏も食べないからクジラも食べない」という発想はない。かくして、食べる、食べないの議論ではなく、価値観の多様化した現代において、どのように考え扱うべきなのか、という議論は発展しない。

日本は海に囲まれた国だから、海にいるものをすべて食料とみなしてきたのはいいとして、人間が作り出して管理している動物と、管理の及ばない自然の中にいる野生動物を利用するにしても同じように扱うわけにはいかないでしょう?という話にはならない。

現在の一般的な家庭における海洋資源の利用は限られる。大きな商品価値のある魚は、調理の手間の少ない切り身が主流で、手間のかかる魚は敬遠されがちだ。さらに日常的に調理する機会がなく、扱いも面倒なクジラを日々のおかずに考える人たちは、現在それほど多くない。

一方で水族館のイルカは人気があるし(世界で一番たくさんのイルカ飼育施設を誇る!)ホェールウォッチングに出かける日本人だって増えているのだし、現在、一部地域を除いてクジラを食材として考える人は少なくなっている。が、それは必ずしも野生動物への視点につながってはいない。

問題は、それがいずれもイルカやクジラを人間の好き勝手に出来るモノ=商品だと考えるところにあるのではないか、と思う。

’保護すべき野生動物だ’ということが一般化しないのは、それだと消費物資の範疇から逸脱するからだろう。手っ取り早く、いつでも見られる水族館と異なり、ウォッチングは、見られる場所に出向くことが前提で、さらには必ずしも見られない場合もある。

それはまた堂々巡りになるが、こうしたメディアにおける刷込みが、一歩離れたところで野生動物について考えるとか、さらには、なんで保護しなければならないと思う人たちがいるのか?という疑問を封じ込めてしまっているのだろう。

そして、囲みで「いつからクジラを捕り始めた?」、「昔の人がどうやって捕っていた?」、「捕ったクジラはどうするの?」

「捕り方、変わった?」そして「商業捕鯨を再開ってどういうこと?」で締めくくられている。

幾つかは、恣意的な要約がされていて(例えば「捕ったクジラはどうするの?」では、日本全国で古くから利用されていたように読み取れるが、地域が限られていることはわからない。また、ヨーロッパやアメリカの捕鯨が、鯨油目的で肉や骨を海に捨てていたという記述に関して言えば、近代においてクジラが最も多く殺されていた時期に、日本も同じように油をとって大きな利益を上げていたことや、その時は不必要な部分を海洋投棄してきたことには触れていない)

記者は、これらの情報を主に大隅清治氏「クジラと日本人」と小松正之氏「日本の鯨食文化」、中園成生「日本捕鯨史」から撮ってきているようだが、大隅先生は「ミンククジラが増えすぎてシロナガスが増えない」とか、クジラ害獣説を持ち出して国際的に顰蹙を買った人だし、小松史は最近こそまともな水産庁批判をしているが、かつて「(ミンククジラが)ゴキブリのように増えている」などと言って大方を唖然とさせたことは記憶に新しい。

日本がいつから食べていたとか、かつてはどんな方法で捕獲していたかなどは比較的楽に検索できる情報だ。しかし、なんで保護しなければならないのか?ということの根拠を探るとなると、探せば少しは出てくるだろうが、よほどの動物好きでない限り、はなから探そうとは思いつかないのだろう。そういう状況を作り出している原因の一つが最初に書いたように、クジラを「野生動物と考える反捕鯨国」対「食べる対象と考える日本」というくくりではないだろうか?

日本人の捕鯨支持層が「食べたい」という欲求からではなく、「自分は食べないけど、外国から言われたくない」という捕鯨反対に対する強い反対の感情(反・反捕鯨)であることはすでに国際的にも明らかになってきている。

最近の嫌韓報道が受けているようだが、日本人が相手のフィールドに踏み込んで少し考えれば解決に至る道が見えてくるはずなのに、そうしようとはせず、「(自分が正当なのに)相手が自分を理解しようとしない」という駄々っ子の繰り言に終始しているのは残念なことだ。

日本が国際機関から脱退したあり方もまさにそれで、先の大戦から学ぶことができない体質もそこにあると思うのは私だけだろうか?

 

 

 

 

2019年8月28日 (水)

個人的なメモとして(水産資源について)

1994年に国連海洋法協約(UNCLOS)が発効、仕切りのない海洋に関して同条約の元、国際的な保全と管理が行われることになった。

以前の「獲ったもの勝ち」ではなく、利用する者同士がきちんと保全管理を行う義務と権利が生じたわけだ。

日本も同条約を批准しており、海洋保全と利用に関しては権利だけでなく、義務もあるのだが、往々にして日本はそのことを忘れる。

「保全」という言葉は使うための方便で、実際の保全活動はないがしろにされている。

実は、日本には「本音」と「建前」という都合の良い使い分けがあり、政府は国際的なお約束を(どこも本音はわれ先に使いたがって

いるんだろう。綺麗事を言っても始まらないし、辻つまさえあっていればいいんじゃないか)と、自国流を押し通すのが「国益」と勘違い

している向きがある。今回のワシントン条約における日本政府の立場でそれがなおいっそう明らかになった。

捕鯨に関しては、特に水産資源扱いの砦と考えており、諸外国に対してとにかく日本的な筋を通すのが義務だと思っているようだ。

どう考えてもこれでは「先進国」とは言えない(どうでもいいのかもしれないが)。

 

共同船舶がニタリクジラ150頭枠を使い果たすと、早速37頭の追加枠を提示。

「100年捕獲し続けても絶滅しない」というコンピュータ信仰で国民を説得しようとしている。

共同船舶が、ナガスクジラを捕獲するために、ポンコツ日新丸よりも大きな船を持ちたいと、政府におねだりしている。

商業捕鯨を開始するということはそういうことだ。共同船舶がより多くの儲けを求めたら、沿岸捕鯨業者の実入りが多くなるということは

現状から言って難しい。

2019年8月27日 (火)

海の生き物は「資源」だという日本政府の見方は共有されているか?

8月17日からジュネーブで開催されているワシントン条約会議。

早々と日本が海から持ち込む行為が条約違反だというところで、日本政府は公海での捕鯨を停止したんだから一件落着とし、「でも国内で相変わらずその違反した結果の鯨肉が流通しているじゃん!」という指摘を多くの国から受けた。現在は座長の仲介で全て没収という意見は通らなかったが、違反には違いなく、さらには共同船舶がこれから捕獲するつもりでいイワシクジラとどのように区別していくかは明らかにされていない。

残念ながら、IKANはNGOとして登録していないため参加できなかったが、野生生物を単なる資源としてみなしている日本政府は、今回、提案された海の生き物の付属書掲載に対してことごとく反対票を投じたようだ。それも、禁止措置ではなく、輸出国の許可がいる付属書II掲載なのだが。こうした日本政府の態度は、国内で事前に妥当かどうかを議論する場を得ないまま、言って見れば’暴走’しているように私には感じられる。

政府のこうした態度はまた、メディアのあまり深く考えていない報道で是認されているようだ。

例えば毎日新聞は「かまぼこ材料ピンチ」という取り上げ方。

https://mainichi.jp/articles/20190826/dde/041/040/033000c

頭が胃袋状態だから仕方ないのか、とこの手の報道の時にいつも思うが、果たしてそれでいいのだろうか?

 

昨日、時事通信が、水産庁の来年度予算概算要求について報じていた。捕鯨業者はまだ独り立ちできないので支援しなければ、ということらしく、調査捕鯨予算は削られたものの、今年度と同じ51億円が求められている。

しかも、鯨肉普及のためなどの予算が6億円も入っており、繁殖率の低い野生の大型哺乳類を、国内での需要が減少したからといって、わざわざ食べさせるために予算を投ずるのはいかがなものだろうか?

まあ、アメリカの残り物の武器やとうもろこしを喜んで買い入れることにも明らかなように、昨今の政府のやり方はどれもこれも呆れてものが言えないほどひどいから、捕鯨問題なんて些細なものなのかもしれない。

しかし、ずっとこの問題に関わってきたものからすれば、物言わぬ市民をいいことに、こうした没義道を通すやり方の’はしり’は捕鯨かもしれない?

 

 

 

2019年8月20日 (火)

静岡県におけるイルカ猟の再開の可能性について

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(現在の追い込み用金属パイプちゃんちゃんと同2004年のもの)

 

夏もそろそろ終わりに近ずくと、涼しさへの憧れと同時に、イルカ追い込み猟の季節が
来たという緊張もある。
今年は、6月の静岡県伊東市漁協のイルカ追い込み漁開始宣言もあり、不穏な気配
もある一方で、静岡県でのイルカの捕獲が果たして可能なのか?という幾つかの疑問
の声が聞こえてきた。

<伊豆地方のイルカ猟>
伊豆地方では、戦後の一時期、古くから行われてきたイルカ追い込み猟で乱獲が進んだ。
主な捕獲対象であったスジイルカが捕獲できなくなり、対象種をマダライルカに変えた
もののそれもすぐに枯渇し、産業が成り立たなくなって5箇所あった捕獲地が次々廃業した。
現在枠を持ついとう漁協の富戸支所においても、追い込む年は少なくなり、2004年から
捕獲が途絶えている。
<伊豆半島ジオパーク構想>
一方で、2008年頃から伊豆半島をジオパークに登録しようという動きが活発になり、
準備が進んできた。しかしここで、富戸で行われてきたイルカ追い込み猟の実施が、
ジオパークとしてふさわしいかどうか、という疑問が市民から出され、反対の署名活
動が開始された。
その結果、ユネスコ本部から、イルカ猟についての懸念と改善の要請が推進本部に
送られたが、推進本部は回答期限までに返事を出さなかったため、2015年の
登録認定では保留という措置が取られた。
その間、伊東市で毎年行われてきたイルカ捕獲に関する関係者と水産庁、
警察、海上保安庁による会合は、見合わされた。
 しかし、2018年にユネスコのジオパークに登録された結果を受け、再び
イルカ猟への意欲が浮上してきた。近隣水族館からの注文もあるが、生体の捕獲が
極めて儲けの大きい事業であることは、和歌山県での捕獲が実証している。

<猟の再開は可能か?>

しかし、実際に追い込みが行われるかどうかという点で、幾つかの疑問がイルカ猟を
よく知る関係者から出されてきた。もともと、富戸は首都圏近郊での人気のあるダイビング
スポットで、必ずしもイルカ猟が町の繁栄につながらないのが現在。さらに、
例えば、富戸がいとう漁協の支部となり、イルカ猟の実施にあたって、いとう漁協に
わたる金額に比べ実際に捕獲に携わる漁師の日当が十分とは言えないことや、イルカ猟に
携わってきた漁師の高齢化や引退、船の老朽化に加えて、数年前にイルカが追い込まれる
湾のど真ん中に、定置網が敷かれたことなどが追い込み猟再開を阻む可能性があると
指摘されている。
定置網は、網からロープを海底に斜めに伸ばし、網が流れないよう固定する。
海底に固定されたアンカーをつなぐロープはイルカにとって障害物として認識される
だろうと地元漁業者は言う。
静岡県におけるイルカ猟の猟期は10月から翌年の9月までである。2年ほど前から、
猟期が通年になってしまったが、昨年には猟がなかったので、10月までは事実上
捕獲はできないはずだが、今後どのような動きがあるか注視していく必要があるだろう。

«イルカ捕獲枠